見出し画像

平壌の真ん中で「金正日」と歌う

 ともかく異例だった。2月16日、金正日総書記の誕生日を祝う光明星節記念公園には金正恩総書記が李雪主夫人を伴い参加した。

 記念公演自体は珍しいことではない。金正恩総書記が参加することも。異例だったのはこの公演の中で金正恩総書記のリクエストで3回も同じ曲「親しきその名」(친근한 이름)が歌われたことである。

 ブラームスだったか。あるいは他の作曲家のエピソードだったか。パトロンが第1楽章を2度演奏させたり、当時そんなことは普通にあったと聞く。だが、こんなことは北朝鮮の公演では知る限り初めてのことである。

 そして「親しきその名」はぼくの持ち歌、平壌でも必ず歌う歌なのだが、歌詞がまた独特、異例なのである。何せ金正日総書記の名前を合法的に呼び捨てに出来るのである。

 かつて、平壌で映画「プルガサリ」(不可殺=불가살이)に出演した、スーツアクターの薩摩剣八郎氏はその著書「ゴジラが見た北朝鮮」の中で、金正日と呼び捨てで名前を書き、現地の人に窘められた経験を書いている。

 基本的に現地で金正日と呼び捨てにしてはならない。出来ない。例外として「金正日時代は~」という表現を使う以外は、基本「将軍様」と呼ぶ。もちろん、最高敬語と共に。

 親しきその名の1番の歌詞を以下に書く。

어머니란 말과같이 다정하여라
스승이란 말과같이 친근하여라
기쁨속에 그 이름 부를 때며는
가슴속에 밝고밝은 해가 솟아라
노래하자 김정일 우리의 지도자
자랑하자 김정일 친근한 이름

母ということばと同じく情深く
師匠ということばと同じく親近なる
喜びのなかで その名を呼ぶとき
胸のなかに燦々と 陽が昇る
歌おう金正日 われらの指導者
誇ろう金正日 親しきその名 (邦訳は筆者)

 (親しきその名。朝鮮語がわからなくても、金正日の部分は聞き取れるはず)


 実際に歌うと「歌おう金正日」というところでドキリとする。「誇ろう金正日」というところで開き直る。最後は「金正日、金正日、金正日」と1985年のバース、掛布、岡田のバックスクリーン3連発の如く堂々と締めくくる。

作詞者のチェ・ジュンギョン(최준경)も実に思い切った歌を作ったものだ。そして、よくGoサインを金正日総書記も出したものだと思う。

 メロディも歌詞も、苦難の行軍前の金正日時代の勢いを体現している名曲とぼくは思う。もう一曲金正日総書記の名前を呼び捨てられる例外として「金正日プーチン プーチン金正日」と繰り返す、朝露合作の「我らの親善永遠たれ」(우리 친선 영원하리)がある。

 (「我らの親善永遠たれ」。最後のリフレインが耳に残る)

 実際平壌での夜、カラオケバーで歌う「친근한 이름」ほど気分のよい歌はない。お世辞にもうまいとは言えないぼくの歌声。

「貴様!偉大なる将軍様の名前を呼び捨てにするとは何事か!そこに直れ!」という声がいつ飛んでくるか。そんなことを考えながら、命がけで歌う。3回も公演で繰り返したのだ。堂々と歌えばよい。

 命がけで君は歌を歌ったことがあるか。平壌の真ん中で「金正日」と叫んだことはあるか。国交のない国で。日本の常識が常識と通じない場所で。夜に。日本人がほとんどいない、超アウェーな場所で。

 ぼくは、ある。

※ 写真は公演の模様のキャプチャーです。

 ■ 北のHow to その107
 北朝鮮の歌を歌います、と言って「アリラン」を歌うのは、日本に来た外国人が「さくらさくら」を歌うようで、何だか優等生っぽくてぼくは好きではない。

 ここでポップな1曲を歌って度肝を抜いてやりたい。そんなあなたに「親近なるその名」。さあ命がけで歌いましょう。とはいっても公演で3回も流したのだから、別に問題はないでしょう。

#命がけ

サポートいただけたら、また現地に行って面白い小ネタを拾ってこようと思います。よろしくお願いいたします。