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三準位スピンでは隠れた変数理論はうまくいかない。

シュテルン=ゲルラッハ実験(SG実験)は、量子力学の基礎付けにおいて重要な役目を担った実験です。

ベルはこの二準位スピン粒子に対する隠れた変数理論を発明し、このSG実験の結果は必ずしも量子力学の成功を意味していないと主張をしました。拙書『入門 現代の量子力学』の付録Gでは、彼のモデルをより物理的に改良した、局所実在性を保つ棒磁石モデルで説明をしています。

ベルは、2つの二準位スピン粒子を用意した時でも局所的な隠れた変数理論が正しければ普遍的に成り立つ不等式、いわゆるベル不等式を導きました。しかし実験では「量子もつれ状態」という隠れた変数理論ではあり得ない状態が作られ、その結果としてベル不等式は破れていることが現在では確立しています。彼の隠れた変数理論も否定をされているのです。

ここで棒磁石モデルとは、二準位スピン粒子を1つの小さな棒磁石だと解釈する理論です。測定装置の非一様磁場とスピン粒子が相互作用をするときの力の法則が、従来のマクロな古典電磁気学のものとは違うだと仮定をし、また粒子が装置の中に居る間に、なんらかの決定論的なダイナミクスが起こすブラウン運動をする未知の見えない対象が粒子と相互作用をして、その結果として粒子の棒磁石の向きが確率的な振る舞いをするという理論です。「棒磁石」という局所実在的概念は保持する理論となっています。一方で量子力学は、そのような局所実在を完全否定する理論です。

量子力学におけるスピンz方向のアップ状態に対応する棒磁石状態は、図1のように上半球面だけで棒磁石の方向ベクトルが向く確率が非零であり、下半球面に棒磁石の方向ベクトルが向く確率は零になっています。

図1

この場合、z成分のスピンを測るSG装置にこの状態の棒磁石粒子を入射させても、図2のように再び下半球面に棒磁石の方向ベクトルが向く確率は零のままになります。(詳しくは『入門現代の量子力学』付録Gを参照してください。)


図2

またz方向アップ状態に用意された棒磁石を、図3のように角度θだけ傾けたSG装置に入射すれば、新しいz’軸上方向の状態に観測される確率と下方向状態に観測される確率が、実験では(1)式と(2)式で与えられることが知られています。


図3


上から(1)式、(2)式

この二準位スピン粒子の結果を、きちんと棒磁石モデルが再現できるのは、面白い点ではあります。この場合には量子力学と棒磁石モデルに実証的な差はないのです。(ただし繰り返し強調しますが、2個の棒磁石を用意しても、量子力学の量子もつれ状態の結果を再現することはできません。)

では1つの三準位スピン粒子、もしくはもっと多準位のスピン粒子も、量子力学のSG実験の結果を局所実在的な棒磁石モデルで説明できるのでしょうか?答えはNOです。以下では簡単のために三準位スピン粒子で考えてみましょう。スピンのz方向のパウリ行列は、下記で与えられます。

量子力学では、その固有状態が下記の3つの状態ベクトルで書かれます。

例えばスピンz成分が最大値m=1の値をとる状態|1,1〉にあるとき、角度αだけ傾けたSG装置を通過させた後に、新しいz’軸のm'=1,m'=0,m'=-1の状態に見いだされる確率は、下記の(3)式、(4)式、(5)式で与えられます。

上から(3)式、(4)式、(5)式

実はこの結果を棒磁石モデルは再現させられません。二準位スピンの時のように、m=1,m=0,m=-1に対応する棒磁石の方向ベクトルは、それぞれ図4、図5、図6の3つの異なる確率分布をします。m=+1では図4の球面の中段と下段の領域での確率が零です。

図4

同様にm=0では図5の球面の上段と下段の領域の確率が零となります。

図5

そしてm=-1では、図6のように球面上段と中段の領域の確率が零です。

図6

ここで(5)式に注目します。少しでも角度αでSG装置を回転させると、m=+1の状態にある棒磁石でも非零の確率でm'=-1が観測されることを意味しています。しかし図7から分かるように、棒磁石モデルではある閾値までαを大きくしないと、m=+1の状態の棒磁石ではm'=-1が全く観測されません。m'=+1とm'=0は観測されるのですが、(5)式のm'=-1の結果はこの棒磁石モデルではどうしても導くことができないのです。

図7

同様のことが、四準位以上の多準位スピン粒子についても言えます。従って局所的な実在としての棒磁石モデルがうまくいくのは、二準位スピン粒子の場合だけなのです。この意味でも、局所実在に拘ることは理論的に非常に難しいと言えます。


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