アートを通した学びの場:precogのつくるワークショップ
「自由にやってごらん。どんな音がするかな?」「これどう?半透明になってる?」「作者はこういうことを伝えたいのかも?」precogが開催するワークショップは、いつも創造的なチャレンジや新たな視点の発見を生み出しています。
私たちは、2019年に教育プログラムの開発企画「コネリング・スタディ」を始動した頃から、鑑賞体験を豊かにするための取り組みを「ラーニング事業」という会社の中のひとつの柱として位置付け、本格的な取組みを加速させてきました。それは「THEATRE for ALLラーニング」でのプログラム開発や、学校や美術館、劇場、地域など様々な施設や団体と連携した多数のワークショップへと拡張しています。
2019年からの約3年間で、37種類のワークショップを開催。参加者の数は延べ620名にも上ります。
precogのラーニング事業に立ち上げ時から携わってきた栗田結夏への取材とこれまでの記録を元に、わたしたちのつくるワークショップデザインをご紹介します。
precogが企画するワークショップの特徴
わたしたちが企画するワークショップにはいくつかの特徴があります。
1. アートを通じて「学ぶ」ことをデザイン
アートを通じて、様々な角度から豊かな視点や気づき・発見と出会う学びの場となることを前提に、参加者が触発され、何らかのアクションにつながるよう、一つ一つのプログラムを計画的にデザインしています。
2. アーティストとともに実験的なワークショップを多数開発
演劇、ダンス、音楽、工作、詩、彫刻、写真、映像など、さまざまな表現に触れ、アーティストやファシリテーターと一緒に作品やテーマについて考え、感じる力や表現する力を刺激するプログラムを企画しています。
3. 子供や障害当事者など多様な参加者
障害・世代・職業など多様な立場の芸術鑑賞者が混ざりあい、参加者が新たな視点を得る場づくりを大切にしています。障害をもつ方々が参加するワークショップも多数実施しています。
ワークショップ開発はどのようにして行うの?
これら3つの大事にしていることを前提に、どのようにワークショップをデザインしていくのでしょうか。
わたしたちは依頼内容や条件をもとに、「今回のワークショップは子供たちに演出家になってもらうことを軸にしよう」「今回の対話は言葉と映像を軸にしよう」といったテーマの軸を構想することからはじめます。
アーティストと一緒に作るワークショップの場合は、アーティストのこれまでの作品や創作の手法をヒントにしたり、アーティスト自身が最近関心を持っていることや、挑戦したいと思っていることなど、自由な発想を大切にしながら企画を進めていきます。
この時大事になってくるのが、どのような「学び」を対象の人たちに持ち帰ってもらえるか、学びの指標を設定するということ。どんな学びを生み出せるか、どんな普段とは異なる体験をつくり出せるかということを考え、全体の構成と同時進行で学びのゴールも設定していきます。
アイデアが具体的になってくれば、タイムテーブルを考え、進行台本を作成し、それをどのような言葉で伝えるか考えます。参加者に伝わる言い回しや、アーティストの性質に合わせた表現など、細かなところまでデザインしていきます。
アーティストとの協働には、舞台芸術の制作会社として培ったprecogならではのノウハウも活かされています。舞台芸術の制作を多く手がけてきたからこそ、第一線で活躍するアーティストと協働し、アーティストの創造性や作品意図に沿いながらも、最大限に学びを持ち帰ってもらうワークショップが実現可能となります。
混じり交わり学べる場
これまでに企画・実施してきたワークショップの中からいくつかの特徴あるプログラムを、学びのポイントや参加者からのコメントを交えてご紹介していきます。
詳しいワークショップの様子や、そこで得た知見の数々は、関連note記事でご紹介しているので、ぜひご覧ください。
子供を対象としたワークショップ
演劇カンパニー・チェルフィッチュやパフォーマー・Aokid、範宙遊泳・山本卓卓氏、音楽家・田中馨氏など、各界で活躍する第一線のアーティストと子供たちが互いに触発しあうワークショップを開発しています。
お手本通りにならなくっていい。別の遊びをしちゃってもいい。あまりしゃべらない子がいても大丈夫。「遊び」をデザインし、アーティストも一緒になって「遊ぶ」という姿勢をもつことで、子供たちひとりひとりの関心を広げ「学び」に繋げることができ、意外なことに触発されたり、思いも寄らないアクションに繋がったりということが起こります。ワークショップ後も「家でずっと取り組んでいます」といった感想が寄せられることも少なくありません。
・Aokid『地球自由〜!』
Aokidの上演を鑑賞して刺激を受け、Aokidのパフォーマンスを真似してみるプログラム。アーティストの創造性や表現力を、子ども自身の頭や身体を通して感じてもらいます。(対象:3〜9歳)
感想「試してみることでなんでもダンスや表現の芽になることをポジティブに体感できました。」「自由な雰囲気で楽しめました。」「ダンスはあまり好きじゃない息子が「また来たい!」と楽しんでいました。」
・チェルフィッチュといっしょに半透明になってみよう
演劇カンパニー・チェルフィッチュ出演俳優と演劇メソッド「半透明になる」ことに挑戦するプログラム。モノとにんげんの関係性を考えて表現を探ることで、クリエイティブな発想を生みながら、自分本位ではない価値観を想像できるようになることを学びます。(対象: 8歳〜)
感想「日常生活では困ることも多い子供の自由奔放さが生きる場があるのが嬉しかったです。」「即興で子供が工夫しているのが面白かった。」
・「ボクの穴、彼の穴。」姿の見えないひとを音で感じるワークショップ
音楽家・田中馨氏と、映像作品を題材に、誰だかわからない見えない人への想像力を膨らませ、音で表現するプログラム。チームで演奏することで相手の音を聞き一緒に表現することを学びます。(対象:小学1年生〜6年生)
感想「学校の音楽の時間ではできないことができたのでよかった。」「知らない子供同士で何か一つのものを作り上げるというプログラムはとても良いと思います。」
障害のある方を対象とした/交えたワークショップ
音楽家・和田永氏やダンサー・湯浅永麻氏とのワークショップ、対話型鑑賞の専門団体・視覚障害者とつくる美術鑑賞ワークショップとの「ミるミる見るツアー 〜映像を聴いて、語るワークショップ〜」、NPO法人 おとな哲学こども哲学アーダコーダとつくる「てつがくタイム~モヤモヤを楽しむ対話の場~」など。
precogが実施するワークショップには、発達障害・視覚障害・聴覚障害・肢体不自由など多様な障害をもつ方々が多数参加されています。
わたしたちは、見える見えない、聞こえる聞こえないに関わらず、アートを題材に参加者それぞれが個人としてフラットに対話する場を創造しています。普段は交流の少ない視覚障害者と聴覚障害者といった異なる種類の障害当事者同士が交流する場ともなっており、多様な人が混ざりあうからこそ得られる学びや気づきも生まれています。
・エレクトロニコス・ファンタスティコス! オンラインWS「電磁な耳の開き方」
アーティスト・ミュージシャン和田永氏による、普段はきこえない電気信号や電波を家にある道具を使って音で聞くプログラム。「何を音として聴いてみたいか」想像を膨らませ、他者と意見交換したり、和田永氏の作品に触れて原理を学ぶことで、つくることへの意欲を呼び起こします。(対象:視覚障害者)
感想「普段生活している中で、触れられないものに触れられた感じがしました。」
・湯浅永麻 障害当事者とアーティストが共に語り合う、感想シェアとダンスワークショップ
様々な障害当事者とひとつの作品について話し合うプログラム。音声ガイドや鑑賞サポートのあり方についてアーティストと共に考え、また身体表現のイメージを共有することで、鑑賞体験の想像力を高めます。(対象:障害当事者)
感想「視野の広がり。感想会も含めて1つの作品といっていいかもしれないと感じました。」「感想シェア会の最後の数分で、湯浅さんのレッスンを受ける機会があり、よりよく感じて踊るために視覚がじゃまになる、という経験は新鮮だった。」
・ミるミる見るツアー 〜映像を聴いて、語るワークショップ〜
目の見えるひと、見えないひとが一緒に映像を見て、聞いて、語りあうプログラム。障害や年齢などさまざまな参加者と、映像や言葉に関する個人的でユニークな見方を共有することで、多様で寛容な視点が参加者のなかに生まれていきます。(対象:高校生以上)
感想「初対面の方々とこんなに話せるとは思っておらず、凄く楽しい時間を過ごせた。また、障害をもつ方々とお話するという経験を得られたのは凄く大きなことだと思いました。」「普段の生活への見方が変わりました。自分は聴覚障害者ですが、時々最寄駅に視覚障害者の方がいるので、まわりの環境を伺い、自分がその場でするべき行動をしたいと思いました。」
学びの深さはファシリテーションで変わる
これらのワークショップ当日は、ファシリテーターが、事前に用意した進行台本に沿って、時に補足を入れたりしながらゴールへの案内人として進行していきます。
ファシリテーターの案内により、参加者も学びのポイントから迷子にならず安心してワークに参加することができます。またファシリテーターが参加者の言葉を尊重しながらも、意図的に反対の意見や疑問を投げかけたりすることで議論が深まるといったことも。
precogではファシリテーションの大切さに着目し、ファシリテータースクールも定期的に開講。「正解のない問いをめぐって、さまざまな人が安心して対話・創作に参加できる場をつくる技術」を実験しながら体得し、さまざまな人が参加する対話型ワークショップを企画運営できるファシリテーターを育てる取組みも行っています。
ファシリテータースクールへは2期合わせて92名のご応募があり、その中から選ばれた36名が約3ヶ月の実践プログラムを受講。さまざまな人が参加するインクルーシブな場をどのように実現し、そこでの対話をどうファシリテーションするか、必要となる心構えや知見を身につけました。受講生による9本のワークショップが生み出される成果へと繋がりました。
今後の展開
コネリング・スタディやTHEATRE for ALLラーニングでのプログラム以外にも、森美術館や刈谷市総合文化センター アイリス、代官山ティーンズクリエイティブや渋谷区のコミュニティスペース・景丘の家などとのコラボレーションも行ってきました。
これからは、全国の企業や行政機関、教育機関、福祉施設、美術館や劇場、アーティスト・イン・レジデンスとの取り組みなど、他社とのコラボレーションにもより一層取り組み、アートや多様性のある交流の場を外に開き、学びの場を創出していきたいと考えています。
今年8月下旬以降3つのワークショップ開催を予定しています。precog公式ウェブサイトやTHEATRE for ALL参加するページ、SNSからの情報をお楽しみに!
おわりに
precog代表の中村茜は、「コネリング・スタディ最終報告冊子」の結びで、職能としての「ワークショップデザイナー」や「ファシリテーター」の重要性に触れ、これらの専門家が活躍する未来について述べています。
また、今回取材した栗田は「欧米にはシアター・イン・エデュケーションと言って、舞台芸術を通した学びを生み出す専門家が活躍しているんですよ」と教えてくれました。
precogは舞台芸術界隈でワークショップ開発を行う数少ない会社としての専門性を伸ばしながら、アートを通じて学びを生み出すワークショップを開発するとともに、ワークショップデザイナーやファシリテーター、さらにはアートを通じた教育普及の担い手が活躍する未来にむけて取り組んでいきます。
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