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ぷるぷるパンク - 第9話❸

●2036 /06 /17 /23:42 /川崎・浮島(旧サマージアジト付近)
 
「ふたさんよんふた(2342)。さっちゃんとクズリュウとあたしの三人は、住み慣れたサマージのアジトを見下ろせるガスタンクのてっぺんに腰をかけている。ここは、よくさっちゃんと二人で来た場所だ。
 さっきまでは雨が降っていたけど、今はすっかり止んで、ガソリンの膜みたいな薄い雲が、白く光る月の周りに広がったり重なったりして、その合間にうっすらと地球(そら)の環(わ)も見え始めた。相変わらずの繊細な夜景は、きらきらのビーズみたいだから好き。
 アジト周辺は少し慌ただしく、すでに警察や消防の車両が集まり始めている。すぐ後ろの羽田空港があった場所はただの暗がりになっていて、ディズニーも今日は見えない。あたしたちはこれから重い荷物を背負って、車を停めた場所までしばらく地下を歩かないといけないけど、ここまで来てればもう大丈夫。
 
 目的の空IDをちゃんとゲット。他にはMP5を4丁、グロック22を7丁。それぞれ弾丸をバッグに詰められるだけゲット。
 さっちゃんとあたしのスケートボードは諦めたけど、それぞれのメイクポーチとアクセサリーケースも回収。今は、一刻も早くアワラの家に帰りたい。というか、熱いシャワーとベッドが恋しい。ちょっと贅沢になっている自分がいる。
 とにかく。
 今日はちょっとドキドキする場面もあったけど、概していい1日だったということにする。」
 
「何を言ってるの?」荒鹿は顔を上げて、一人ぶつぶつと喋っているノースの横顔を見つめる。風が吹くと、サウスとお揃いの石が入った細いチェーンのドロップピアスが、髪の毛の隙間からきらりと光って工業地帯の夜景に溶けた。
「しっ。ノースの日記だよ。」二人に挟まれる位置に座り、目を閉じてノースの声に聞き入っていたサウスが荒鹿の視線を遮るように振り向いて言った。ノースとお揃いの石のピアスが同じように光って夜に溶ける。
 
 日記の保存を終えたノースが、旧サマージのアジトを見下ろしながら微笑む。
「ねえ、クズリュウ。」アジトを見つめたままのノースに名前を呼ばれて、荒鹿はサウス越しに彼女の横顔を再び見つめた。
 
「あたしも、クズリュウのほっぺにちゅうしてあげてもいいんだけど、今日はさっちゃんのだけで我慢しな。」
 彼女が何を言っているのかは分かった。嬉しいことを言われたような気もする。我慢しろとと言われれば我慢する。しかし、不思議とどのような感情も湧き上がらなかった。荒鹿は静かにノースの目線の先を追った。雨に濡れて呼吸をしているような工業地帯の夜景は、あまりにも日常の景色とかけ離れていて、何億光年もずっと遠くにある知らない宇宙を見ているようだった。
 まったく生活感とかけ離れたこの場所に、この場所で動いている人々に「普通」の暮らしは支えられている。工業地帯っていうのはそういうものだ。
 そして「普通」の人々は、そんなことにも気がつかないまま「普通」に生きていく。
 
 ここで双子は暮らしていたのだ。そして、二人はもうここに戻ることはない。
 同じように、自分もーー人間に対して引き金を引いた自分だって、もとの世界に戻ることはないのだろう。それが概して荒鹿の1日だった。荒鹿にとっては、いい1日と言えるような日ではなかった。
 
 双子が荒鹿を急に受け入れた理由は明白だった。荒鹿が特殊部隊に銃を向け、そして彼を殺したからだ。そういう世界に入ったのだ。一人前になったのだ。きっとこれが通過儀礼みたいなものなのだ。
 
「でも、ぼくの銃弾は外れてた。」荒鹿の銃弾は特殊部隊を外れて、後ろの軽トラの窓を割った。同じ瞬間にサウスが上からMP5で彼を仕留めた。荒鹿の二発目と三発目は死んだ彼の右肩と右腕にめりこんだ。
 
「殺したかどうかなんて関係ないよ。」サウスは立ち上がって、地球(そら)の環(わ)に触れようとするように、大きく伸びをした。
「じゃあ、クズリュウはなんで撃ったの?」ノースはそう言って、微笑んだままサウスを見上げた。
 
「それは・・・。よく覚えてない。」ただ、咄嗟だった。いろいろなことを考えたような気がするけど、よく覚えていない。
 
「それはね、アラシカがね、さっちゃんとノースを守ったんだよ。」
 サウスが荒鹿の頭に手を置き、髪をくしゃくしゃと撫で回した。女の子にしては、というか小舟に比べると大きい手のひらだな、と荒鹿は思う。荒鹿は首を曲げてその手から離れようとするが、サウスは荒鹿の髪を優しく撫で続けた。
 
●2036 /06 /17 /23:42 /大船
 
 一日中降っていた雨はもう上がり、柔らかい月の光が窓から差し込んでいる。
 荒鹿の部屋では、テーブルの上のスマートフォンのスクリーンが立ち上がり、黄色いポップアップが表示される。バイブレーションの振動が蜂の羽音のような音をたてる。スマートフォンは振動したまま少しずつ動き、テーブルの上に無造作に置かれていたグラノーラのバーを突き落とした。後を追うように落ちたスマートフォンはしばらく振動を続け、やがて静かに止まった。
 
 つづく

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