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新しい靴で延命湯へ

買った衣類は基本的にいつまでも使うので、多少ジーンズに穴が開いてもナチュラルボーンダメージジーンズだと思って穿きつづけるし、帽子がヨレヨレになってもこれはグランジファッションなのだと自分に言い聞かせています。

要するに、服が棄てられないのです。

なので、10年はおろか、20年もののヴィンテージなのではないかというような服が平気でクローゼットの中にある。

いつだったかに血迷って買ったIRON MAIDENのTシャツもずっとある。あんなの外じゃ着れねえので、パジャマとして使っており、私はときどきニューウェイブオブブリティッシュメタルな夜を過ごしている。

ただ、靴だけは、ずっと使いつづけ、磨耗していくと、もうその機能を果たせなくなり、棄てざるを得ない時が必ず来ます。

普段から自分はかなり歩き回るし、山を見つけたらノリでちょっとだけ登ってみたり、海が見られそうだったらノリでちょっとだけ海の近くに行ってみたり、ひと駅ぶんの運賃を稼ぐために無駄に散歩したりするので、だいたい2~3年も履きつづけると穴がポコポコ開いて、歩くごとに路上の石ころを回収する石ころスイーパーと化してしまう。

こうなるともう靴ではなく、石ころを集めながら歩くという行為は危険なので、元は靴であった石ころスイーパーに別れを告げないといけなくなる。

これが地味につらい。かなしい。……というほどではないのですが、まあ、しばらくのあいだ日常生活と旅を共にした相棒にサヨナラすることには違いないわけで、ポリ袋に入れてマンションのゴミ棄て場に持っていく時に、一抹の寂しさはある。

なおかつ、自分は古着や他人のお下がりでも全く気にしない人なのですが、靴だけは新品を買いたいというこだわりがあり、つまり、靴に関してだけは、店の棚に飾られていた生まれたての頃を知っていて、共に育ってきた相棒との別れなわけです。たった2~3年の付き合いであったとしても。

しかし、それはそれとして、新しい靴というのはテンションが上がるもの。

玄関口でゴムの匂いがまだ鮮やかなそれを履いた瞬間に、ゴミ棄て場での哀愁などは忘れてしまい、タオルとシャンプーとボディソープを入れたエコバッグを肩にかけて、イヤホンから流れるD'ERLANGERをバックに、意気揚々と外へと繰り出しました。

これからはこの新しい相棒と、苦楽を共にしていくことになるのだ。そのためにはまずこの相棒に自分のことを知ってもらわなければならない。令和の世に再結成前のD'ERLANGERの曲をYOASOBIの曲を聴くのと同じノリで聴いている奴が私だ。

ちなみにたとえではなく、本当にYOASOBIも聴いている。職場で「いいから視ろ」という業務命令が下った『葬送のフリーレン』を試しに視てみたら、まんまとハマったので。

銭湯の暖簾を潜ったら、下足箱にまず靴を入れる。まだ銭湯童貞の相棒にはじめての体験をさせる。ついでにイヤホンもスマホも入れる。タオルとシャンプーとボディソープと、ポケットの中の小銭があれば、それだけで風呂は入れる。

以前はカミソリや歯ブラシや100均の香水などをプール用のポーチに詰め込んで、俺のお風呂セットを作ったりしていたのですが、うっかり紛失してしまったり、ポーチが破れてしまったりして、だんだんめんどくさくなり、ついには最小限のセッティングになったという経緯がある。

そして当然ながら、浴室では全裸になる。当然ながら、身体を洗う。靴をリニューアルしたので、自分もリニューアルするのだ。

せっかくのリニューアル靴なので、通い慣れている銭湯よりも、普段はあまり行かないような土地にある、今までに訪れたことのない銭湯が良い。

今日えらんだのは、まさにそういうところ。「延命湯」という屋号だ。別に今のところすぐには死ななさそうだし、この靴も生まれたてだが、念のために長生きを祈願しておこう。

JR福島駅の周辺は、夕方の早い時間帯からアルコールの匂いがプンプン漂う繁華街。

日本が世界に誇る大阪駅の隣駅で、かの有名な梅田ダンジョンを潜り抜けて辿り着くことも可能ですが、自分はあまり馴染みがありません。梅田ダンジョンにはこの世のすべてがあるので、福島まで行くことないもんなあ。

その福島の呑み屋街にいきなり現れる、コンクリートそのままの外壁が気になる建物。青い文字で「延命湯」と銘打たれた三角形の看板がある。

周囲は狭い路地の入り組んだカオスな地帯。駅から徒歩5分以内、足の早い人なら2分くらいで行けそうな至近距離にあるにもかかわらず、初見ではなかなか見つけられず、徒歩15分くらいかかっちまった。とはいえ、おかげですっかり足が靴に慣れていい感じになってきた。

外観もけっこう不思議ですが、内部はもっと不思議。なんというか、脱衣場がカーブしている。それに伴ってロッカーも一部カーブしている。なんだこれ。

浴槽の形もかなり変で、よくある四角い形状ではなく、むしろ角面を可能な限り排除したかのように丸っこい。説明するのがかなり難しいのですが、浴槽の縁を上から見ると、『こち亀』の両さんの眉毛が延々と繋がっているような感じというか……。

浴室の奥にある扉の向こうはボイラー室か何かかな?と思いきや、他のお客さんが普通に開けて行った。後を追うと、扉の向こうには露天風呂が。立地的にも、いかにもレトロ銭湯な店内の雰囲気的にも、露天風呂があるとは思わなんだ。しかもけっこう広い。

浴槽はふたつ。この浴槽もかなりわけわからん形状をしていて、漫画のキャラクターが泣き喚いている時に使われるフキダシみたいな感じというか……。

スペース的にはもうひとつくらい浴槽が置けそうですが、やたら広い床部分には信楽焼のタヌキが鎮座されている。

なんやかやで1時間くらい滞在していました。サウナをほとんど使わずに(ここにもサウナはあるけど、ぬるいのでいわゆるサ活にはあまり向かない)入浴だけで1時間もいるのは自分としては珍しいのですが、それだけインパクトのある良いセ活ができました。

セ活というのはサ活の銭湯バージョンです。詳しくは『定額制夫の「こづかい万歳」』第52話を参照。今ならコミックDAYSで無料で読めるぞ。

帰りはあいにく雨が降り、新しい靴も濡れてしまいましたが、まだこの靴との人生は始まったばかり。できるだけ長く付き合えるように、いずれまた延命湯に行こう。

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