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高尾山ノスタルジア No.2:一ノ鳥居

江戸時代後期の万延元年(1860年)以降に書かれたとされる地誌『八王子名勝志』は、いまでいう旅行ガイドブックです。国立国会図書館に収蔵されているものは一巻から四巻まであり、高尾山周辺に関しては、三巻にその詳述があります。

この『八王子名勝志』、箇所箇所に挿絵があります。当時の高尾山の様子を伺うことができる、貴重な資料です。

資料①:『八王子名勝志』から、現在の高尾山登山口(ケーブルカー清滝駅前)の当時の様子。一ノ鳥居が建つのが、現在の1号路起点。その右手前に不動院。左のページには清滝が描かれている。滝の手前には小さな橋がかかり、せせらぎがうねるように奥から手前方向そして右手に流れている。道路が舗装されたり橋がコンクリートになったり設置物が増えたりしているが、滝やせせらぎそして地面の高低差など、基本的な景色は現在も変わらない。この構図の左奥の方に、現在高尾山ケーブルカー清滝駅がある。(注1)
現在の1号路起点。向かって右に不動院が見える。『八王子名勝志』の挿絵の位置関係では、不動院の先に一ノ鳥居が描かれていることから、この坂を上がって不動院を過ぎた位置にあったのか。
現在の不動院。建て替えられ規模も拡張されている。

同誌の挿絵に、当時の高尾山登山口の様子が描かれています(資料①)。まず目につくのは、鳥居があることです。高尾山薬王院は神社ではなく寺院ですので、参道の入り口に鳥居があるのは本来おかしい。しかるに、そもそも日本は長らく神道と仏教信仰を調和融合する神仏習合をならわしとしてきたことから、そこはむしろ違和感のない光景なのでしょう。

資料②(注1)

この鳥居は「一ノ鳥居」と称され、現在、高尾山ケーブルカーの山麓駅(清滝駅)前の広場、清滝に向かって右手の、1号路起点の上り坂が始まるところに鎮座していたものと思われます。『八王子名勝志』にはこの一ノ鳥居の解説があり(資料②)、「一鳥居いちのとりゐ 白川矦の筆にて額に髙尾山とあり」とあります。「白川矦」はすなわち、江戸幕府老中首座松平定信公のことでしょうか。本当でしょうか。

現在の高尾山ケーブルカー山麓駅(清滝駅)前の広場。向かって右に清滝がある。
清滝。いにしえは水量豊かであったとのことだが、現在はとぼしい。だが、聖地としていまも大切に守られている(1月下旬撮影)。

この一ノ鳥居、明治維新の神仏分離令による廃仏毀釈の大混乱のなかで、薬王院が仏教寺院としての存続を選択した折にバラバラに解体され川に投げ捨てられた旨、NHKブラタモリで解説していました。その際、薬王院の伽藍にあった他の鳥居も全て取り壊されたそうですが、現在、薬王院境内の御本社前には立派な鳥居が立っています。これについては、明治初期の混乱が収まり、その後昭和初期にはこの位置に鳥居が復活していたことが、高尾山山頂で今でも営業しているお蕎麦屋さん、曙亭が発行した「多摩御陵参拝 高尾山登山 便利案内圗」の絵図(資料③)でも確認できます。

資料③:曙亭が発行した「多摩御陵参拝 高尾山登山 便利案内圗」のうちの一枚。体裁や情報から、昭和初期のころのものと考えられる。「飯綱権現」、現在の御本社前には鳥居が描かれている。(注2)

『八王子名勝志』の挿絵に戻ります。一ノ鳥居に向かって右側に、不動院が描かれています。いまも同じ位置にあります。現在の建物は1988年に建て替えられたものでかなり立派ですが、挿絵に描かれているのは、茅葺き屋根のこじんまりとした質素な建物。外山徹「高尾山歴史の散歩道」によれば(*1)、江戸期には四つあった薬王院の塔頭のひとつで、現在は薬王院の別院とのよし。

そして、一ノ鳥居に向かって左に、清滝があります。挿絵では清滝の前に小さな橋がかかり、その先鎮座する天神様をまわる形でせせらぎが描かれています。この清滝、様々な資料に基づくと人の手によって水が引かれ掘削された滝である可能性が高いとのことで、周辺の地形や地勢を観察すると、確かに、そこに滝が生ずるのは不自然です(そう言われたから先入観があるのかも知れませんが)。挿絵では水量豊富ですが現在はとぼしく、時に全く水が流れていないこともあり、少なくとも滝行には向きません。かつての水量があったとしても、現在ここは高尾山ケーブルカーの駅前広場が整備され、傍には商店がならび、高尾山でもっとも人の賑わいがあるところ。こんなところで滝行をする猛者はいないでしょう。


(*1) 外山徹、「高尾山歴史の散歩道」、大本山高尾山薬王院、2021、P.43

(注1)
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参考資料:文化庁 著作物等の保護期間の延長に関するQ&A

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