透き通った短歌たち『てんとろり』笹井宏之

ひろゆき、と平仮名めきて呼ぶときの祖母の瞳のいつくしき黒

Twitter上で何気なく目にした句だった。思わずおばあちゃんがわたしを呼ぶときの様子が頭に浮かんだ。
「平仮名めきて呼ぶ」。回想のなかのおばあちゃんの言葉は、まさしくひらがなで発音されていた。名前の後の句点は、おばあちゃんのゆったりとした語りかけを思い出させた。「いつくしき」から作者目線の愛情が伝わり、そして、「黒」のあたたかさ、やわらかさがわたしを包む。五七五七七のリズムはなめらかで心地よい。"き"のくり返しは、まるでそのとき射していた光が言葉に織り込まれているようだ。(ちなみに、わたしの下の名前も"き"が入っている。)
この一句だけで、この歌人を好きになる理由がそろっていた。
その歌人とは笹井宏之で、この句は『てんとろり』(書肆侃侃房,2011)におさめられている。惜しいことに、笹井宏之はすでに26歳の若さで亡くなっている。
世界のかなしみを知ってしまった、それも、一人で知ってしまった。けれど、それを抱えてなお見つかった美しさ。
どの句をとっても、そんな淡いきらめきがある。言葉にはリズムがあり、なめらかに流れていく音楽のよう。
なかには、こんなくすっと笑ってしまうような句もある。

風になれなかったひとがタクシーのいないタクシー乗り場でしゃがむ

好きな本ほどもったいなくて読めなくなるわたしだが、この歌集はだからめったに取り出さない。わたしがこの歌集を手に取るのは、世界を愛したいときである。

この歌集をひらけば、本とわたしのあいだに、透明な共鳴が生まれるのだ。

#短歌
#笹井宏之
#読書感想文

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