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旅の登場人物(1)北朝鮮代表・案内員

 案内員(안내원)。平壌国際空港に着いてから、平壌国際空港から出国するまで、ずっとぼくたちの横にふたり一組でいる人たち。彼らはぼくたちにとって通訳でありガイドであり、北朝鮮・朝鮮民主主義人民共和国代表である。彼らとの良好な関係が北朝鮮での滞在の楽しさを左右するといってもよい。

 案内員の多くは平壌外国語大学を卒業している。日本語は恐ろしくうまい。韓国人の日本語初級者がやりがちな、ツ音がチュ音になる(秘密が、ひみちゅとなる。妙にかわいい)癖もない。

 案内員に聞いてみた。
★ 「日本語の教材は?」「映画『寅さん』ですね」
 金正日総書記も寅さんは大のお気に入りだったという。しかし、案内員は寅さんのようないわゆる江戸っ子のような気風のいい話し方をするわけではない。ぼくに対してはしっかりした敬語で話し、横文字や今日本の流行りのことばを使うことが少ない分少し硬く感じるが、学生時代の国語の先生を想起させるどこか懐かしい日本語を話す。

★「何で日本語を専攻したの?」「高校の時の先生に勧められたのです」
 ある案内員は高校の先生に「おまえは日本語の才能がある」と言われたのが学習のきっかけだとか。あとは金丸訪朝団(1990年)の影響が大きい。その当時学生だった世代を中心に「これは日朝国交化来るぜ!日本語の需要が増えるはずだぜ!」と、日本語ブームが北朝鮮・朝鮮民主主義人民共和国でも起きた。その時に日本語を学んだ世代が日朝交流の最前線にいる。

 彼らはエリート。会話の端々や立ち居振る舞いに、この人は育ちがいいなと感じることが多い。生活レベルも高い。マンションに若い夫婦ふたりで住んでいたり(当時の住宅事情なら、両親との同居がほとんどだった)、政府高官に知合いが何人もいたり、配偶者の勤務先がとんでもないところだったりする。

 この案内員が2人1組で飛行機が平壌国際空港に着いてから、平壌国際空港から出国するまでずっといっしょで、ガイド兼通訳の役割を担う。平壌市内に家があっても、ぼくたちが滞在中宿泊するホテルに彼らは泊まる(さすがに部屋は別)。そして基本的にぼくたちに北朝鮮滞在中単独、自由行動はない。見学中は彼らがずっと横にいて、自由に1日の日程を終えて自由になれるのはホテルの中だけ…、なんて書くと「やっぱり独裁国家だ!」と思う読者がたぶん、うん百人といるのだろうな。

 それは間違ってる!とは言わないけれどこれが現状。北朝鮮がホームでこっちはアウェーなのだ。さてこの環境でどうするか。自分のやりたいこと、知りたいことを現地で突き詰めるにはどうするか。よく作戦を練らなければならない。

 案内員に対して妙な敵愾心を燃やし、理由なき反抗を企てるのは損だと思う。案内員の眼を盗んでホテルを飛び出して取っ捕まり、油を搾られたという話はよく聞く。こそこそっと撮ってはいけない場所で写真を撮ってデジカメの画像を消去させられたり、昔ならフィルムごと没収されたりという話も聞いた。かと言って滞在中100%案内員のいう通り唯々諾々と従うというのも面白くないし、違う気がする。

 結局大事なことは、相手を人間として尊重し、コミュニケーションをとることなのだ。

 あれをしたい。これをしたい。○○食べたいなどなど、ダメ元で案内員にどんどん伝えるしかないのだ。当然出来ないことはダメ!といわれるが、意外と出来ることは多い(出来そうにないことを案内員にうん、と言わせるテクニックは後述予定)。案内員もかなり頑張ってくれる。写真も「あれ撮りますよ」と了解を得てから撮る。「撮らないでください」という場所では素直にカメラを下げる(工事現場や軍関係が多い)。ある在日コリアンの友人がこういった。

「北岡さんが東京を歩いてて、外国人観光客にいきなり写真撮られたらいい気分しないでしょ?それといっしょだよ」。得心した。

 一方で案内員も日本について知りたがっている面がある。ぼくたちが何をしたくて、何が好きで、何に関心があるのか。国交もないし外務省のお達しのせいもあって、他の国からは数十万人単位の人が北朝鮮に来るというのに、年間数百人しか日本人は来ない。隣の韓国は数百万人単位で行き来があるのに。そして来る日本人には年齢や性別、思想的な偏りが顕著にある。案内員にはもうひとつ仕事がある。日本から人が来ない時には、日本語のプロフェッショナルとしての仕事がある。それは外交交渉の通訳だったり、情勢分析だったりする。彼らも日本と日本人の機微を知りたがっているのだ。

 我々は従順な羊の群れではないのだ。かと言って放縦を極める存在でもない。礼節を知った人間なのだ。もちろん案内員も同じである。短い滞在時間の間、移動の車の中でムスッと緊張状態のまま過ごすのはお互い損な話。時には夜、お酒を飲みながらお互いの国の立場から激論となることだってある。ぼくも口げんかを何度もした。結局最後まで分かり合えないこともあるけどまた会いたくなる。次に訪朝した時に、今度も案内員は前お世話になった○○さんだといいな。そういう人は不思議と、何度も現地で口げんかをした人が多いのはなぜなんだろう。

■ 北のHow to その7
「案内員ってつまりガイド兼通訳兼監視員じゃないですか」と、ある人に言われたことがある。彼らには確かに北朝鮮当局の主張を日本に伝え、それを支持する日本人を増やす役割もあるがそれが全てではない。四六時中北の公式見解を金科玉条としてオウムのように繰り返す存在では決してない。
 そんな彼らと最低限しか口を利かず、彼らの眼をごまかして何かしてやろうと企む人はツアー中必ずいるが、実にもったいないと思う。
 彼らは北朝鮮代表なのだ。北朝鮮代表にどんどん話をぶつけることによって見えて来るものがある。家族の話や職場の話、日々の暮らし。会話の端々から色々なものが見えて来る。綻びを見ることもある。一方で彼らにも今まで見えてこなかった日本像、日本人像を見せることが出来る。これがWin-Winなのだ。

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