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【#4】Dr.タカバタケと『彼女』の惑星移民【創作大賞2024参加作品】

【本編連載】#4

視点:ノボー・タカバタケ 30歳
『西暦3230年(新星1年) 惑星「エリンセ」』にて

 僕は胸のアタッチメントに2機を取り付け、自動運転装置(※)に乗りこんだ。
 もちろん指定空間内の通常運行だ。
 当然のことだが、惑星内での『時空短縮』は厳重に禁止されている。
 もちろん『時空短縮法』は一般技術ではないし、僕たちが作った『時空短縮』は宇宙空間でしか、理論上おこなうことは不可能だ。

 でも実は、僕は想像していることがある。
 地球でのあの『いざこざ』を終焉させた組織が存在し、その際に『時空短縮法』を地球内で使ったのではないかと。
 僕たち研究室が開発したものは、そのようなピンポイントで使えるものではない。
 もしそのようなものを開発し実行したのであれば、世の中には僕たちの知らないとんでもない天才がいるということだ。
 僕の理論では地球上で人の『時空短縮移動』は不可能だ。
 繊細な人体は大気中の不純物と混ざるだけで機能しなくなる。
『時空短縮法』は移動の母体(宇宙船などのシェルター)と移動先の環境が重要なのだ。
 しかし、その対象をロボットやボディを持ったAIで行うなら可能かもしれない。
 あるいは爆弾でも……まぁ考えてもしょうがない。

 いずれにしても強大な力は危険視される。
 それこそ僕が、そのようなピンポイント化された惑星内での『時空短縮』に関与していたら、地球に行くことなんか絶対に承認してもらえなかっただろう。

 僕は一番近くの政府指導の市場で、今夜の食事を物色した。

「しかし、人間は不便やなあ。食料をとらないと活動できないでっからなあ」

「ボロー。AIだってエネルギー供給があって始めて活動できるんだから、同じじゃないかな?」

「わしら排せつの必要がないからなあ」

「その減らず口がすでに排泄物」

「―――――」僕の胸でジョフクが『笑い』を表現していた。

「なあ、ボロー。ずっと気になってたんだけど、なんで『カンサイベン』なんだ?」

「あんさん、そんなことも知りまへんのかいな。ジャパンの伝統芸能の『オマンザイ』ですがな」

「あー……なんだっけ?」

「笑いですわ! 笑いを追求する、究極の芸能でっしゃろ! 人間らしさの賛歌ですわ!」

「人間らしさねぇ……」
 不思議なもので、AIと一緒にいると、何をもって感情か、何をもって生物と機械なのかわからなくなる。


『感覚と理解は何が違うの?』
『思考と想いはどこが違うの?』
 かつて『彼女』に言われた言葉が頭の中に、浮かんで消えた。


 手に入れた食料を持って、僕は自動運転を『帰宅』に設定した。
 新しい星の景色を楽しみながら……といいたいが、すでに居住区はその先に見える工場区を含めすでに地球のそれと変わりがないように見えた。
 地球と違うところは、一般人には指定空間の移動しかできないことだ。
単一政府というのは発展期にはなかなか便利だが、自由はずいぶん制限される。
 しかしそれでも、数年前に多くの同胞を失うという『痛手』を背負った人々にとっては、全員で同じ開拓をしているという共通意識と、対立組織のない状況であるという安心感が、何よりもの心の癒しかもしれない。

「政府を許せない……か」
 言葉にしつつも、僕は僕の中にそんな感情など存在していないことを知っている。
 怒りとはどんな感情だっただろうか?
 アンジョーにはああ言ったが、僕はもう何に対しても抗う気持ちが起きてこない。

 昔『彼女』が「感覚と感情が欲しい」と言ったとき、僕は「それを無くしたい」と答えた。
『AI新法』の全貌を聞いた直後だったかもしれない。
 感情がなければ、感覚がなければこの痛みはなくなるんだ。
 そう思っていた。
 でもいくら『従順の証』を受け入れようが、人が人である限り、心の痛みを消すことはできない。

 そう『彼女』だ。
『彼女』との出会いは衝撃だった。その知性と思考は、すべてにおいて僕のこれまでの考えを覆した。
 そして『彼女』との別れは、何よりも悲しかった。
 一番つらかったことは、『僕が悲しい』ということを最後まで『彼女』がちゃんと捉えてくれていなかったことだ。

 地球の死滅も僕にはどうでもよかった。『彼女』とすごし、『彼女』と生きることが僕の望みだった。


 ある日『彼女』は、僕にこう言った。
「ワルツって知っている? 昔の男女の踊りよ。曲が見つかったの。一緒に踊らない?」

 僕は運動音痴で、踊ったこと自体がほとんどなかったので、最初はうまくリズムに乗ることができなかった。
 でも、慣れてくると意外とスムーズに踊ることができた。それは数字を把握することに似ていると思った。

3拍子といわれるリズム。
1、2、3  
1、2、3
ズン、チャッ、チャ
ズン、チャッ、チャ

「ねえ?」

『彼女』は軽快なステップを踏みながら、僕に言った

「ねえ、ノボー。上手に踊って。あなたは人類の希望なのよ。あなたがいないとみんな死んでしまうわ。
ひとつひとつ、正しいステップを踏んで。あなたは踏み外さず、タイミングを間違えることなく、音楽に合わせて正しいステップを踏むことだけを考えて。
そうしたら、私がその踊りが止まらないように、ちゃんと間違えなく、あなたを導くわ」

「でも……」

「『でも』は無しよ。私の望みでもあるの。
あなたが生きること。あなたが笑うこと。あなたが優しい笑顔で笑うこと。
そのために、私があなたを宇宙の遠くまでつれていくわ。
わかって」

「でも…」

「ノボー、『でも』は無し。大丈夫よ、信じて。私があなたを救うから」

『彼女』が言いたかったことはわかる。
 そして、『彼女』の導き通り、僕は『ちゃんと』踊り続けてここまで来た。
 人類は『ちゃんと』救われた。

 でも……。

 「笑って」と『彼女』が言った。
 笑えないよ、だめだ。

 だって、君がここにいないから。
「僕は笑えないよ」

 そう、今の僕には、君のその望みは叶えられそうもない。


「……博士、博士」

「博士、博士、大丈夫ですか?」

 ジョフクの声が聞こえる。
 そうか、自動運転の中だった。

「あ、うん。大丈夫」

「せやかて、泣いてるやん」

 右手で頬にふれると、そこは確かに涙で濡れていた。


1章 終

#5 👇

5月27日17:00投稿

ワープ理論『時空短縮法』を発見し人類を救った天才科学者

【語句解説】

(別途記事にしていますが、初回登場語句は本文に注釈してあります)


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