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受け入れたくない、カッコ悪い自分を認めて、許すーーーその先に癒しがある

昨日、「私は私を癒します」「私は私を許します」とアフォメーションしながら、精油を身体にぬっていた。その時は、いい香りだなとただ香りを感じるだけだったけど、布団に入ったら、自分の許せていない感情、出来事を思い出した。

私は、大学受験で思うような結果が出せなくて、そのことが自分の中でずっと引っかかっていた。三年間努力してきたのにという悔しさや不甲斐なさ。同級生たちは、大学名を言えば、「すごいじゃん、優秀なんだね。」と言われるような学校に合格していて、それに比べて私は、、、と劣等感でいっぱいだった。なんで私はこんなに出来が悪いんだろうと思っていたし、大学生活を満喫している同級生がとても眩しく見えて、嫉妬していた。

受験生だった当時の秋、中越地震が起こった。家は倒壊しなかったけど、本棚や食器棚が倒れ、家の中はぐちゃぐちゃになった。電車通学ができなくなり、急遽学校の寮に入ることになった。今振り返ると、神経質になっている受験生にとっては、かなりハードな突然の環境の変化だったと思う。あの強い揺れは、とても怖かったし、悲しかったし、ショックだった。でも、当時はそんな感情に浸っている暇はなく、数ヶ月後に控えているセンター試験に向けて、とにかく勉強しなきゃ!という思いで、ただ机にかじりついていた。

大変だったなあと思いながら、地震が起きて本当はつらかったよね、勉強どころじゃなかったよね。あんなアクシデントがあったなか、本当によく頑張ったよ!!と自分が自分自身に対して、そう思った瞬間、涙が溢れた。

ああ、そうだ。私はずっとこの言葉を待っていたのかもしれない。「私は私なりに、やれるだけのことはやったよ」「だから、大丈夫だよ」と。

もっと違うやり方で勉強していれば、とか、たまには思いっきり気分転換して、好きなことをしていれば、とか、反省するところや改善できるところが三年間のなかに、ところどころであったと思う。私が見落として、気づかなかったことがきっとあると思う。

それでも、結果が出せず、カッコ悪いと思っていた自分を受け入れて、許す。全然大丈夫じゃないと思っていた自分に、もう大丈夫だよと声をかける。自分が感じていた劣等感の根っこは、こんな自分はダメだという自分自身に対する怒りだった。その怒りに気づいて、認めて、解放することで、癒しが起こるんだと思う。


「ハイキュー!!」のなかで、国見が金田一にかけた言葉が、私の心にもずしんときた。

「お前は中学のこと気にしすぎ。お前は精一杯やったろ。」

自分自身への許しは、自分を受け入れることにつながるのだ。

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