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超能力研究会 短編

僕と加奈子が付き合い始めてもう少しで4年が経つ。

 僕は今年27歳で加奈子は3つ下の24歳だ。加奈子とは大学で出会い僕たちは交際を始めた。

 ようやく仕事にも慣れてきたので、僕はそろそろ加奈子との結婚を考えていた。

 だが、一つだけ引っ掛ける事がある。

 加奈子は何かを隠している。

 いや、隠していると言うと聞こえが悪いが、何か薄い壁のような物が僕と加奈子の間にあって今一つ距離が埋まらない感じがする。

 それは付き合い始めの頃から何となく感じていた。

 具体的に何が?と言うわけでは無く、そう感じるのだ。感じるのだから仕方が無い。

 僕はその正体の分からない壁のせいで結婚に対して二の足を踏んでしまっていた。


 ある晩、加奈子が神妙な面持ちで、ずっと秘密にしていた事があるから打ち明けたいと言って来た。

 やはり壁は存在していたのだ。僕の独り相撲では無かった。とは言え、いざ秘密と言われると途端身構えてしまう。

 年齢査証?大学が一緒だからそれは無いか。整形?まぁ好みの顔だからそれはそれで全然許容出来る。
 借金?それも別に一緒に返せば良い。
 浮気?浮気はちょっと。
 よし。浮気以外なら大体の事は受け入れられるはずだ。浮気以外でお願いします。と覚悟を決めた。


「あのね私、実は超能力者なの」

「へっ?」 予想外な言葉にまぬけな声が零れてしまった。

「前からずっと言おう言おうとは思ってたんだけど、中々言い出せなくて、超能力者なんて言ったら嫌われるんじゃないかと思って、てか、嫌いになった?」

「別に嫌いになるなんて、いや、ちょっと待って。まず超能力者ってどうゆう事?」

「私、時間が止めれるの。あ、でも少しだけ。1分くらい」

「なるほど、時間を止める能力か」僕は困惑しながら謎の理解者を演じてしまった。

「隠していて、ごめんなさい」

「えっと、冗談とかじゃないよね?」もちろん冗談であって欲しいと願って喋っている。

「本当よ。じゃぁ今からちょっと止めるわね」


 何も変化は無い。時計もいつも通り動いている。「ん?いつ時間止めるの?」

「もう止めたよ10秒くらい」

「ん?今止めてたの?」

「あ、そっか。明夫くんも含めて全部止めちゃうから」

 

 なるほど。理には適っている。

 僕の愛する加奈子がこんなに改まって、くだらない冗談を言うとは思えない。

 でも、想像して欲しい。ある日、結婚まで考えている彼女が、時を止める超能力者だと言い出したとしたら、ジョン・レノンの曲が頭の中で再生される。


「明夫、ねえ明夫くん」

「ん?ごめん何?」ジョンのせいで加奈子の声が届いていなかった。

「もう、完全に明夫くん時間止まってたよ、私、今止めてないのに、って笑えないか」
 もちろん笑えない。

 

「逆に超能力者だからって何か問題あるの?」僕には謎の理解者を演じ続ける事しか出来ない。

「特に問題は無いと思うけど、ただ内緒にし続けるっていうのが嫌だったから。あのね、私この能力小さい頃からずっとなの。普段は大丈夫だけど感情が高ぶったりしたら無意識に止めちゃったりして」


 なるほど。思い返せば加奈子は喧嘩の最中に急に冷静になる事があった気がする。時間を止めてる間にクールダウン。それだけ聞けば少し便利かも。


「それで、小さい頃にお母さんに近所のおじさんを紹介されて、あ、お母さんはちなみにテレパシーが使えるんだけど。こういうのって遺伝し易いみたいで」

 

 全く情報が多すぎる。

 

「その、おじさんっていうのが超能力研究会の柏木さん。私、超能力の事で小さい頃から色々柏木さんに相談してたの。それで、出来れば明夫くんにも柏木さんに一度会ってもらいたくて」

「その柏木さんも超能力使えるの?」こうなれば毒を食らわばなんとやらだ。

「うん。柏木さんは予知能力」加奈子はスッキリした顔で嬉しそうに答えた。
 何を勝手に一人だけスッキリしている。僕はまだだ。


 後日、僕は加奈子と超能力研究会に行くことになった。

 聞きたいことは山ほどある、とにかく色々と整理したかった。


 加奈子に連れてこられた場所は一見ごく普通の民家に見える。
でも、きちんと「柏木」の表札の横に「超能力研究会本部」とプレートが貼ってあった。

「やぁ、来る頃だと思っていたよ。どうも柏木です」急に扉が開いた事に驚く間も無く柏木さんは僕たちを出迎えてくれた。

 そうか、柏木さんは予知能力者だった。

 歳は50代後半くらいか?白髪交じりのひげを顔中に生やしているが、よく見ると割と端正な顔立ちをしている。

 僕たちは超能力研究室と呼ばれている居間のような部屋に通された。

 そこにはカードをめくり合って遊んでいる女の子2人が居た。

「あの、あれは何をしてるんですか?」

「あれは透視の練習だよ。若いうちは能力が身に付きやすいからね」柏木さんはそう話す。

「さっそくだが、明夫くん、君は超能力をどう考える?」

「どうと言われても」僕は言葉に詰まり、首を傾げた。

「そもそも、超能力などと聞くと大それたものに捉えがちだが、例えば僕の予知能力なんて別に君たちにも備わっているものなんだよ。大きいか小さいかだけの違いで、誰だってなんとなく先が予想出来ることってあるだろう?」

 

 僕は迷子のような表情のままゆっくり相槌を打った。


「うん。言い方を変えようか。君は足が速い人を超能力者だと思うかい?」

「いえ、思いません」

「そうだろう。じゃあ暗算が速い人は?」
 僕は小さく2度頷いてみせた。


「そういう事なんだ。超能力も長所の一つだと考えれば分かりやすい。人それぞれの長所があるのに超能力だけが別と言うのは道理が通らないだろ?」

「いや、それとこれとはちょっと」


「じゃあ君は加奈子ちゃんが何故可愛いのか、何故可愛く生まれてきたかの理由が分かるかい?そう、理由なんてないんだ。ただ生まれつき可愛いだけなんだ。そう考えると、この子が時間を止めれるのも納得出来ないだろうか?そのこと自体に理由なんてないんだ。ただ生まれつき時間が止めれるだけなんだ」


 僕はうんともすんとも言わず、そのままの表情を送った。

 

「ちなみにさっきも少し触れたけど、超能力と言うのは基本的には誰にでも備わっていると私は考える。加奈子ちゃんの場合は先天性のものだが、陸上や暗算のように才能を後から育てる事は可能なんだ。そこにいる女の子たちみたいにね」


「じゃあ、つまり僕にも超能力が使えるかもって事ですか?」

「まぁ端的に言うとそういう事だね。君の能力が何なのかは分からないけど、まずは信じる事から始めないといけない」

「信じる、とは?」


「そうだな、例えば小さな子供が幽霊を見たり、神隠しにあったりするだろ。あれはテレポーテーションの一種なんだ。そういう事が出来るのも子供は疑う事無く信じることが出来るからだ。ピーターパンもそう言っていただろう?子供っていうのは盲目的に信じることが出来る。大人になるとそれが中々難しいものなんだ。疑えば何も始まらない、信じても何も始まらないかもしれないけどね」


 その後、柏木さんと加奈子と3人でいろいろ話をした。

 僕が超能力の存在を受け入れられたのかどうかは正直よく分からない。
 でも、加奈子との間にあった見えない壁は無くなったように感じた。


 僕は家に帰った後、柏木さんの言葉を思い返し口にしていた。

「疑えば何も始まらない 信じても何も始まらないかもしれない」


「それでも信じる事から始めよう」

 僕はそう付け加え、心を決めた。


 僕は加奈子にプロポーズをした。

 加奈子は僕の一番好きな笑顔で応えてくれた。加奈子は照れながら少し時間を止めてしまったと白状した。


 その帰り道、僕は少しだけ空を飛んだ。 


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