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【読書感想文】ヘミングウェイの青春の書であり、雄弁な反戦小説 (1411字)

ヘミングウェイの『武器よさらば』の原書を読みました。1929年に発表された作品であり、ヘミングウェイの従軍の経験を基にしていると言われています。

イタリアで戦う兵士として志願したヘンリーは負傷して、看護師のキャサリンと出会い、二人は愛し合うようになります。最初は戯れのような恋でしたが、やがて真剣に愛し合うようになりました。キャリサリンの妊娠が分かり、二人は幸せになれるはずでしたが、過酷な運命が待ち受けていました。

この小説には、二つの面があります。一つは戦争の悲惨さを描くものです。9章にヘンリーと共にいた兵士が負傷する場面が描かれています。彼の叫ぶ "mama mia mama mia"(何てことだ、何てことだ)という言葉は悲痛です。この時兵士は片足を失い、ヘンリーも大怪我します。もう一つは、ヘンリーとキャサリンの恋を描く恋愛小説の面です。恋愛小説が好きな私はその要素に惹かれて、読み続けました。

キャサリンは魅力的な女性として描かれています。恋に前のめりになるヘンリーを軽くいなしたり、そうかと思うと情熱的に彼の愛情に応えます。ヘンリーをいなすときに彼女が口にするのは、”Good boy”という表現です。「良い子だから」というニュアンスですが、親しみが込められていると思います。

ヘミングウェイの文章はハードボイルドと呼ばれる形式で、登場人物の心情は極端に省かれて、彼らの行動を主に描いていくものです。読んでいると、文章自体が引き締まった印象を受けます。ぶっきらぼう過ぎると思う人もいるかもしれません。

ただし、いくら硬質な文章と言っても、人間が書くものなので行間から情感を感じられるところがあります。そうやって伝わってくるものは、味わい深いです。例えば、キャサリンの妊娠が分かる前に、二人はスイスの山の家で暮らすのですが、その部分の描写は叙情的で美しいです。自然に恵まれた地方の情景が、簡潔な表現で鮮やかに描かれています。このような部分には、ヘミングウェイの青春の輝きがあります。

キャサリンの出産の場面が、この小説の終盤になります。この部分は暗くて重たいです。帝王切開で出産することになり、ひどく苦しみながら、「私は死んでしまう」と言うのです。上記に書いた戦闘の場面と等しい重みを感じました。

ヘミングウェイは男性主義的な作家であり、男性の力を誇示するところがあります。例えば、『老人と海』の中で主人公のサンチャゴが泣き言を言わずに鮫と闘う場面などが良い例です。でも、『武器よさらば』の終盤では、出産で苦しみ続ける女性への深い同情が感じられます。ヘンリーは食事も取らずに、キャサリンの傍にいようとします。

上述のように感傷を抑えた書き方なのですが、それがかえって、ヘミングウェイの優しさを浮き彫りにします。読みながら、この部分には、文豪の戦争に対する強い怒りを感じました。

これほどまでに苦しみながら、女性を命を生み出すのに、戦争であっけなく命を失ってしまうのは愚かすぎる、というヘミングウェイの想いが伝わってきます。かけがえのない一人の人間の命の重さを、静かに訴える結末です。

世界の戦場で何の罪もない人たちが殺されている現代社会においても、訴えるものが強い小説ではないかと思います。これこれが文学の力で、この小説はペンは剣よりも強し、という言葉を体現しています。手元に置いて、これからも繰り返し読みたい一冊になりました。


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