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僕が若手飲食経営者になったこと1〜どんなお店にしよう編〜

🐤ここまでのあらすじ

大学3回生のときに「就職をしない」と決め、
「自分に出来そうなこと×人が集まること」
を考えて「国際交流パーティー」をやっていたが、
美人のホステスさんから「インド人が消えたから、飲食店を経営しないか?」という話が舞い込み、
ホイホイ乗ってみた。

やっと経営者っぽくなってきた!


🐤お店をやる前にやっていたこと「セールス」

僕がどんなお店をやろうかなと思った時に、指針にしたことは「パーティー」ともう一つある。というよりパーティーにも活用できたことがある。
それは「セールス」である。

就職しないと決めてからビジネス書をひたすら読んでいたら金持ち父さんをはじめさまざまな本で「セールスをやりなさい」と書いてあったので、素直すぎる僕はセールスをやることにした。

あ、いかにも大学生をやりながらパーティーを続けていたかのように書いていたが、実はこのころは大学はすでに卒業している。
大学3・4回生は最低限通うだけでよかったし、就活で各社からお祈りばかりされて落ち込んでいる同級生にも一応気を遣っていたので特に印象に残る出来事はない。

■どんな「セールス」をやろうかな

営業職に就くのは就職しないと決めたからやりたくないし、
フルコミッションの営業・・・・
と思った時に、桑原正守さんという人の本に出会った。

著書「もし、坂本龍馬が営業マンだったら」なんかは有名なので、営業畑の方だったら名前ぐらいは聞かれたことあるのではないだろうか。
10代で北陸から上京し、ウェイターから完全歩合の営業職に転身して、すべての営業職において最短NO.1記録を保持しているという営業のスーパーマンみたいな人。

この人のすごいところは、
「1つの業界で1位を取っても業界への合う合わないや運の要素もある、すべての業界で1位を取ることで初めて営業としての職種が確立する」と考えていたことだ。
完全歩合の営業に飛び込み、5つの業種で1位になったのでソーシャル・アライアンスという会社を立ち上げた。

僕はこの人のことをもっと学びたいと考え、
そのノウハウが詰まった営業教材があり、売ることもできると知った僕は、
問い合わせをしたところ大阪支店の人から「会いませんか?」と連絡が来た。
(危うい23歳)

忘れもしない大阪でも老舗のヒ●トンホテルの1Fのラウンジ、
23歳の僕にとってみたらマクドの10倍、ドトールの6倍、スタバの3倍ぐらいのメニューラインナップ、高級感しかないソファの適度な柔らかさんにはドキドキするしかなくて浮かれる
そして、ウェイターさんに何も知らない子どもが来たと思われるのが嫌で、こなれた感を出してみる23歳のプライド。

さて、やってきたのは、シュッとした営業っぽい人。
でも想像していたよりギラギラしていない。
僕の営業ができる人のイメージはロレックスとおしゃれなスーツを着こなすいかにもみたいな人だったが、その人は思ったより普通の感じの良さそうな人。

そして2時間後、サインしていた。
もちろんお金がなかったので、40万円ぐらいを月々1万円ローンで。
(とても危うい23歳)

ただ、このことは結果、僕にとってとてもよかったと思っている。

■ネットワークビジネスはやらなかったのか?

フルコミッションの営業で夢があるものといえば、ネットワークビジネスを思い浮かべる人もいるのではないだろうか。
当時はネットワークビジネス全盛期と言ってもいいぐらいfacebook、mixiや僕のやっていたパーティーでもネットワーカーと呼ばれる人がたくさんいた。

そして、みなさんの想像を裏切らず、
ア●ウェ●、●ュー●キン、ニュー●ェイ●、ナ●ュラ●ープ●スをはじめとする有名どころから、なんじゃそりゃみたいな話までめちゃめちゃ来た。

だいたい、パーティーで知り合った20歳「いろいろやってます」みたいなことを言っている「かわいい女の子」にお茶に誘われたら怪しい。
男に誘われたらもっと怪しい。

僕だって彼女がいろうがいなかろうが、かわいい女の子に誘われたら嬉しいし最初はちょっと心をときめかせながら行ったりした。

そして、「Tくんにおすすめの事業があるの」と言われて落胆したこと数十回、女の子以外の「誰か」が現れたこと数十回・・・。
お茶してから行こうと思った僕の渾身のデートコース計画が潰れたこと数十回。

もう僕の女性に対する初デートはトラウマにしかならない、なんてことはなく女の子は好きだ

まあ、以前もちらっと話したように縁とタイミングがあればネットワークビジネスもやっていたかもしれないし、友達で成功と言われる収入を取っている人も何人かいるけれど、縁とタイミングがなかった。

🐤僕が学んだ営業術

僕が桑原さんの教材とそれを販売することで学んだ営業術は、よく言われるYesBut法などのテクニカルな方法というより、呼吸をするように成果を出すことと考え方。

よく考えたらヒ●トンホテルの1Fのラウンジでなぜ40万円(月1万円ローン)のサインをしてしまったか?を考えても、いまだにわからない(笑)
良さそうだなと思ってしまったから。

桑原さんの教材については語りきれないので、またニーズがあれば別途機会を設けようと思う。
興味のある人はYoutubeにもあるので見てみるといい。

ここで学んでからパーティーの人数は20人単位から100人規模になっていったし、チーム運営もよくなっていった。
とはいえ、そんなに難しいことではなくて、
パーティーという商品を売るのではなく、商品から生まれる利益や可能性を売るということを意識した。

パーティーに関わることでどんな未来が生まれるのか、それが楽しいでもいいし、仲間ができるでもいいし、やりがいでもいい。
その人がどんな未来だったら嬉しいのか。

僕はそれをみんなに感じてもらう努力をしていたからこそ、みんなが集まるようになってと思う。

🐤僕が飲食店でやりたかったこと

ぶっちゃけ飲食店は詳しくなかったし、
当時は食べ物に対しての愛情もこだわりもなかった(笑)

あ、僕のグルメマガジンもよかったら読んでください。

僕がやりたかったのはパーティー同様、「人が集まって楽しめる場」「願いが叶う場」

今から考えると、それが会社という空間に今は変わっているのかなと思う。

というわけでコンセプトは「コンサルティングカフェ」に決まった。

続く。

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