『能力者温泉 チカラの湯』第2話:森ノ宮マホミのご突撃
これまでのあらすじ
空から美少女が降ってきてるなう。
(別に第1話を飛ばしてこっちから読んでも大丈夫な感じです)
「ひょええええええっ!」
ああもう、こんなことになるなら、素直に歩いていけば良かった。猛スピードで地面に落ちている。やばい。
わたしは森ノ宮魔法美(もりのみや まほみ)。魔法使い系の能力者。
物質変換系の魔法は得意だけど、空を飛ぶのは苦手なのだ。いくら遅刻しそうで急いでいるからといって、スピードを出しすぎてしまった。空力を制御できなくなっている。
バランスを取ろうとすればするほど、箒と共に身体が上下左右にフラフラと不安定になる。こういう時はとりあえず笑顔を作って精神の安定を図りなさいと魔法学校の先生は言っていたけど、こんな不測の事態では笑顔なんかなかなか作れない。あ、そうだ。コンビニでバイトをしていた時に笑顔の作り方の練習ってやらされたなあ。なんだっけ?
「う、……ウイスキー」
そうそう。ウイスキーとかロッキーとかラッキーとかワッキーとか、語尾を伸ばし上げる単語を言えば口角が上がるというやつ。ところでペナルティのワッキーじゃないほうの名前ってなんだっけ?いやそれは後でググればいい。今は目先のことを……ん?あそこは……お風呂?銭湯?
「え?ちょっと!待って待って待って待って!さすがに男湯に落ちるのはイヤだよ!全方面でイヤすぎる!せめて女湯へ……」
箒が全然いうことをきかない。魔法学園で実技の練習をサボりすぎたツケがここに来ている。
「これからはちゃんと毎日15分ずつ練習しよう……ん?」
落ちるスピードが少し緩やかになり、手足の自由が効くようになった。誰か、念力系の能力者によって操作されている……?と思いきや、再び猛スピードで落ちていく。
「なんなのこれー?!」
「ぐうっ!ぐぐぐぐ……」
念力の男はサウナにいる時よりも大量に発汗しながら、必至に能力を発動させている。
「ぐぐぐ……重い……ぐぐ」
「耐えるでごわす!お主の能力ならきっと操れるでごわす!己を信じるでごわす!」
ときどき誰かの念力が加わってくるのを感じて、その度にちょっとだけ身体が解放される。
「あと気のせいかな……。念力の使い手にめっちゃくちゃ失礼なこと言われてるような……」
とはいえ、念力によってなんとか女湯の側へと移動することができた。多少は痛いと思うけど、空から落ちた時の受け身の取り方は魔法学園の実技の授業で習ったから大丈夫、なはず。自信はないけど。岩場を避けて、寝椅子に突撃する形で落ちよう。
「きゃー!何かが空から落ちてきたわ!」
「今すぐ!今すぐ湯船から離れて!」
「お客様!お客様の中にサイコ系の方は……」
女湯は、先ほどの男湯と同様に大パニックだ。全員が一斉に露天エリアから建物へと逃げ込む中、ひとりだけこちらを見据えて仁王立ちしている少女がいる。
「この能力、あんま使いたくないんだよね……。特に朝方は。体内時計がおかしくなるんだよ……」
少女は右手の人差し指を、上方で落ちている途中のわたしに向かって立てた。他人を指差すなんて失礼な人だなあ……。ん?あれ?
あともう少しで寝椅子に突っ込む……、と、怪我をすることも覚悟したその時、身体が空中で完全に静止したのを感じた。そして、わたしはしばらく身動きができなくなった。
「じっとしてなさいよ!」
少女はわたしの身体をがっちりと両手で抱き止めた。
「解除!」
というきりっとした彼女の声とともに、わたしの身体は再び自由になった。自分の身体を操られるってあんまり気持ちの良いものじゃないな。本当にちゃんと箒の練習をしよう。
「ううっ、重っ……」
「重いって言った!重いって言ったああああっ!」
「助けてあげてるんだから黙ってなさいっ!」
彼女はわたしの身体をゆっくりと下ろし、「立てる?」と言って、地面にわたしの足を付けた。
「……ありがとうございます。時間系の能力者ですね?」
呆けた意識のままで、彼女のほうを見た。吊り目で眉が凛々しくて、かっこいいな。黒いロングヘアーもクール。
「桜ノ宮時恵(さくらのみや ときえ)。あんま自分の名前好きじゃないから自己紹介って嫌いなのよ」
「トキエさん、ありがとう!」
「ったく。お礼に朝ごはん奢ってよね。時間系の能力って自律神経に良くないのよ」
「……ごめんなさい。わたしは森ノ宮魔法美(もりのみや まほみ)。ループ魔法学園の1年生です!」
「え?……ループ魔法学園?」
「はい!」
「なんだ、同じ学校じゃん!しかも1年かよ!同いじゃん!」
「え?……でも……」
「ん?どした?」
「授業出なくていいんですか?わたし、遅刻しそうで急いでたから空を飛んでたんです」
「はあ?なに言ってんの?今日、学校休みだよ?」
「えええ?」
「ほら、今年は祝日が増えるって、ニュースでも言ってたじゃん。今年に王位が継承されて、この島の元号が変わったから、即位式の今日が祝日になるって」
「…………知りませんでした」
「ちゃんと時事ネタは把握しとかなきゃ就活に響くよ。あと、同いなんだから、タメ口でいいよ。後でLINE教えて」
「わかった。トキエちゃん」
「だから名前で呼ぶな!」
「じゃあなんて呼べば……。そうだ、トッキーなんてどうかな?」
「好きにしなさい」
「よろしくね、トッキー」
「朝からカレー、よく入るね……」
ナンにたっぷり濃いカレールーを付け、美味しそうに頬張るトッキーを見て、わたしは目を丸くした。
「しかも辛さレベル10なんて、わたしはふつうの辛口でも食べれないよ」
「むしろあたしは、レベル5以上の辛さしか認めないけどね。それより甘いカレーなんて子供のお菓子じゃん」
「ふーん」
ここのタピオカミルクティー、甘みが足りないなあ。ここ最近、この島ではタピオカが大ブームで、カフェのみならずファミリーレストランやラーメン店までもがメニューに出すようになった。「チカラの湯」に併設されている食事処でも、当たり前に取り扱っている。
あんなに浴場をお騒がせしたわたしだが、みんな隕石が襲来しそうになったのが奇跡的に逸れたと思っているらしく、わたしの顔を見ても誰も何も問わない。その代わり、念力の話をしている人が多い。
「まさか同じ学校とはねー。だってループ学園からここ、そこそこ遠いじゃん」
「でも、どうしてトッキーは魔法学園を受けたの?時間系の能力者なのに」
トッキーはナンを千切る手をしばし止めて、低い声で言った。
「……あたし、魔法で時間を作り出したいんだ」
「時間を……作り出す?」
「そう。あたしの能力は、時間を止めることはできても、時間を作り出すことはできない。1日は24時間、1年は365日。その決まった数値に縛られながら生きている。あたしはその鎖を外したい。永遠がほしい」
「永遠を作って、どうするの?」
「そこからは、あんま考えてないけどさ。でも……、いや……、なんでもないさ」
「?」
どうやらこの店舗は「チカラの湯」というらしい。
銭湯というのは老人ばかりがいるイメージだったけれど、まだ就学していない幼い子供を連れた家族や、出勤前にここに来ているのかサラリーマンふうの人もいるし、パソコンを持ち込んで何やら作業をしている人など、客層は様々だ。
ふと見えた同世代くらいの男の人は、参考書とノートらしきものを脇に抱えていた。勉強しに来ているのかな。ちょっとオタクっぽくて、あんまりタイプじゃないなあ。あ、一瞬、目が合った……ん?
目が合った途端に、彼は一目散に走り出してしまった。どうしたのだろう。そして、彼の腕からひらひらとノートが落ちるのを見た。
「あ、あの、ノート……落ちてますよっ!」
慌てて声をかけた頃には、彼の姿は見えなくなっていた。わたしはノートを拾い、【普通科社会学Ⅱ】と書かれた表紙を確認した。
「どうしよ、これ……」
表紙を裏に向けると、何やら落書きがされていた。
「これ……わたしだ!」
その落書きは、三角帽を被った少女の絵だった。跨がった箒からこぼれ落ちそうになりながら、こちらに向かって笑いかけている。
「なにそれ?」
トッキーが横から覗き込み、不思議そうな顔をした。
「けっこう上手いね!けど、なんであんたの顔描いてんだろ?休憩所から盗み見てたのかな?キモっ!」
「うーん。そうだとしたら確かにかなりイヤかも」
「捨てちゃえば?」
「いや、でも……。けっこうわたしの好きな感じの絵柄だし」
「関係ないでしょ」
「とりあえず持っとく。今度、透視と念力の授業があるから、その時に使ってみる。上手くいけば彼のもとに届くかも」
「届かなかったら?」
「……………………。捨てる」
残り少なくなってきたタピオカを、強引に吸い込んだ。やっぱり甘みが足りないなあ。
(つづく)
サウナはたのしい。