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映画:ヒミズの感想

感想の要約

苦境にあるときでも助けは存在する。しかし、助けを求める事こそが最も困難なのだ。
何度も何度も否定されると、人は怒りと破壊衝動以外の感情がすり減ってしまう。怒りと破壊衝動は判断能力を低下させ、視野を狭める。しかし、自分と繋がっている人がどこかで助けてくれる。助けを求める事や希望を持つ事が、最も困難。そこだけは「自分で」やらなければならない

何度も何度も否定されると、人は怒りと破壊衝動以外の感情がすり減ってしまう。

この映画で、主人公の住田祐一は何度も何度も否定される。よりにもよって両親から。住田の感情は怒りしか残っていない。それ以外の感情が摩耗しきっているのだろう。そして、怒りは破壊衝動へと繋がっていく。
この映画は全体的にうるさい。自然の中や崩壊した空間の中ですらうるさい。うるさいノイズが繰り返され、繰り返されるノイズが意識を攻撃する。このノイズは住田の心象を表しているのだろうか。そして苛立ちが住田の感情を殺す。明確に残っている感情は怒りばかり。そして、住田は怒りのやり場をなくし、せめて世の悪を破壊しようとする。この映画には何人か無差別に人を殺そうとする人間が登場する。彼らは果てのない破壊衝動を抱え、小さなきっかけで無差別殺人を行う。住田も同様に破壊衝動に流されて殺人を行おうとしていた。破滅しようとしていた。もう、怒りとそこから生まれた破壊衝動以外しか残らなかったのだ。

怒りと破壊衝動は判断能力を低下させ、視野を狭める。

住田は、怒りと破壊衝動に振り回されて合理性に欠ける行動に出る。これは私の仮定だが…住田にとって最も合理的な行動は、市役所や警察に助けを求める事だったのかもしれない。少なくとも彼が犯罪を行う合理性はなかったように思う。しかし、深い怒りは正常な判断を奪ってしまう。茶沢景子はその状態をさして言う「軽い病気」なんだと。この作品では「ヴィヨン全詩集」にあるらしい「軽口のバラード」が引用されている。ネット上で見かけた全文を見ると、映画ではかなり省略して引用されている様だ。ここでは映画に登場した部分だけ引用する。

俺には分かる、牛乳の中の黒いハエ その白と黒がよく分かる
俺には分かる、働き者か怠け者かも分かる、その顔で分かる
俺には分かる、何でも分かる
自分の事以外は

これは…住田自身の暗喩なのかもしれない。判断能力が低下して…自分の事が分からなくなっている。そして実は、住田の分かっている範囲はとても狭い。白か黒かの両端しか分かっていない。視野がせまくなり、どうすれば良いのか分からなくなっていた

しかし、自分と繋がっている人がどこかで助けてくれる。

茶沢や、夜野に代表される近隣のホームレスの助けによって、住田は破滅をぎりぎりのところで免れる。住田を苛んでいたヤクザは、住田の知らないところで夜野が問題を解決して…住田から去っていく。通り魔を殺そうとしたときも、周囲に居合わせた者たちが住田を留める。ぎりぎりのところで、救いが出されていた。住田に救いの手を伸ばすものは、どこかで住田に救いを見出している。救いの手を差し出した主だったものは、茶沢とホームレスたち。茶沢は虐待される環境のなかで住田の言葉を支えにして生きている。ホームレスたちは、住田の家の近くに住まう事を許されていた。住田が捨て鉢になっても、何かの形で住田と繋がった彼らが住田を破滅から救い出している。

助けを求める事や希望を持つ事が、最も困難。そこだけは「自分で」やらなければならない

住田は自己否定から様々な救いの手をこばむ。茶沢は言う「他人に助けをもとめる根性を出せ」と。しかし、住田はできない。降りかかる否定ですり減った心が、助けや希望を求める事を困難にしているのかもしれない。しかし、希望に手を伸ばす勇気は最低限の勇気。自分が出さなければいけない最低限の勇気。ホームレスたちは住田を助けるために出来る限りの事をし、住田の家を後にする直前に言う「自分でがんばって」と。住田の通う学校の教師はいう「住田がんばれ、死ぬな、夢をもて、この世でたった一つの花よ。」と。この言葉は、住田が希望を否定しているときに空疎に響いていた。しかし、この空疎な言葉は、住田が最後の最後で希望に手を伸ばしたときに確かな中身に満たされていた。自暴自棄を止めた住田が茶沢ともに走り出し…「住田がんばれ、死ぬな、夢をもて、この世でたった一つの花よ。」と叫んでいるとき、この言葉は確かな意味で満たされていた。

自分の人生との関連

住田の様にいら立ちに襲われる事は、私にもある。比喩ではない。私はいら立ちで泣き叫び自分を地面や壁に打ち付ける。ときに良識に偽装された支配が私を何度も苛んだ。良識に偽装された支配は、この映画ではヤクザ者に強制される「約束」や優先席の前に立つ老婆の言う「道徳」で表されている。どこにも持って行き場のない怒りは私を何度も襲った。判断能力が低下し、愚かな選択をした。学生時代、社会人と変わりなく…私は怒りに襲われて愚かな行為を繰り返した。そのせいか住田に自分を重ねるのは容易だった。茶沢が「それは軽い病気」と言ってくれたときだいぶ泣いた。住田が茶沢と共に走り出して「住田がんばれ!」と叫んでいるところで、結構泣いた。


関連資料

視聴した映画:『ヒミズ』
監督:園子温
脚本:園子温
住田祐一:染谷将太
茶沢景子:二階堂ふみ
公開年:2012
原作:古谷実,2001-2003 講談社ヤングマガジンにて連載
https://www.amazon.co.jp/dp/B07XZ8JRL6/ref=cm_sw_r_tw_dp_DNAEJN8ZHPBTCGAHJ79J

関連文献
鈴木信太郎訳『ヴィヨン全詩集』 [岩波文庫] 岩波書店,1965
※フランソワ・ヴィヨン(François Villon 、1431-1463)
https://www.amazon.co.jp/dp/4003250419/ref=cm_sw_r_tw_dp_M1XRJQ9SC6MYFHFVPBCZ


参考サイト
https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q10102626565

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