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獣になれなかった22歳の私

トップ画は絶対に獣になれない我が家の猫だが、『獣になれない私たち』の第1話を観た。
Twitterで「ガッキーが可哀想」という感想は目にしていたものの、予備知識ゼロの軽い気持ちで観たのが失敗だった。
新卒1年目の出来事がフラッシュバックしてひどい動悸と吐き気に襲われた。
どんなに理不尽で辛い境遇でも変わらず美しいガッキーを見ながら「あぁ、これがPTSDってやつか」とぼんやり思った。

1話のあらすじをざっくりまとめると、

いつも笑顔で仕事もでき、誰からも愛される主人公・深海 晶(新垣結衣)。一見すると「完璧」だが、それは彼女の並ならぬ努力と気遣いの賜物だった。
社長からは重度のパワハラを受け、仕事のできない同期からは担当外の業務を押し付けられ、結婚話もあがっている彼氏とはある事情から同棲ができない…という極限状態の晶。
心身ともに限界が訪れたある夜、行きつけのクラフトビールバーで根元恒星(松田龍平)との交流が生まれ…。

職業病でつい普通にあらすじを書いてしまったけど、要するに「ガッキーがめっちゃ辛い目に遭う」物語だ。
詳しくは公式サイトを見てください。

私は大学を卒業してから今まで、ありがたいことに編集者・ライターとして働き続けられているが、7年間それなりに色んな事があった。
Twitterでは「忙しいけど好きなことを仕事にして頑張っている人」であれるよう意識していたのと、リアルの知り合いと繫がっているので書いていなかったが、私は新卒1年目で入社した編集プロダクションでパワハラとセクハラを受けていた。
前置きが長くなってしまったけど『獣になれない私たち』の1話を観て、胸がドキドキうるさくて仕方がなくて、こんな夜に私は家にひとりぼっちで、感情の行き場がないのでここに書く。
万が一、立場上やばいことになったら消すかもしれないけど、もしこれを読んで私のことや元勤務先や相手のことを特定しても、今の幸せを壊したくないのでそっとしておいてもらえると嬉しい。

何故『獣になれない私たち』で7年も前のことを思い出してしまったのかというと、晶が働く会社の九十九社長(山内圭哉)がきっかけだった。
やや高い関西弁の大きな怒鳴り声、相手を睨みつけるギョロリとした目が、私の元勤務先の社長のものとひどく似ていた。
トラウマというほど大層なものではないかもしれないけど、それでもあの頃の傷はけっして消えることがないんだなと痛感した。

周りが優秀な企業から続々と内定をもらっていく中、どうしても編集者になりたかった大学4年生の私は、早々に「一般的な就活」をドロップアウトしていた。
大学卒業を控えた3月、「アルバイトからでもいいから何とかして編集部に潜り込まねば」と雑誌の奥付をチェックしていたところ、あるファッション誌の採用情報を見つけた。
さっそくメールで履歴書を送付したところ、すぐに面接の案内がきた。喜んで向かった先は都内のマンションの一室だった。編プロとかデザイン事務所とかならマンションでも珍しくはないよな〜と思いつつチャイムを鳴らすと、中年の男性が迎え入れてくれた。

「面接に参りました、●●です」
「おお、入りぃや〜」

彼こそがこの編プロの社長だった。
身長170cmくらいで、ややお腹が出ていて、どこにでもいるようなオッチャンだなというのが第一印象だった。私も西日本出身なので、彼の関西弁は気さくな感じがあり、大企業の面接とは違ってリラックスして話をすることができた。
志望動機なども一応聞かれはしたが、ほとんどがこの会社や業務内容の説明、あとは世間話だった。

・この部屋で社長は寝泊まりしていること
・社長は妻子を地元に置いて単身赴任中であること
・現在ここで働いているのは社長ひとりであること

これらの内容に、賢い女性なら少しでもためらったり考えたかもしれない。
しかし、進路が決まらず焦っていた私は、編集者になるチャンスが目前にあり、なおかつ未経験の新卒には破格の条件を提示してもらえたため「やらせてください」と即答し、その場で採用が決まった。
「履歴書届いてすぐにfacebookで調べたんやけど、写真かわいいなと思って面接に呼んでみたのに実際そうでもないな!」という社長のセリフが、関西人ならではの面白いジョークのようにすら聞こえていた。

異変に気付いたのは、翌日のことだった。
社長からの「今日ヒマだったらご飯行こうや」という突然の誘いを私は喜んで受けた。当時サークルの先輩やバイト先の上司など、年上の男性にかわいがってもらう機会も多かったので、二人でご飯に行くことに何の疑問も抱かなかった。
憧れの仕事の、そして人生の大先輩としての社長の話はとても面白かったが、時間が経つにつれていつの間にか彼は自身のセックス論について語っていた。
社長は「セックスはコミュニケーションであり、僕は相手をよく知るためにセックスをしている。言葉では伝わらないことを、一瞬で伝えるのがセックスである」みたいなことを言っていて、私はそこまで潔癖でもないし性的な話題もOKなので「へ〜」と笑って聞いていたが、帰宅後彼から届いたメールに息を吞んだ。

「君と僕は、セックスするんかな?」

私は「そういう対象」として見られていたのだ、とショックで目の前が真っ暗になった。学生時代は男友達に恵まれ、私自身も男の子っぽい振る舞いをして「サバサバしていて話の分かる面白いヤツ」であろうとしていたので、まさか自分が性的な目で見られる日がくるとは思っていなかった。

おそるおそる「しないですよ〜!笑」と返信すると、ものすごい長文のメールがすぐに来た。
本当にめちゃくちゃ長かったのでざっくり書くと
「僕はそういうつもりで言ったわけではないのに、本当にがっかりしました。先ほども話したようにセックスはコミュニケーションの一環であり、これから一緒に働く仲間としてあなたのことを手っ取り早く知っておきたかったのに、あなたはセックスを性的にしか捉えられない人なのですね」
というのが社長の言い分だった。
普段は関西弁なのに、馬鹿丁寧な標準語なのが余計に怖かった。

ここでキモッ!!と社長からも会社からも逃げるのが良かったのだろうが、私の頭に一番によぎったのは田舎の母のことだった。
卒業式の数日前にしてやっと内定をもらえたことを報告すると、電話の向こうで泣いて喜んでくれた母。その翌日に「やっぱり働きたくない」と伝えたら母はどれだけ悲しむだろうか、想像するだけで苦しくなった。

これで内定を取り消されたらまずい…と思い、私は慎重に言葉を選んで謝罪のメールを書いた。
私は恋愛感情を抱いている人とだけセックスをしたいということ、時間はかかるかもしれないが、必ず仕事のパフォーマンスであなたに認めてもらえるように一生懸命頑張るつもりだということ、だから4月からどうぞよろしくお願いしますということ。
誠心誠意、社長に負けない長文で送った。

その後すぐに、私は社長から届いたメール2通と、自分が送ったメール2通を削除した。
今だったらスターをつけてスクショしてクラウド保存して念のためプリントアウトまでするだろうが、当時の私は「このことが明るみになったらやばい」と思ったのと、これから働く職場に不安を残しておきたくなくて「なかったこと」にするため消してしまった。
夢だとか、希望だとかそういう色々なことを信じていたかった。
あのころ私は、22歳の女の子だった。

それっきり社長からはメールも来ず、緊張しながら初出社の日を迎えたが、彼はあの夜のことに全く触れなかったので拍子抜けした。
カメラマン、スタイリスト、ライターなどたくさんのスタッフさんを会社に呼び、私の顔見せを兼ねたお花見会を開いてもらった。
皆おしゃれで優しくて、たくさん飲んだり笑ったりしながら「この人たちとかっこいい雑誌を作るぞ」と思った。

仕事は忙しいながらもすごく楽しかった。
社長は「お前、文章なかなか上手いな」と褒めてくれ、ファッションスナップや取材モノの企画は私の担当になった。
スタッフさんはいい人ばかりだし、全国の書店やコンビニに自分の名前が載った雑誌が並んでいるのを見るのは何よりも嬉しかった。
だから「自分はすごい仕事をやらせてもらえてるんだ」という思いもあり、社長のパワハラは当たり前のこととして受け入れていた。

月刊誌の編集企画を毎月ほぼ1人で考え、各スタッフに振り、取りまとめ、雑誌の顔といえる表紙を作る社長は、本当に天才だったと今でも思う。
かっこいい・ダサいの線引きが明確で、そのセンスは私に大きな影響を与えてくれた。
そんな天才だからこそクリエイティブへのこだわりは人一倍で、何かミスなどがあった場合それはもう尋常じゃなく怒鳴り散らす。
私も何度か頭を殴られたし「たいした仕事もせずミスして金もらうって、それどういう仕打ちなん? 自分、風俗嬢以下やな!」と言われたのは一生忘れないと思う。
「私ができないのが悪いんだから、社長に怒られても仕方がない」と思っていたので自分が怒られるのはまだ良くて、他のスタッフさんが怒られる方が辛かった。
フリーランスのスタッフさんばかりなので会社に常駐しておらず、社長は電話で怒ることが多い。私と社長しかいない狭い部屋に怒鳴り声が響き、電話の後もイライラし続けている社長に怯えながら仕事をした。

入社して半年が経ったある日、忙しさもあって私は2回続けてミスをした。入稿や校了の時期は5日間ほど会社に缶詰になることもあり、とにかく疲れていた。
いつものように社長は怒鳴り、私はただただすみませんと謝った。何とも言えない重苦しい雰囲気で、二人しかいない職場はギスギスしきっていた。
なんとか校了を終え、社長は「この会社は僕らしかいないんだから、この雰囲気のまま働き続けるのはよくない。今回のことをチャラにするためにも、いっぺんハグさせてくれ」みたいなことを言い、怒鳴られ続けていたことと疲労から思考能力を失っていた私は「はい」と答えた。
社長に抱きしめられると、硬いものが身体に当たった。
「ははっ、勃起してしもうたわ」
社長の言葉を聞いたその瞬間「あ、無理だ」と気付いてしまった。

すぐに転職先を友人から紹介してもらい、1ヶ月後に退職させてくれと社長に伝えた。
どれだけ怒鳴られても1回も泣かなかった私は、初めて彼の前で泣いた。
色々罵られたけど、最後は諦めたように「1ヶ月後じゃなくて今辞めてええわ」と社長は言った。
帰宅して今まで社長にされたことを全て母に電話で打ち明けると、母は「気付いてあげられんでごめんね」と泣いた。
母だけには言わなければよかった、こんなことで悲しませたくなかったと今でも後悔している。

現在、私は夫と猫2匹と暮らし、編集者の仕事を続けている。
幸せいっぱいのはずなのに、突然7年前のことを思い出し、しかもここまで長い文章を書かせてしまう『獣になれない私たち』は本当にすごい。
1話のラスト、晶が九十九社長に向けて啖呵を切るシーンがあり、今後の展開が気になるところだ。九十九社長の怒鳴り声にビビりつつも、2話以降も観続けてしまうのだろう。

公式サイトでは
"本能のまま「野性の獣」のように自由に生きられたらラクなのに…"
とあるが、22歳の私は「負け犬」のように社長から尻尾を巻いて逃げることしかできなかった。
しかし、たとえ負け犬だとしても犬なりに賢い選択をできたのではないかと思う。

29歳になった今なら、自分や大切な人の幸せを守るために、私は獣になれるだろうか。

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