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オトンの嘘知識

酒のつまみのことを肴といいますが、自分はそれを魚のことだと長いあいだ勘違いしていました。

実際にうちのオトンはスーパーで買ったマグロの刺身でビールを呑んでいたし、ラズウェル細木先生の漫画『酒のほそ道』でも、しょっちょうアジの開きが出てくるので、まあ魚なのだろうなと。

魚に限らず、つまみ全般のことを肴と呼ぶのだとちゃんと知ったのはいつの頃だろうか。すでに『酒のほそ道』は読んだことがあったはずだが、あれをはじめに読んだのはいつ頃だっただろうか。

大吟醸というものに憧れたし、ビールを呑める大人を羨ましく感じたものだけど、実際に呑んでみると日本酒は呑めないことはないがあまり自分には合わず、ビールも昔ほどは呑まなくなって、今ではすっかり角ハイボールしか呑まなくなってしまった。

30代を手前にしてあんなに外でビールを呑みまくっている岩間氏は、確実に健康診断で尿酸値が引っかかっとるだろ……。若人たちよ、人生のうちでビールをガンガン呑める時期は限られている。だから呑めるうちにバカ呑みをしておけ。

急性アルコール中毒などになって救急隊員の方々に迷惑をかけたり、外でおしっこをしてしまって警官の方々に怒られるのは避けるべきだが、個人でバカ呑みをするぶんには、他人に迷惑をかけることはあまりない(多少はあるかもしれない)。

酔っ払って夜中に謎のポエムをしたためたり、なぜか『クッキングパパ』の102巻だけを買ってきたり、全く興味がないのに100均グッズでできるギャルメイクの動画を視まくる程度にはアルコールに漬かったほうが良い。

できるだけ早い段階をやっておいたほうが良い。25歳くらいまでにはやっておこう。できれば成人する前、18か19のうちに……、ってオイコラ。

肴を魚と思っていたのは完全に自分の勝手なのですが、小さい頃は、ビールを煽りながら魚の肴を食べているオトンには、よく嘘の知識を叩き込まれていました。

たとえば、人体を切断するマジックがテレビで流れたときのこと。

最近でもあの手のマジックが放送されることがたまにありますが、大抵の場合はコメディっぽいノリで、みんなタネがわかっているので緊張感ゼロ、切断されるAKB系列のアイドルの人もゲラゲラ笑っていたりする。

昔はもっと演出がエグくて、おどろおどろしいBGMが流れていたり、マジシャンがマジックに失敗したふりをしてわざと青ざめた顔をしたり、ふつうにホラーでした。

それを視た幼少の砌の自分はもちろんふつうにビビっていたのですが、そんな自分に当時40代のオトンはこう告げた。「あとでボンドでくっつけるから大丈夫」と。

もちろん、一度まっぷたつにされた人体がボンドでくっつくはずがない。アロンアルファを使っても無理であろう。しかし、まだ就学もしていなかった、知恵もたいしてない、それはもう可愛いかわいいベイビーだった自分は、あっさり信じてしまいました。

さすがにそれについては、わりと早い段階で嘘だと気づき、年が過ぎて、小学校でいろんなことを学んで自分もそれなりに知恵がつき、漢字も少しずつ覚えてきたある夜のこと、宿題の漢字ドリルをやっていると、オトンは告げました。「さんずいへんの漢字は2億個ある」と。

2億だったか6億だったか、いやそれよりも控えめに5万とかだったか、具体的な数値は忘れましたが、とにかく、さんずいへんの漢字はとてつもなく多く存在すると教えられました。

それももちろん信じた自分は、後日に図書館で漢字辞典を片っ端から読みまくり、2億だったか6億だったか5万だったかのさんずいへんの漢字をコンプリートしてやると意気込んで、ノートにひたすら、さんずいへんの漢字を書きまくったのです。しかし、確かに多いことは多いが、そんなにとんでもない数が存在するとは思えない。

というかそんなに存在するのなら、漢字辞典に載せきれないのではないか。冷静に考えれば当たり前のことなのですが、さんずいへんコンプリートに夢中になっていた自分は全く気づかず。

おかげで漢字には強くなりましたが、その後は151匹のポケモンをコンプリートすることに神経を注ぐようになったので、さんずいへんへの熱い執念はなくなってしまいました。

このように酔っ払ったオトンにやられたことは他にもいくつもあるのですが、極めつけは、「そばかす」ですね。

家族で食卓を囲みながら視ていたアニメ『るろうに剣心』のオープニングテーマのタイトルですが、そのテロップを視たときに、この「そばかす」がなんのことなのか当時はわからず、オトンに尋ねたところ、「そばのカスや」とひとこと。

それ以降しばらく、あの歌はそばのカスについて歌っているのだと思っていました。そばのカスをひと撫でして溜め息をひとつ、なぜそんなことをするのかよくわからないけど、たぶん大人にはそういうこともあるのだろうと。

もちろん本来の意味を後に知るわけですが、語源は実際に蕎麦の滓(蕎麦殻)から来ているらしく、いちばんテキトーに言ったっぽいのに、いちばん正解に近い。

そういうしょうもないことを思いだしているうちに、これらの嘘知識をばらまいたことを張本人は覚えているのかどうか、久しぶりにオトンに問いただそうとしたのですが、すでにストロングゼロでキマっていらしたのでやめておきました。まあたぶん、どれも覚えとらんだろうな。

サウナはたのしい。