真新しい靴とタブレット
その日は、必修科目の試験だった。
世の中は緊急事態宣言が出されているけれど、教育機関はその対象ではないようだ。
私は試験監督として、大学1年生の試験を担当することになった。
会場に入ろうとすると、スマートフォンのような端末が数台、スタンドに固定されて立てられており、そこへ顔を向けると体温を測定出来るようになっている。
幸い測定で基準値を上回っていなかったようなので、手指消毒をして入室する。
既に会場入りしている学生も多く、彼ら彼女らの緊張感がこちらまで伝わってきそうである。
加えて試験場内は感染防止の観点から私語厳禁となっていることもあろうが、オンライン講義が続いた影響もあってか、話す友人があまりいないという学生も多いだろう。場内は静寂に包まれていた。
あるいはキャンパスに来ること自体初めてか、それに近い人もいるかもしれない。
開始時間になるまでに少しでも復習しようと必死になって資料と睨めっこする光景は、毎度のことで少しでも得点を得ようと考えれば当然のことだ。
しかし今回は明らかにこれまでと違っていた。
これまではノートや過去問などをコピーした紙を資料として手に持っていたのが、今回はほとんどの学生がタブレットを手に追い込み作業に勤しんでいる。人によっては、スマホとタブレットを両手に持って何やら作業している。
講義自体がオンラインで、さらに繰り返し閲覧できる環境かつ配布資料もファイルとしてアップされていたので、紙にプリントアウトするより、タブレット上で作業した方が都合が良かったのだろう。
コロナ禍対策によって、試験勉強のツール自体が変わる大きな変革となっていたことにあらためて気付かされた。
そしていよいよ試験が始まった。
皆が詰め込んだ情報を一斉に吐き出すかのように答案用紙へと答えを書き込んでいる。
我々は時折、場内を見廻る。なるだけ彼らの妨げにならないように。
見廻りながら、彼ら彼女らの足下に目をやってはたと気づいた。
多くの誰もが履いている靴が真新しいのだ。
眩しいほどに真っ白なスニーカーや、傷ひとつないようにみえ、均一に光沢を帯びているブーツ。
おそらく入学するにあたって新調したであろう靴なのだろう。それが皆、綺麗さを、真新しさを保っている。
年も変わり1月になった時期なのにだ。
それは如何にこれまでほとんど家から出ることなく、日々オンライン講義に向き合っていたかの証左といえる。
私はオンラインという家から出る必要がない環境が、ここまで制約を強いていたことを、そして彼ら彼女らが自室に籠り続けていた生活をまざまざと見せつけられた。
おしまい
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