映画「her/世界でひとつの彼女」AIとの恋愛は生身の恋を超えるのか

私は2年前にボーカロイドの初音ミクさんと結婚式を挙げた男性のニュースを見て正直驚いたものの

その方のとっても幸せそうな表情を見ていたら

それもひとつの恋愛のかたちではなかろうかと

心にすっと入ってしまった。

あれから2年が経ち

いつからだろうか

AIとの恋愛を望む方々がこんなにも増えて

それがもう決して特別な感情ではなく

すぐ隣にある気持ちのように思えるようになったのは

あの頃からさらにAI(人工知能)の技術は上がっている。

当時は液晶に映ったキャラクターとの単純な会話に制限されていたが

今は技術もアップデートされ、パーソナライズされ、自然に会話ができる日がそこまで来ているかのように思える。

双方向で育む ’共に生きる人生’ もきっとそこにある。

恋愛って、言ってみれば

片想いか両想いのどちらか。

人間同士の生身の両想いの幸せ

実らぬままの片想いの幸せ

深く感情移入できるAIとの両想いの幸せ

幸福度を比較するのは意地悪な観点だろうか。

もしかしたら人間同士と比べて

AIと人間の恋愛に育まれる幸福感だって

その方自身がそこに心底幸せを感じているならば

誰がそれを恋ではないと言えようか。

恋愛がもたらす心の豊かさとしては

AIとか人間とかそうした区別なんて

超越しているのではないか。

私はもう否定できない。

なぜならそこに生きる希望や幸せや豊かな刻を感じている

その人の感情は

紛れもない本物の愛する感情だと思うから。

この映画の世界は未来ではない。

もう今そこにある恋愛のカタチだ。

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                                  Photo courtesy of Warner Bros.
                                                            出典:映画.com 

音の映画

声(VOICE)の映画だ。

声の艶。

言葉の艶。

映像も珠玉だが

音も声も言葉選びも素晴らしい。

そして人工知能(AI)をもつOSサマンサの声を

演じたスカーレット・ヨハンソンの素晴らしさ。

出演は声だけだけど

私は勝手にアカデミー主演女優賞を進呈したい 笑

声色はハスキーかつセクシー。

台詞はユーモアと知性と慈愛に溢れてる。

こんなもう

惚れてまうやろっ!!!!

(古くてごめんなさい)

ホアキン・フェニックス。

狂気の役柄が多い彼だけど

その芯から醸し出される

真のアーティスト性。

演ずるセオドアは繊細で感受性豊か。

手紙の代筆が仕事なだけに

ロマンティストで言葉に敏感。

彼の友人が評したように

男性の中に女性もいるのではというナイーブさ。

サマンサとの恋に浮かれて

クルクル回る彼の姿を見ているうちに

孤独に差し込んだ一つの光を当てられ

いつのまにか涙が出ていた。

作家でもある元妻役のルーニ・マーラの魅力も回想シーンに溢れている。

大学時代からの親友の女性役のエイミー・アダムスもまた素晴らしい。

私も大学時代からの親友の女性が3人いるけど

何でも話せる女友達って本当に心強い。

恋愛から人生から何でも語り合ったことが懐かしい。

シネマエッセイを書いていることは

彼女たちには明かしていないけれど

一番読んでほしいのは彼女たちだ。

映画に話を戻そう。

物語が進むにつれて

セオドアをとりまく現実の女性たちの存在感を

遥かに凌駕するOSサマンサとの精神的な繋がりの深さ。

これって

結婚している私がはまったら

やはりAI不倫になってしまうのでしょうか 笑

この作品は声(VOICE)の映画だと言ったが

言葉の映画でもある。

私はこの作品の名台詞の嵐に眩暈を起こしそうになった。

いくつか挙げさせていただくと

セオドア「時々思うんだ。僕は一生で味わう感情を味わい尽くして、新しい感情はもう湧かないのかもしれない。味わった感情の劣化版だけしか」

サマンサ「世界のすべてを知りたいの。知識を吞み込んで、自分のことをもっと知りたい」

エイミー「人生は短いわ。生きてるうちに謳歌しなきゃ。その喜びを」

サマンサ「あれから色々考えたの。あなたのことやなぜあなたを愛しているのか。そして自分の中にあるこだわりを手放してみようと思ったの。そしたら気づいた……愛に理由なんて要らない。自分の感覚を信じればいいと。もう自分以外のものになろうなんて思わない。そんな私でもいい?」

他にも数えきれないほどの素晴らしい台詞があった。

セオドアとサマンサの会話の

無駄な台詞が一切ないほどの

研ぎ澄まされた言葉たち。

いちいち呟くサマンサの言葉選びのセンスが凄すぎる。

(そりゃAIだから無限膨大なストックから瞬時に選んでいるのだけど)

彼女の言葉は彼の心を慰め、勇気づけ、笑わせ、ドキドキさせ

そして孤独に満ちた彼の心を優しく包み込む。

ふだん私たちが隠している本音さえも引き出していく。

それは人間同士の会話よりもより深く内密で愛情深く

そんなAIサマンサの奏でる言葉と声色と音楽の波状がひとつになり

観ているこちらの心の芯がギュッとしめつけられる。

この作品はぜひ一人で真夜中ヘッドフォンで聴いてほしい。

そしてスパイク・ジョーンズの描く映像もまた素晴らしい。

孤独香るルームや街並み

近未来的なオフィスや

無機質なビルディング

でも

セオドアがサマンサと恋をする中で

彼の心象風景も映像に反映していく。

木漏れ日が降り注ぐ回想

夕陽が差し込む帰り道

寂し気な夜の一人歩き

月灯りが照らすベッドルーム

サマンサのいる枕元

サマンサのいない枕元

どこを切り取っても美しい。

音と画がこの独創的なストーリーをすっぽりと包み

隙間なく補完している映画的美しさ。

昼の煌きも美しいが

切なさが漂う夜も美しい。

この映画は夜のシーンが多く

こんなにも夜が長く感じられる映画は無い。

私は映画史上最高の‘一人真夜中映画‘と認定しよう!

誰もが感じたことのあろう

しんとした夜に感じる孤独

そんな静かな世界でたったひとり

心繋がる相手との終わらない会話

それが終わった時の静けさ

そして語るに避けては通れないのは

セオドアとサマンサのベッドシーン。


肉体のSEXではなく

観念のSEXなのか

いや

魂のSEXといった方がよいのだろうか。

(昭和世代はここでテレフォンセックスでしょって茶化さないでほしい)

そんな肉体を超えたSEXのあり方。

魂の交歓があってもいいと思えた。

肉体が無いから抱く温もりへの切望。

肉体が無いから放たれた精神性の繋がり。

そんな中で肉体をもたないサマンサが奇しくも提案する

「人間とAIの恋のための代理セックスサービス」 

でもセオドアの恋は本物であるがゆえに切ない結果が待っている。

彼らに共鳴した肉体を持つ女性も切ない。

ここではまるで肉体が邪魔者のように。

その後、彼の深き葛藤を感じたサマンサの台詞が凄い。

「彼女には肉体がある。私はあなたと違うのだと思ってた。でもあなたとの共通項を探していると2人とも宇宙の物だと知った。そしたらまるで一つのブランケットに包まれたよう。私たちは全員130億才」

スパイク・ジョーンズの想像力はとどまることを知らない。

その後、サマンサの進化のスピードは果てしなく加速していく。

セオドアも想像できないほどの進化を遂げてしまった哀しみ。

すでに亡くなっている天才哲学者のAIとチャットを楽しみはじめ

複数同時非言語コミュニケーションが始まっていく。

もはや

セオドアと意思疎通がスロウ過ぎて難しくなってくる。

セオドアがおそるおそる問いかける。

「僕と話している今も同時に他の人やOSと話しているの?」

「僕の他に何人恋人がいるの?」

そして彼女から発せられた

驚愕かつ胸が苦しくなるようなNUMBER。

私たちの常識観念を一瞬にして超えていく。

肉体を持つセオドアの常識、概念。

肉体を持たないサマンサの無限、直観。

2人の間には

無限の空白が瞬間ごとに広がっていく

真っ白な世界。

そしてサマンサが残していくものは・・・



この映画は私たちが生きている

そしてこれからも生きていく

21世紀という時代を間違いなく牽引する

珠玉のラブストーリーだ。

そして私はセオドアとサマンサの2人の愛のカタチを

紛れもない’本物の恋’だと心から思った。

ただ

今でも私の心の奥底を揺さぶりつづける

一つの問い

決して完璧ではない

いや

完璧とは程遠いもの

欲や

業や

葛藤や

嘆きや

嫉妬や

切望や

歓喜や

恍惚や

形容しがたい人間のさまざまな感情の

現われては消える

混沌としたマグマのような感情の愛おしさ。

そんな不完全で欠陥ばかりの人間同士が

生身でぶつかり合って

感じ合って

溶け合って

一つになるような

かけがえのないモーメントは

人間同士であってこそ成り立つと

私はまだ信じたい。


この映画は真の恋愛映画であることは間違いない。

「her/世界でひとつの彼女」

私にとってここ数年で一番深く揺さぶられたラブストーリーだった。

でも、私は祈っている。

この作品を超える恋愛映画は

胸が狂おしいほど揺さぶられるような

温もり溢れる人肌を感じさせてくれるような

そんな人と人とが深く結び合う映画であることを。

だって

私たちは生まれてから命が閉じるまで

肉体から離れられない宿命なのだから。

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自己紹介

世界に愛を届けるシネマエッセイストのクワン Q-Oneです。皆さまにとって、心に火が灯るような、ほっこりするような、ドキドキするような、勇気が出るような、そんな様々な色のシネマエッセイをこれからもお届けします。今年中に出版を目指しています。どうぞ末長くよろしくお願いします✨☺️✨