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YOUは何しに北朝鮮へ #7 泰平の眠りを覚ましたテポドンと道徳性の杖(下)

  かつて神田駅近くの会社に勤めていた。中国と韓国と北朝鮮への強い蔑視の感情を持っていて、仕事の合間に囁くようにぼくにさらっと悪口を言う困った癖を持つ先輩がいた。

 ぼくは朝鮮半島についてはある程度知識があるが中国には全然明るくない。しかしこの先輩にはその区別なく3密的存在で、ぼくのもうひとつの仕事、この仕事のことを知りながら「全く中国ってのはしょうがないな。尖閣でちょろちょろしやがってよ」とある日の午前中もぶつぶつと絡んできたのだった。

 それを愛想笑いでかわして、先輩を置き去りにひとりぼくがよく通ったのは中国人がやっている居酒屋だった。エビチリ定食がスープと杏仁豆腐(これは途中で消えた)までつけてワンコインという破格。週に一回はぼくは通っていた。だだっ広い居酒屋の片隅でひとりエビチリを食べ「今日ハ暑イデスネ」と片言の日本語でにこにこと話しかけて来る中国人の店員さんの顔を見ていると、困った先輩がいても、午後からもだるいけど、しょうがないから働くかという程度に元気にはなれた。

 午前中に先輩に絡まれた日。仕事が終わると神田駅を抜け、パソコンのパーツを見に秋葉原に行った。大型電器量販店の横に観光バスが横づけにされ、中国人観光客が炊飯器など電器製品を爆買いしていた。
 
 店内には「歓迎光臨」と書かれたプレートが下がり、中国人の店員が何か早口の中国語でまくしたてていた。店長と思しき日本人の店員が少し離れたところで満足そうな笑みを浮かべていた。コロナウィルスが蔓延する今、秋葉原で中国人の観光客はほとんど見かけなくなった。満足そうな笑みを浮かべていたこの店員は今、どんな顔をしているのだろう。

 万世橋のたもとでぼくは痛感した。世界はかくもファジーなのだのだと。政治的な問題がある一方で、経済的に支えられている部分もある。領土の問題に怒りながら、格安のエビチリに舌鼓を打ち笑顔に癒される。爆買いにホクホク顔の電器店の店員がいる。かように国と個人の関係は分離しているのが普通ではないか。是々非々?矛盾?やっぱりファジーだ。

 くり返すが言うべきことは言わねばならない。国益は護られねばならない。

 だが現状、国対国はもちろん個人対個人においても没交渉であることにぼくは危うさを覚える。北朝鮮・朝鮮民主主義人民共和国に対する外交チャンネルの欠如はもちろん、道徳性の杖の中毒性から逃れられなくなることに。

「もう、いい加減にしろよな北朝鮮は」とはぼくだって口にする。接している時間が長く、他の人より距離が近いからこそ。在日コリアンの友人と議論になることもある。そして時々道徳性の杖の魔力にぼくも吸い込まれそうになるが「帰れ」「死ね」ということばには「そこまで言ったらあかんでしょ」と躊躇と自制を促す。

 ぼくが日朝交流が必要と訴えるのはそれが理由だ。交流は躊躇を生むのだ。道徳性の杖から手を放すことで、言ってはいけない一線、越えてはいけない一線が明確になるのだ。これは日本だけではない。北朝鮮にとっても同じだ。「みんな日本人のこと悪く言うけどさ。この前オレが会った日本人。何だか怪しい朝鮮語を話す少し変わった奴だったけど、いい奴だったよ」という北朝鮮人がいたらぼくは嬉しい。個人対個人の流れからそれは、国対国の良好かつ健全な関係にも繋がるとぼくは信じている。

 だからぼくは書き続ける。話し続ける。「工作員?」と呼ばれても。

■ 北のHow to その30
  いわゆる北朝鮮の研究者の人の多くは中国についても知識が深く、中国語も堪能だったりします。北朝鮮はなかなか行けなくても、中朝国境から北朝鮮を観察する方も多いです。ぼくは中国は全然わかりません。

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