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オリコンチャートオタクとヒット曲と記憶

世の中には、オタクと呼ばれる人たちが数多く存在します。

一般的にオタクといえばイメージされるような、アニメやフィギュアに詳しい人ばかりではありません。実際にはもっと多種多様です。

たとえばタモリさんは、昔からダムオタクとして名を馳せていらっしゃるし、岡田斗司夫さんは、かつてご自身の著書で、立体交差オタクであることを告白されていました。

自分はといえば、ドラえもんオタク、銭湯オタク、あとはマイナー公園オタクでしょうか。

市営団地の区画整理のためだけに、無理矢理つくられたような、申しわけ程度の滑り台だけの、ぜんぜん人気のない公園。そういうものに、非常に萌えるんですよね。

京橋の某所にある某公園なんて、立地そのものがもう奇跡としか思えない。そこから徒歩3分の地域には人が滞りなく行き交う街があるというのに、三角に縁取られたこの公園だけは、世界の果てのごとく、草木だけが鬱蒼と茂っている。

向かいのダイエーがイオンになろうが、そのイオンが潰れようが、ずっとなんの主張もなく、ただ在るのみ。この寂寥感がたまらない。好きだ……。

などというニッチすぎる話題はともかくとして、自分が今まで出会った中で、最も衝撃的だったオタクはといえば、「オリコンチャートオタク」です。むかし勤めていた会社の同僚がそうでした。

毎週かならず、CDシングルのチャートのトップ10をチェックし、そのうち1位に輝いた曲は、すべてTSUTAYAでレンタルして聴く。売れている曲はすなわち良質な曲である、というのが彼の信念。

なので、たとえ1位の曲が自分の好みと全く合わなかったとしても、絶対にちゃんとレンタルする。

好きとか嫌いとかではなく、自分が生きていた1週間に、最も売れたJ-POP、彼の信念に基づいていえば最も良質なJ-POP、それとともに過ごす。

なんて素晴らしいライフスタイルなんだ……などとは、別に当時は思っておらず、なんじゃそりゃ、変な人だなあ、というのが率直な感想でした。

しかし、いま考えたら、それはなかなかシンプルかつ、よくできた習慣のような気がする。

本や映画なんかでもそうですが、世の中で作品と呼ばれるものは、触れたその時期の自分の状況とともに、思い出として蓄積されていきます。

『ズッコケ三人組』シリーズの記憶には、小学校の図書室の匂いがくっついている。

競走馬の映画『シービスケッツ』は、内容はろくに覚えていないのに、生まれて初めて映画館で寝てしまった悔しさが身体に染み付いている(※あくまで私がハマらなかっただけで、同作は第76回アカデミー賞にノミネートされ、日本だけで13億円を超える興行収入を記録しています)。

ホテルモントレ大阪の上品な洋風建築を見れば、上記の会社の別の先輩に中ジョッキビールのイッキをさせられた、北新地の騒がしい夜を思い出す。翌朝のトイレでの地獄も思い出す……。

これは音楽に関してもそうで、あの頃を思い出す懐かしのヒット曲、なんて特集がよく組まれているように、曲とともに自分がその時代を過ごした記憶が生き続ける、ということがよくあります。

たとえそれが、特別に気に入って聴いていたような曲でなくても。というか、そうでない方が顕著なのではなかろうか。

たとえば、別にファンじゃなかったのに、ORANGE RANGEの過去の曲を聴くと、まだガラケーにボタンで文字を打っていた2005年くらいを思い出す。

亀梨くんと山Pのコンビを見ると『青春アミーゴ』が流れ出すので、亀と山Pというユニット名よりも、修二と彰と言われたほうがしっくりくる。

もっと思い入れのある曲なら、さらに深く印象が刻まれるわけですが、そんなに好きな曲は、発表されてから何年後になっても、個人的にずっと聴いているわけで、だんだん同時代性は薄れていきます。

高校生の頃から現在に至るまでに300回くらいは聴いたJanne Da Arcの『ヴァンパイア』なんかは、自分の中では20年前の曲という感覚はありませんからね。

むしろ、当時はよく街中で耳にしたり、他人がカラオケで歌っているのを見たりはしたけど、個人的にはそれっきりになっている、という曲の方が、その時代の雰囲気と直接的に結びついている。

かといって、記憶というのは曖昧で、なおかつだんだんと忘れていくものなので、実際に体験した感覚とはたぶん違ってくる。

だけど、明確に記録され、数値化されたデータであるオリコンチャートは、永久に変わることはありません。そして、たとえ自分が忘れていても、何かの拍子で紹介された時に、ふっと思い出す。

もう若者がCDをレンタルして聴くという文化は消えました。でも、どの時代にもそれを映す鏡となるものはたくさんあるわけで。

オリコンチャートオタクに取って代わって、YouTubeやTikTokの急上昇1位の動画を必ず観る、ウケる動画は良質な動画であるという信念に基づいて、別に好きじゃなくても観る、という急上昇ランクオタクの人が、新たに出現しているかもしれません。

一瞬で売り切れた「みそきん」の動画が、今から10年くらい経った時にふと、その人の脳裏に蘇り、まるで懐メロが流れるかのように、黒いみそきんTシャツを着たHIKAKINさんの動画が流れるのでしょう。急上昇ランク1位の文字とともに。

オリコンチャートオタクのあの人は、街のTSUTAYAが減っていったことを嘆いていらっしゃるだろうか。それとも、時代に乗っかって、急上昇ランクオタクになっていたりするだろうか。あるいは、もう流行なんて気にしなくなっているのだろうか。

わからないけど、2008年あたりのヒット曲がテレビで流れると、彼を思い出す。

サウナはたのしい。