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バレンタインが終わらない

年長の娘には年中さんの頃から大好きな男の子がいる。
娘は、容姿端麗で品行方正ですらりとした長身のまるで少女漫画のヒーローみたいな彼のことが大好きだ。

バレンタインの前日、去年のバレンタインに引き続き、今年もなにかお菓子をプレゼントしたい、と娘が言った。
まわりに三人の子どもたちがうろうろしていてお菓子なんてつくれないよ、いやいや無理だよ、と思うのと同じ重さかそれ以上で娘の小さな恋心を大切にしたい気持ちもあった。
私だってそれなりにお母さんだし。
少し前にも書いたけれど、私はタスク管理のセンスがゼロなのでなんでもかんでも安請け合いしてしまう。
その日も、そうだった。
いちから材料をそろえて、ばんごはんの支度をしながら子どもたちとお菓子をつくるというはっきりとした無理難題をまぁなんとかなるかな、と受け入れてしまった。
「うん、じゃあつくろうか、なにがいいかなあ?」
「ガラスが入っているみたいなクッキーにする!クッキーの真ん中を型で抜くでしょ?そこに粉々にした飴を入れて焼くだけ、ね、かんたんでしょ!」
幼稚園の帰りの車中で娘はキラキラとした表情でそう言った。
まじかよ、よりによってクッキーとか、バターこねるのも大変だし寝かす時間もいるし、型抜きなんてお粘土遊びと化してしっちゃかめっちゃか必至ではないの。と心の中で嘆きつつも否定できないのが私のよいところだし悪いところだ。
だってさ、これをあげたいっていう気持ちってプライスレスだ。
チョコのほうがいんじゃない?って誘導するのは簡単だけれど、気持ちにしっくりフィットしてないものをあげるのって私だったらなんだかうっすら気持ち悪いし、そういうことって案外大きくなっても覚えていたりする。
というわけで今年のバレンタインデーは娘発信の「ステンドグラスクッキー」に決定したのだった。

まず買い物から大変だった。
お菓子の材料から、ラッピングの材料、クッキーの抜型のすべてをそろえるには少し大きなスーパーに行く必要があった。
広い場所+子ども(スーパー)=カオス
テストに出ますよ。
三人が各々それぞれ目移りするものだから、まとまらない。
末っ子を見失って探し回って見つけたと思ったら息子がいない。長女に末っ子を託して息子を捜して戻ってきたら、長女と一緒にいるはずの末っ子がいない。長女はみっしり並んだがちゃがちゃに見とれていた。
私は息子が一歳を過ぎたあたりで恥じらいなんてとうに捨ててしまったから三人目を産めたのだ。
非常によくとおる大きな声で末っ子の名前を呼ぶ。
そうすると末っ子が返事をするかもしれない上に周囲の人々があたりをざっと見まわしてくれる。
このスーパーは広すぎるところが難ではあるけれど他所に比べて極めて客層がキッズフレンドリーなのだ。
ひと声叫べば「ほらママが呼んでるよ」と誰かしらが朗らかな笑顔をたずさえて子に声をかけてくれる。

末っ子は小さな子ども用のかごにお菓子をしこたま詰め込んでいた。
ジャイアントカプリコやらアンパンマンラムネやら、チョコレートやら飴やら、あれやらこれやら。
それらを一個ずつ説得の上で棚に戻し、やっぱりいるのとかごに戻され、ううん、大きすぎるよナイナイね、と言っていたら、また息子がこつ然といなくなったりして大騒ぎしてなんだかよく分からないままどうにか買い物を終えて帰宅した。

さあてつくろうか、と思うのだけど何からさせたらよいのか悩んでしまう。
六歳の長女と二人きりなら、彼女とゆっくり計量からするのも悪くない。
しかし足元にはやんちゃな四歳とイヤイヤ期に片足突っ込んだ一歳がいる。
例えば粉を計るにしても、もしどさぁっと粉が出て、あらあら掃除機かな雑巾かな、とうろうろしているうちに四歳か一歳は何かをやらかす。
これなあに、と粉の袋をひっくり返すかもしれないし、たまごを掴んで割るかもしれない。さっき買ってきたチョコペンへの好奇心が抑えきれず開封してしまうかもしれない。
なにかひとつのつまづきが回収しきれない負債を産むのだ。
そして、夕飯の支度も迫っている。
悩んだ結果、娘には非常に地味ではあるけれどステンドグラスクッキーのステンドグラス部になる飴を砕く作業をしてもらった。
下の二人も椅子に座らせて同様に飴に注力させているうちに手早くクッキー生地をこしらえる。
くだんの少年にも娘にも少し後ろめたさはあったけれど私の母性のキャパシティを考えたらこれがベストだと判断した。

夕飯の後にみんなで型抜きを、と思ったけれどあれこれ時間が押してしまってけっきょく子どもたちが寝てから私が型抜きをして、オーブンで焼いた。
誰が誰のためにつくったのか、はてさて、と思わないでもなかったけれどバレンタインはすぐそこに迫っているので余計なことは考えないに限るのだ。

翌朝、娘とデコレーションをしてラッピングをした。
デコレーションをする間もそれはもう騒がしくて落ち着きのない時間だったけれどもはや書くまでもない。

さて、いよいよバレンタインだ。
お迎えの時に意中の彼にプレゼントするのだと意気込んでいたけれど、なんとその日、彼は翌日行くはずのスイミングスクールをどういうわけか振り替えており、早々にスイミングスクールから来たバスに乗って行ってしまっていた。
あらまぁ、と思いつつも仕方がないので、じゃぁ、明日また渡そうね、と娘を納得させて帰宅した。
そして翌日、そんな予感はしていたんだけれど、彼は園をお休みしていた。
そうだよねぇ。振り替えしたってことはきっと今日はなにかご用事があったんだよねぇ、なんて娘と話しながら帰宅した。
土日を挟んだのでクッキーはもう一度つくり直すことにした。

今度は楽しよう、と市販のクッキーミックスを買って横着をしたらばちが当たった。そのクッキー生地は油分のわりに水分が少なく、ステンドグラス部の飴が著しく焦げてしまったのだ。
パステルカラーに輝くはずだった焦げた飴を見て娘は落胆し、私はなんだかどっと疲弊した。
ゴールが見えない。
オーブンペーパーとバターは底をついた。チョコペンは息子がすべて吸った。
また一から買い物から始めなくてはならないのだ。
読んでる人さえ疲れると思う。書いていても疲れる。

バレンタインからもう一週間がたったというのに、そんなことでけっきょくまだクッキーは渡せていない。
今朝、娘が
「今年のバレンタインはもう無理だよね」
とぽつんと言った。
「そそそそそ、そんなことないよ!!なんとかなるから、今度の日曜日にでもまたつくろう!!!ね!!!!」
と娘をなんとか慰めていまだ私はバレンタインの渦中にいる。

また読みにきてくれたらそれでもう。