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プラプラ堂店主のひとりごと㊹

〜古い道具たちと、ときどきプラスチックのはなし〜

身代わりの器のはなし

 札幌の桜も、そろそろ終わり。今はチューリップや水仙がきれいだ。いろいろな花たちがどんどん咲いて、短い北国の春を彩っている。そんな中、金継ぎをやっている洋子さんが店に寄ってくれた。半年前に頼まれたカップの金継ぎがようやく完成して、納品に行った帰りだそうだ。洋子さんはいつもたくさんの器の直しを抱えていて、忙しそうだ。今日は少し疲れているように見えた。ぼくは、珈琲を入れてすすめた。

「いい香りね。ありがとう」

洋子さんは黙って、珈琲を飲んだ。少しの沈黙の後、ふと、

「こんなこと言ったら、おかしいと思うかもしれないけど」

と、言ってちょっと笑った。

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「長いことこういう仕事していると、ときどきね、器の声が聞こえるような時があるの。声っていうより、気持ちが伝わるっていう感じかな。私は金継ぎの仕事をしているから、いつも割れた器を預かるでしょ。カケラをつなぎ合わせてると(あ、この器、持ち主の苦しみの身代わりで割れたんだ)って。そんなふうに感じる時があるの。持ち主の緊張や苦しみを引き受けて、身代わりになったんだって。偶然を装って、たぶん自分から割れたのよ。今日納品したカップもね、なんだか、そんな感じがしたの。…こういうのって、ばかばかしいと思う?」

「いいえ、ぜんぜん。ばかばかしいなんて、思いません」

 (ぼくも、道具たちの声が聞こえるんです!)とは言わなかった。言いたかったけど。ぼくがそう言うのは、少し違う気がした。でも、うれしかった。洋子さんにも聞こえることも。ぼくに話してくれたことも。道具と真摯に向き合っている人には、ちゃんと道具たちの声が聞こえるんだな。

「あのカップを渡す前は、なんだかちょっと気が重かったの。持ち主がまだ苦しみを抱えたままだったらどうしよう、なんて思って。でも、元気そうだったわ。直ったカップを見て、本当に喜んでくれたし」

「よかったですね!」

「身代わりで割れた健気なカップが、また元の形に戻っていく過程も愛おしいの。そして、また持ち主の元に戻って使ってもらえるのも、うれしい。だって、割れたらそれで終わり。ゴミになってしまう器の方が圧倒的に多いもんね」

洋子さんは少し寂しそうに目を伏せて、残りの珈琲を飲んだ。

「…さてと。そろそろ帰って、続きをがんばるわ」

 洋子さんはそう言って、元気に帰った。洋子さんを見送ってから、店の窓を開けた。まだ少し冷たいけれど気持ちのいい風が店の中に入ってきた。

「洋子さんって、素敵な方ね」

抹茶碗が、うれしそうに言う。

「そうだね」

ぼくは、改めて金継ぎの仕事は素敵だと思った。そして洋子さんに直してもらう器たちは、特別に幸せな器だと思う。

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