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Celeste Ng(セレステ・イング)『Everything I Never Told You』(『秘密にしていたこと』)子どもに自分の夢を託すのはダメ。ゼッタイ。

中国系アメリカ人の人気作家、Celeste Ng(セレステ・イング)が2014年に発表したデビュー作『Everything I Never Told You』が、ようやく『秘密にしていたこと』という邦題で翻訳出版された。

と思わずつぶやいてしまったが、2018年に自分が書いた『Everything I Never Told You』のレビューを読み返すと、なぜか勝手に「セレスト・イン」と(なにかを参照したのかもしれないが覚えていない)表記していた。

というわけで、めでたく翻訳出版されたので、あらためて原書のレビューをこちらにアップします。
当時の自分のレビューでは、タイトルに「毒親」と掲げていたけれど(「毒親」ブームの時代だったのでしょう)、ちょっと乱暴なことばなので今回は削除しました。それでもやはりレビューを読み返すと、親が子どもに与える影響の大きさ、つまりは親の加害性について考えさせられました。

あらすじ Lydiaの死の真相をめぐる物語

Lydia is dead. But they don't know this yet. 1977, May 3, six thirty in the morning,

と、1977年のアメリカのオハイオ州の小さな町を舞台に、16歳のLydiaが行方不明になり、湖から死体で発見されるところからはじまる。
 
父親のJames、母親のMarylin、そして兄のNathanが、Lydiaの死の真相を究明しようと過去を回想する。といっても、ミステリーというより、家族ドラマの色が濃い。思春期の娘が姿を消すこと自体はとくに珍しいことではないと警察は言うが、Jamesが中国系であるため、一家はこの小さな町で唯一のアジア系住人として、どこにいても人目をひいていたのだ。

となると、Lydiaは人種差別で苦しんでいたのかと想像できるが、実はそれだけではない。

Lydiaが一番苦しんでいたのは、母親のMarylinから「自分のようになるな」というプレッシャーを常に与えられていたことだった。

白人の娘として育ったMarylinは、医者になることを夢見ていたが、だれからも理解してもらえなかった。
Marylinの母親は、夫(Marylinの父親)に捨てられても、「女は良妻賢母であるべし」という信念は捨てなかった。女は家庭に入るべきという母の望みとは裏腹に、Marylinはひたすら学業に邁進するが、理系を専攻すると、「女の子がどうして?」と周囲からも怪訝に思われる。

Marylinはまわりの雑音をものともせずに有名大学に進み、そこで教授をしていたJamesと出会い、愛しあうようになる。在学中に妊娠したため、学業を断念して家庭に入る。母親の望みを叶えたのだ。
しかし、当時は州によっては異人種間の結婚がまだ禁止されていた。
Marylinの結婚式で、母親は "It's not right" をくり返し言う。
母親と会ったのはそれが最後だった。

出産後もMarylinは医者になる夢を捨てることはできなかった。
Nathan、Lydiaを産んだあと、母親が遺した料理本を手にしたMarylinは、自らの人生が閉ざされる絶望を感じる。
自分の人生を取り戻すため、家を飛び出し、もう一度学校に入ろうとする。

が、ここで三人目の妊娠が発覚し、結局学業を諦めて家庭に戻り、Hannahを産む。
そうして自分の夢を、自分に一番よく似た娘のLydiaに叶えてもらおうと、ひたすらLydiaの教育にうちこむようになる……

地獄の親子関係

まあ、それがおそろしいのである。宿題やテストの成績をいちいちチェックするのはは当たり前で、クリスマスなどにプレゼントするものも、『図解 人体の解剖』とか『Famous Women of Science』といった本ばかり。プレゼントというより攻撃だ。
しかし、LydiaはMarylinが家出したときの不安を強く覚えているので、また見捨てられるのではないかと逆らうことができない……

で、父親のJamesの方はどうだったのかというと、こっちはこっちでまた恐ろしい。

Jamesは貧しい中国系移民の子どもとして育ち、幼いころから周囲に溶けこむことができなかった。そしてJamesも、白人に近い見た目のLydiaを一番可愛がり、やはり自分が果たせなかったこと――学校に溶けこんで人気者になること――を託すようになる。
(ちなみに、幼いころから自分によく似た不器用さ、周囲とのなじめなさを発揮していたNathanにはやたら冷たくあたる)

ほんと地獄やな、とつくづく感じた。母親からは勉強して医者になるよう言われ、父親からは「リア充」になるようにと圧をかけられるなんて。

Lydiaがいくら白人に近い見た目であっても、やはりアジア系であるため周囲から浮いてしまう。そのうえ勉強のプレッシャーもあるので、学校に友達なんていない。
だが、Jamesが目を光らせているので、友達と電話するふりをしないといけない。どこにもつながっていない電話をただ持つのだ。これほど悲しい行為があるだろうか。

これだけでも、死にたくなるのはわかるような気がするが、Lydiaが死に至るまでの経緯は、ここからまたひとひねりがあって、なかなか盛りだくさんの小説だった。

ネタバレになるかもしれないが、最後は「家族の再生」という前向きな物語になるのだけれど……正直な感想としては、この両親あれだけ散々Lydiaを苦しめておいて、立ち直りめっちゃはやいな!と思った。

いや、私が親ではないから思うのかもしれないが、ほとんどの親は自分のことしか考えていないのだから、そんなに親の言うことを真面目に聞かなくていいと、世間の子どもたちに教えてあげたい。

作者Celeste Ngの実際の母親は?

ちなみに、この小説の重要なアイテムとなる「料理本」について、作者のCeleste Ngが下記でエッセイを綴っている。

作者の母親は料理本を持っていたものの、中国から移り住んだ研究者であったため常に忙しく、料理本に書かれている良妻賢母の教えについて違和感がなかったのか、作者が尋ねても

“But I just thought: I’m not a housewife. I’ve never been a housewife. So. . . . "

と、あっさりスルーするタイプの女性だったらしく(この台詞を読むかぎりでは、名誉男性のような自意識も感じるが)、立派な研究者として大成功したらしい。

とにかく、親であろうとなかろうと、だれでも自分の人生を生きなければいけないと心底から思い知らされた。まして、子どもに自分の夢を託すなんて、法律で禁止した方がいいのではないだろうか。
(2022/11/29  2018/01/13付はてなブログの記事を加筆修正)

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