短編小説 お年玉戦争



今年も兄の息子、甥っ子がやってくる。年末にやって来て正月に帰るのである。綾太は独身で実家に住んでいる。だから必然的に甥っ子にも会うのである。
子供が嫌いというわけではなかった。ただ、結婚も子育ても未知のもので綾太は兄たちが来た時にしかそれを近くで見るすべがないのである。職場の人間の子供に会ったことは無いし、友達は少なくみな綾太と同じ独身なのだった。

「しょぼ」
去年の事だった。甥は綾太があげたポチ袋の中を見てつぶやいた。綾太に聞こえたのだから呟いたというのが適切なのかはわからない。ただ、なけなしの三千円を礼も言わずに受け取られ面食らった。兄も兄の嫁もお年玉については何も言わず、リビングでくつろいでいた。
綾太は今年のポチ袋には千円札を一枚だけ入れた。決別の千円札である。一年で礼を言える人間に育ったのか。それを見極めるためだけの千円だった。

そばを買いに父親が出かけている間に兄夫婦はやってきた。甥っ子は野球帽をかぶっていた。流行りには乗っておくべきだ、というのが兄のモットーだった。兄嫁が、綾太くん元気だった?ほらご挨拶してと言ったので甥は呟いた。
「うす」
綾太は、俺はお前の友達じゃねえと思いながら愛想笑いを返した。

夜になり酒も進むと兄は綾太に結婚しないのかと聞いた。相手がいないと言うと深々とため息をついた。母親は慰めを言い、父親は笑っていた。興が冷めたので早く寝た。

朝起きても誰も居間に居なかった。綾太はコタツに入り、昨日の残りの酒瓶を見た。まだ半分は残っていた。台所にお猪口を取りに行き、戻るとドアの所に甥っ子が居た。
おはようと言うと、うすと答えた。
綾太は自分の部屋に戻りポチ袋をとると、居間に戻った。甥はコタツに足を入れ、あくびをしていた。ちょうどよいので綾太は甥にポチ袋を渡した。うす、と甥っ子は受け取ると中身を確認して眉をひそめた。
綾太は今年で務めを終えることが決定したのでつい笑みが漏れる。
お猪口に酒を注ぎ、一口で飲み干す。喉が焼けるように熱くなったがそれがよかった。
「おじさん」
「え?」
うすしか言わない甥が喋ったのである。綾太はぽかんと甥を見る。胸ポケットにポチ袋は仕舞われている。
「俺にも一杯頂戴」
「ふむ」
甥っ子は未成年だが正月なのである。綾太は少し悩んだ。
「お猪口持って来な」
「どこにあるの?」
「三段目の手前」
甥っ子は自分が子供だという事を放棄したのか綾太と向かい合って猪口をこちらに向けた。注いでやったがうすと言っただけで、ぺろぺろと酒を舐めた。


#正月
#お年玉
#小説
#短編小説
#オリジナル小説
#ショートストーリー
#超短編小説

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?