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今だからこそ、音楽の力を借りよう

不安な時、どんな音楽を聴くべき?
不安や悲しみの歌を聴くと、もっと不安になる?
そんな質問をいただきました。

不安な時のセルフケアとして「音楽を聴く」時のポイントを、音楽療法士の視点からまとめてみました。ちょっと長いですが、参考にしてみて下さい。


1. 音楽を聴くと何が起こる?

音楽を聴きながら、口ずさみ、体でリズムを取る。そんな何気ないアクションでも、脳の中をのぞいて見ると、認知、運動、感覚、情緒…  などさまざまな機能を司る部分が活性化しているのがわかります。音楽活動ほど広範囲に脳の機能に影響を及ぼすものはない、とすら言われているぐらいです。

では、ストレスや不安を感じている時に音楽を聴くと、どうなるのでしょう?

ストレスや不安に晒されると、脳内では、感情(特に不安や恐怖)に関する情報や記憶を処理する「扁桃体」が活性化します。すると視床下部に「ストレスだ、不安だ、戦闘準備だ!」と指令が行き、副腎からストレスホルモン(コルチゾール、アドレナリン、ノルアドレナリン)が分泌されます。このストレスホルモンが全身を駆け巡ると、心拍数が増えて血圧が上がる(心臓がバクバクする)わけです。

ストレスや不安が慢性的になると、扁桃体は肥大化し、ちょっとした刺激にも過剰に反応するようになります。ずっと戦闘モードでいると、ストレスホルモンが過剰に分泌され続けるので、血管への負担の増加、免疫系の機能不全、海馬の神経細胞の破壊(うつ病につながる可能性があることがわかっています)など、体内にさまざまな影響が出てきます。

一方、心を動かされる音楽を聴くと、脳内では扁桃体への血流が低下し、活性化が抑えられます。逆に側坐核という、快感ややる気に関係する部位が活性化します。そして、

ドーパミンの増加(達成感や幸せ感・やる気、集中力、注意力、記憶力の高まり)

セロトニンの増加(心の安定・やる気や集中力の高まり・睡眠の質の向上)

オキシトシンの増加(ストレスの軽減)

ストレスによって過剰分泌された
コルチゾールの低下

などの作用が体内で起こります。

また、音楽のジャンルに関係なく、自分の「聴きたい音楽」を不安な時に聴くと、筋肉の緊張が解け、毛細血管が拡張し、皮膚温度が高くなる(=リラックスできる)上に、感じている痛みが和らいだり、苦痛に耐えられる時間が長くなったりすることも証明されています。

こんなわけで、音楽は聴くだけで、体にいろいろと作用してくれます。ただ、それだからこそ、使う時にはそれなりの注意も必要です。



2. 音楽で「今の自分」にアクセスしやすくなる

音楽のもう一つの特徴は、聴くことで「今の自分の心や体の状態」にアクセスしやすくなるということです。

不安を感じている時、私たちは、目の前の現実ではなく「起こるかどうかわからない未来」か「起きてしまった過去」にフォーカスしています。

「このウイルス騒ぎはいつ終わるのだろう」「私の生活はどうなってしまうのか」「あの時マスクをすべきだった」「収入が減る前に貯めておけばよかった」。未来と過去について思い悩んでいる間、体の中ではストレスが増幅され続けています。

音楽を聴くと、自然と音や歌詞に注意が向き、体感の変化や湧き出る感情に気づきます。このプロセスは、実は自分の「今ここ」に意識を向ける「マインドフルネス」の作業と同じです。「今の自分」に気づき、そこにしばし留まってみるこうした作業は、ストレスホルモンの分泌を抑える可能性があると言われています。

音楽を聴く利点は他にもあります。3分〜5分と比較的短い、でも確実に終わりが約束されている「曲」という構造の中で、

①自分の感情にアクセスし
(あ、自分の中に何か思いがあるみたい)
②それを一旦認め
(あ、やっぱり不安なんだ)
③目一杯経験し
(不安でつらいよ。誰か気づいて。こんな世界消えてしまえ)
④カタルシスを得る
(あれ、ちょっとだけ楽になった。なんだか少しすっきりした)

ことができるのです。

規則正しいビート、歌詞のつながり、何度も戻ってくるAメロやサビ、そうした要素が組み合わさって「安心して心を開ける場所」を作ってくれるので、安全な範囲で自分の感情と向き合うことができるわけです。

ちなみに不安な時や悲しい時に、人は、自分の気持ちを代弁してくれる曲に引き寄せられるようです。そういう音楽は「そんな風に感じるあなたでいいんだよ」と、自分をまるまる肯定してくれるからです。

その人の今の状態や熱量にあった音楽を通じて、その人の「今ここ」にアプローチする。音楽療法では「同質の原理」と呼ばれ、セラピーの最初の段階で必須の作業です。不安や苦痛を和らげるためには、まず始めに、今の「不安で苦痛な自分」が無条件で肯定される必要があるからです。

この観点からいけば、不安を感じた時に不安や悲しみを歌った曲を聴くのは間違った選択ではないと言えます。


3. 音楽が毒になることもある

ただ、自分の意図とは逆に、音楽と厄介な形でつながってしまうことがあります。音楽には感じたものを「増幅」させる機能もあるからです。音楽を聴いたらますます悲しい気持ちに囚われてしまった。そんな経験をしたことがある人もいるのではないかと思います。

歴史を紐とけば、そういう音楽の一面が、ある種の「戦略」や「企て」と結びつき、人心掌握や集団心理の操作に使われたケースが山とあります。音楽には、そうした暗い過去もあるのです。

というわけで、繰り返し繰り返し同じ曲を聴かずにはいられないような場合は、注意が必要です。場合によっては、音楽療法士など専門家の助けを借りた方がよいケースもあります。

こうした可能性を避けるためには、「音楽との関わりをコントロールするのは自分」だという意識を本人が持ち続けることが大事です 。合わないと思ったら、曲を止めたり変えたりする作業を厭わないようにしてください。また、後述のように、音楽を聴くときに「感情を経験する場」と「現実」との「橋渡しの手段」を確保しておく必要があります。


4. セルフケアとして音楽を聴くために

音楽が体に与える影響、心身の状態、置かれた状況、変えたい現実、そういうものを全部踏まえた上で、音楽を通じてその人の「生きる力」にアプローチしていくのが音楽療法です。音楽療法士なら、音楽を安全に、しかも一人一人に意味のある形で聴いてもらうためのサポートができます。でも、残念ながら音楽療法は、まだまだ気軽に試せるセラピーだとは言えないかもしれません。

では、不安な時の「セルフケア」として自分で音楽を聴く場合、何に注意すればいいでしょうか。

(1) 不安を感じる自分をOKとする
(2) 光を胸に現実に戻ってくる

この二つの経験ができるよう、二つのタイプの曲を含めるのがいいと私は思います。ご自分の「聴きたい曲」を次にあげる二種類から選んでみて下さい(プレイリストを作る際は(1)を前半に、(2)を後半から最後にかけて持ってきます)。

(1) 今の自分の気持ちを肯定してくれる曲

まずは、自分の今の感情に寄り添い、気持ちを代弁してくれる音楽を聴きます。聴きながら、自分の気持ちを確認し、改めてその感情を体験し、そう感じる自分を肯定してみましょう。ただし、音楽によって自分の感情が思わぬ高ぶりをみせたり、自分のコントロールを超えそうだと感じたら、迷わず止めてください。できれば、そういう反応が起こるかもしれないと、前もって想定しておきましょう。

 (2) 光を胸に現実に戻ってくる

次に、自分と現実をつなげる「ポータル」になるような曲を聴くことで、不安に浸れる場所から抜け出し、現実に戻ってこられるようにします。ポジティブな気持ちになれる曲、元気になりたい時に聴く曲、昔から大事な曲、うまくいった過去を思い出させてくれる曲、大切な人につながる曲などを選んでみてください。

一曲しか聴かない場合は、今の気持ちに寄り添いつつ、現実への橋渡しをしてくれる曲を選ぶといいでしょう。うまくいかない現実を語りつつも、どこか前向きな気持ちをくれる歌詞、明るいイメージを感じさせる音風景、自分にとって意味のある言葉、気持ちを昇華させてくれるクライマックス、希望のあるエンディング、ユーモアのあるMV(ミュージックビデオ)などが含まれている曲を選んでみてください。

ちなみに、このnoteで紹介した曲の中から、不安に寄り添いつつもポータルの要素を含む曲を、下記のマガジンにまとめています。曲を選ぶ際には、記事の内容を参考にしていただければと思います。


5. 本当につらいときは、助けを求めよう

音楽は身近なものではありますが、万能薬ではありません。その時の心身の状態や、周りの状況によって、同じ人でも音楽の受け取り方は変わります。前回いいと思った曲が、次もいいとは限りません。毎回、自分の反応に注意を払ってください。

また、本当に不安で苦しい時は自分で抱え込まず、まずは信頼できる誰かに話してみてください。音楽療法士や臨床心理士など専門家に相談することも考えてみていただければと思います。



先が見えず、誰もが不安を抱える中で、心の健康を保ち続けるのは結構しんどいかもしれません。外出禁止令から1ヶ月の間に4人の知人を失った私も、音楽に助けてもらいながら不安や悲しみと向き合い、なんとか前を向き続けています。

今だからこそ、音楽の力を借り、音楽とうまく付き合うことで、「生きてるのも結構悪くない」と思える毎日を皆さんが送れますように。

今日は、私のポータル曲を一つ載せておきます。
Joseph『White Flag』。

あきらめろと声が言う。
あきらめたくないと声が言う。
降参なんかしたくない。
やりたいことが、まだあるんだ。

これは、三姉妹のグループ Josephが NPR(米公共ラジオ局)のTiny Desk Concertに出演した時のMV。最初の曲が『White Flag』です。


ここまでお読みいただき、ありがとうございました。いただいたサポートは、難民の妊産婦さんと子供達、そしてLGBTTQQIP2SAAの方々への音楽療法による支援に使わせていただきます。どうぞよろしくお願いいたします。