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心理学者人物列伝その1 ジャン・ピアジェ

ピアジェ

20世紀に多大な影響を与えたスイスの心理学者ジャン・ピアジェ。ピアジェは「人はどのようにして『考える力』を身につけるのか?」という問題を解明するためにその生涯を捧げました。なかでも、子どもの知的発達過程の解明に没頭したピアジェは、子どもが環境と関わりながら、自ら知識を「構成」していく過程に着目し、それぞれの年齢で思考力がどのように発達していくのかを詳細に研究したことで知られています。

心理学の分野で多大な貢献をしただけでなく、教育学・哲学・生物学などあらゆる分野で影響を及ぼしたピアジェとはどのような人物だったのでしょうか。


ジャン・ピアジェの生涯

今回は、あのアインシュタインをして「難しい理論をもっとも単純に示す天才」と称されたジャン・ピアジェの生涯について解説します。

革新的発達心理学の祖、ジャン・ピアジェ

スイス・ヌーシャテル州の文化人の家系に生まれたピアジェは、幼い頃から自然や生物学に強い興味を示す早熟の子でした。15歳の時には既に貝類に関する論文を複数発表するなど、その分野で一目置かれる存在になっていました。

そんな天才ピアジェを心理学の道へ導いたのは、ある"記憶"への疑問がきっかけだったといいます。

それは15歳の時、元保母から赤ちゃん時代に誘拐未遂事件があったという「嘘」を告げられたことに由来します。実際には何も起こっていなかったにもかかわらず、その虚偽の出来事をピアジェは本当のことのように"記憶"していたのです。この経験から、ピアジェは人間の記憶や認知のメカニズムに強い関心を抱くようになり、心理学の世界に没頭し始めます。

幼少期のピアジェ

その後大学に進学したピアジェは、精神分析の台頭とも重なり、認識論や哲学の研究を重ねていきます。そして卒業後は知能検査の採点を手伝う中で、子どもの間違い答えのパターンに着目。「子どもの認知過程は大人とは本質的に異なる」と説き、独自の発達段階説を確立していったのです。

生涯を通して子どもの認知発達の解明に力を注ぎ、教育の重要性も訴え続けたピアジェ。構成主義的アプローチで知られる彼の発達段階説は、今なお教育現場で広く活用されています。

発達心理学の巨人、教育への情熱も凄まじかった

ピアジェの発達心理学は、観察と実践から立ち上がったものでした。
1921年、ジェネーヴに戻り研究所の所長に就任すると、教育学者クラパレードのもとで「試行錯誤」による学習過程について研鑽を重ねます。そして1923年に3人の子を持つと、生後からの観察を通じて独自の発達段階説の地ならしをしていったのです。
そんなピアジェの人生は、まさに研究と教育の両立に尽力した半生でした。1925年から29年まではノーシャテル大学の教授を務め、1929年には国際教育局長に就任。長年にわたりこの要職を務め、毎年「局長声明」を起草し、自身の教育理念を広く発信し続けました。

晩年も世界中から発達心理と教育課程の関係について助言を求められた彼は、コーネル大学、カリフォルニア大学バークレー校でコンサルタントを務め、児童の認知発達研究が教育に与える示唆を探り続けています。

そしてピアジェの半世紀にわたる構成的認知発達理論と、教育への熱い思いは多くの賞に現れ、エラスムス賞(1972年)、バルザン社会政治科学賞(1979年)を受賞。80歳で亡くなった時も「キングス墓地」に無銘の墓を望むなど、質素さを貫く人物でした。

識別番号のみのピアジェの墓

ピアジェにまつわるエピソード

白すずめに関する論文を10歳で発表

早熟の天才として早くから注目を集めたピアジェ。なかでも有名なエピソードに「白スズメの観察」があります。公園でたまたま一部だけ白いスズメを見かけたピアジェは、スズメの行動や生態を観察し、1枚の論文を書き上げたのでした。論文といっても、100字未満で1枚程度の短いもの。しかし「ヌーシャテル博物学雑誌」に論文を送ったところ、館長のポール・ゴデーの目に留まり、以降、週2回ゴデーの元で放課後非常勤の助手を任されます。

生涯で50冊以上の本を執筆し、500以上もの論文を書き上げたピアジェですが、その原点はわずか10歳で発表した「白スズメの観察」にあったわけですね。
このことについて、ピアジェは後年『自伝』(1952年発表)において、次のように回想しています。
「公園で一部分だけ白い雀を見つけたので、1ページだけの分量の論文をヌーシャテルから出ている博物雑誌におくってみた。なんと、その雑誌は、わたしの論文をのせてくれた。こうしてわたしは“デビュー”したのだ」

ピアジェの才能を見抜いたポール・ゴデーは1911年にこの世を去りましたが、軟体動物学者だったゴデーに師事したことにより、ピアジェが生物学的認識論に関心を持つきっかけとなったと言われています。また15歳で発表した軟体動物(モノアラ貝)に関する研究が大きな話題となり、弟子志願者がピアジェのもとを多く訪れたそうです。

余談ですが、白いスズメは日本でも縁起の良い鳥とされ『日本書紀』においても「瑞鳥(ずいちょう)」として登場します。生物学的にも非常に珍しく、100万分の1の確立でしか生まれないそうです。

心理学者以前のピアジェ

知的機能の発達に注目し、認知発達段階説を唱えたピアジェですが、実は最初から心理学者を志していたわけではありません。

青年時代のピアジェにとって最大の関心は、生物学にありました。最初に入学したヌーシャテル大学(19歳で卒業)では動物学科を専攻していますし、その後も「ヴァレの軟体動物学序説」で博士号を取得しています。ヴァレとは、スイスの地域名です。
そのほか、哲学や精神病理学、宗教学などさまざまな分野を修めたピアジェですが、次第に心理学こそが生物学と認識論を結びつける学問であると気づくようになります。

以降、心理学の研究に没頭し、チューリッヒ大学(スイス)やソルボンヌ大学(フランス)で心理学を学びます。ソルボンヌ大学では子供の知的発達に関する研究を始め、やがて彼の重要な理論である「認知発達段階説」を唱えることとなりました。

ヴィゴツキーとの論争

幼児を観察することで人間の発達段階を明らかにしたピアジェ。そんな彼の重要な概念に「自己中心的言語」があります。「他者とのコミュニケーションを目的としない幼児の言語」に注目したピアジェは、これを自己中心性という、発達途上にある幼児特有の非論理的思考の現れであると考えました。

しかしこれに対し、ソビエトの心理学者ヴィゴツキーは異論を唱えます。
ヴィゴツキーによれば、言語はコミュニケーションの道具として始まり、一つはコミュニケーションの手段である「外言」として発展。もう一つは思考の手段であり、外にはでない言語「内言」として内在化するものとして捉えました。

このように、ピアジェとヴィゴツキーの言語観には大きな違いがあります。ピアジェは自己中心的言語を幼児の非論理的思考の現れとみなしましたが、ヴィゴツキーはそれを内言と捉え、言語が思考を内面化する手段であると考えたわけです。

この相違は、両者の発達観の違いに由来します。ピアジェは発達を子どもの内在的な過程としてとらえ、年齢に応じた一定の段階を重視しました。一方のヴィゴツキーは、発達は社会的文化的環境との相互作用によってもたらされるとする「文化史的理論」を唱え、言語を含む他者との相互交渉を重視したのです。

ピアジェの自己中心性説とヴィゴツキーの内言説は、発達における個人的側面と社会的側面のどちらを重視するかという対立点があったものの、両者の見解の違いは発達心理学の深化につながる建設的な議論となりました。

ヴィゴツキー

自分の子供を観察

ピアジェは自身の3人の子供を重要な観察対象としました。

最初の子供ジャクリーンは1925年に生まれ、ピアジェは彼女の発達過程に着目します。
その後1927年には次女ルシエンヌ、1931年には長男のローランを授かり、2年に渡り子供たちの観察を続けたのでした。

ピアジェは日々の行動観察を通して、子供の思考パターンの変化を追跡し始めます。例えば、ルシエンヌが8ヶ月の時には物体の永続性の概念がなく、視界から物が消えると存在しないと考えていたことなどを観察しています。ピアジェは子供たちとの日常的な遊びの中で、さまざまな認知課題を出して、彼らの反応を記録していきました。

子どもを観察するピアジェ

ピアジェはこうした自身の子供たちの観察から、子供の認知発達に一定の普遍的な段階があることを発見していきます。その結果、子供たちの自然な行動を長期間にわたって詳細に観察したことが、ピアジェの発達理論の基礎となったのです。

つまり、ピアジェ自身の子供たちは、彼の理論を築く上で最も重要な被験者であり、貴重な観察対象だったと言えますね。

まとめ

今回は20世紀の知の巨人ジャン・ピアジェの生涯について、エピソードを交えつつ紹介しました。心理学のみならず、生物学、哲学、認識論などピアジェの業績は驚くほど多岐に渡ります。この記事では詳しい解説を避けましたが、心理学を学ぶ皆さんは「ピアジェの認知発達段階説」をご存じと思います。

ピアジェは認知発達段階説において、子供の発達段階を以下のように定義しました。
1、感覚運動期(0ヶ月〜24ヶ月)
2、前操作期(2歳〜7.8歳)
3、〇〇操作期(9歳〜11.12歳)
4、形式的操作期(12歳〜)

さて、皆さんは「〇〇」に入る用語を覚えていらっしゃるでしょうか?
心理学において重要な概念ですので、もし「覚えていない」「パッとすぐに出てこない」という方は、コチラのテキストを参考にして、しっかりと覚えておきましょう。

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