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団地と公園

家の近くには閑静な住宅街が広がっている。駅から太陽を背に少し歩いたところでは学校のチャイムの音が鳴り響き、サラリーマンが憂鬱そうな顔で向かうべきところに向かう。私服の大学生が友達と笑顔で話しながら片耳にイヤホンをさして道に広がって歩いている。

そんな朝方に賑わう狭い歩道を少し行くと閑静な住宅街の一部として団地どっしりと構えている。僕がこの辺りを訪れたのは、憂鬱そうなサラリーマンも、楽しげでどこか物足りなさそうな大学生もいない土曜日の昼前だった。その代わりに満面の笑みであたりを駆け回る少年とベビーカーを連れた主婦がいた。近くの青々としたジャングルジムのある広くて明るい公園には、そんな少年と主婦が町内から呼び出したように公園の中心に集まっていた。

その公園を太陽が照らして、青い空と遊ぶ少年たちの声が広がりそこに休日をみた。僕はカメラを構えて写真を撮ろうとしたが、写真に撮るよりもこの公園の脇道を素通りした方が価値のあることに思えて、シャッターから指を離した。

さらに歩いていくと賑やかな公園の隣にひっそり太陽から隠れるようにしている別の公園を見つけた。さっきの公園とは打って変わって、遊んでいる荘園の姿も、散歩をするおじいさんの姿もない。ただそこにあるのは顔のはげかかったパンダの遊具とさび付いたブランコだった。これも写真には撮らなかった。

その公園の向かい側には背の高い団地が横に長く広がっていて太陽の眩しい日差しから守ってくれているようだった。郵便屋さんがエレベーターのない階段を駆け上り、乾いた音のするインターホンを押す。その下では腰の曲がったおばあちゃんがもうすぐ枯れてしまいそうな紫陽花にたっぷりの水を緑色のじょうろで惜しみなく降り注ぐ。自転車が通り過ぎた方を見ると、長く続いた道の両側に大きな桜の木が車道を囲むように立っていて木漏れ日が風に揺られてきらきらと眩しかった。

結局この日は写真を一枚も撮らないで家に帰ったが、日差しの強く暑い日だったにも関わらず、その暑さとは別に暖かさが胸に残っている。また行きたいと思った。あの時あの瞬間を写真に抑えていたらこうは思わなかっただろう。あのときを演じてくれた少年も主婦もサラリーマンももう共演することはないかもしれないけれど、今度は別のキャスティングでもいいからまた見たいと思った。今度はちょっぴり重たいカメラを置いていこう。


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