見出し画像

モノがヒトを「当たり前」から開放する:「チェルフィッチュといっしょに半透明になってみよう」レポート

モノと演技はできるのか?——簡単ではないが興味深い問いをテーマにしたワークショップが、2021年1月23日(土)オンラインにて行なわれた。「(モノと演技をするために)“半透明”になってみよう」というコンセプトが掲げられた当ワークショップを主宰したのは、舞台芸術を”教材”ととらえた学びのプログラムの開発プロジェクトである「コネリング・スタディ」の中村茜さんと臼井隆志さん。進行するのは、日本の演劇ユニットである「チェルフィッチュ」の出演俳優。

チェルフィッチュはこれまでも、『消しゴム山』『消しゴム森』『消しゴム畑』という名を冠した演劇を劇場や美術館、オンラインで披露し、人とモノの関係性にたいする可能性を探ってきた。

今回のワークショップはオンラインで皆でひとつの作品をつくる、という試みのもと、午前の部と午後の部に分かれて開催された。午前の部は子供たち、午後の部は主に大人たちの参加となった。手話通訳も入っており、聴覚障害者へのバリアフリー対応がなされている。

タイムテーブル:
イントロ|ごあいさつ・簡単なゲーム(60分)
ワークショップ(1)|半透明になってみよう!(60分)
ワークショップ(2)|作品をつくってみよう!(30分)

・イントロ+ワークショップ(1)|普段とは違う関係性をモノと築いてみる

スクリーンショット 2021-02-12 11.08.31

「イヤだと思うことはしなくていいです。わからないことがあったら話を中断してもいいので、いつでも聞いてください」。ワークショップのファシリテーターでありチェルフィッチュのメンバーのリオンさんが、優しく語りかける。ワークショップは、皆の安全・安心を確保した上で始まった。

画像4

まずは、どうやったらモノと演技ができるのかを皆で考えてみる。「今からモノのことを『モノさん』と呼びますね」。
進行役であるリオンさんが使うひとつひとつの言葉が、子供たちに浸透していく様子がうかがえた。そもそも普段モノって演技をしているのだろうか?映画やドラマで映っているモノは、人間の演技をサポートしてくれてはいるが、演技はしていないだろう。ならば反対に、私たちがモノをサポートする立場に回ればどうだろう。ということで、家のなかにあるモノたちを召喚する作業でワークショップは始まってゆく。丸いモノ、四角いモノ、穴の開いたモノ……。リオンさんの指示に従い、皆がそれに応じたモノを持ってくる。日常に溶け込んだモノたちを非日常空間に引っ張り出してスポットライトを当て、じっくりと向き合ってみる時間だ。

スクリーンショット 2021-02-12 11.10.10

モノが集まったら次は、モノ自体にはなれるのかを考えてみる。一緒に参加しているチェルフィッチュのメンバーが、選んだアイテムを顔に乗せたり手に持ったりして試みるが、どうやらモノそれ自体になるのは難しそうだ。人間が別の人間にはなれないように、同一化は不可能なのである。だが、人間の世界と同じように“関係する”と考えてみてはどうだろう。モノのポイントをピックアップしてサポートをしていく……。すると、私たちはモノ自体ではないが、人間ともまた違う何かになっているのではないか。チェルフィッチュは、例えば、この状態を“半透明”と呼ぶ。モノたちと普段の関わり方ではないそれをすることにより、私たちがモノに、モノが私たちに、寄り添い始めるのである。

こうしてワークショップは、どうすれば自分が選んだモノに焦点が合うのかを考える段階に移る。ふたつのチームに分かれて、それぞれがモノとの関係の仕方をブレストする時間だ。私たちが空間に対しての立ち居振る舞いを工夫することで、モノを引き立たせていく。モノが主役になるようなポーズを皆で話し合って決めていく作業が行なわれた。

・ワークショップ(2)|自己の感覚が解放され、表現にエンジンがかかる

画像4

30分のブレストの後は、いよいよ作品を皆でつくっていく。リオンさんの合図で『消しゴム畑』が始まったら1分間、日常を過ごすのがルールだ。1分後、ひとりがポーズを取ると、それをきっかけとして皆がどんどんポーズを取っていく。これを10分間続けたら、作品の完成だ。午前の部では参加者の子供のひとりが気泡シートで顔を覆うところからスタート。
マスキングテープを貼った手を空中に泳がせたり、貯金箱の蓋の穴から舌を出したり。飛行機の模型を持ち出した子を見て、バランスボールの上で飛行機のポーズを取る子が現れたり。大人たちがし得る発想のはるか斜め上を行くポーズや、参加者同士のコラボレーションも多く生まれていた。

10分間が終わると、皆で撮影した作品を見返す。午前の部でも午後の部でも、参加者同士が作用しあって、どんどん表現の加速していく様子が見て取れた。音はないが、とても面白い作品に仕上がっている。「子供は軸足が遊びにあるから、思いついてからやるまでがはやい。いちど考えることをせず表現する」と振り返るチェルフィッチュのメンバー。まさにその通りで、子供の動きのころころと変わる様子が、作品に躍動感を与えていた。

感想交換の時間が設けられ、ワークショップは幕を閉じた。「日常生活では困ることも多い子供の自由奔放さが生きる場があるのが嬉しかった」「即興で子供が工夫しているのが面白かった」「自分が言ったことに人が反応してくれているのが楽しそうだった」という親御さんや、「モノになってしまいそうだった」なんていう感性の感じられる子供まで。様々な感想が飛び交った。

・事後アンケート|尺度の拡張と演劇的創造性の発見

チェルフィッチュのメンバーがこのワークショップを通じて参加者に期待していたのは、自身が日常で用いている尺度が拡張されるような経験、そして自分のなかの演劇的創造性の発見だった。ワークショップ後に取ったアンケートでは、その期待にたいするアンサーになるような深堀りした感想が届いた。

「物に対する見方や触れ方は変わったと思う。深く考えずにやったことの方が面白かったりして、日常の合理的な考え方から少し離れられたのが嬉しかった。演劇のワークショップにあまり参加したことがないのだが、こういう形ならやりやすいかもしれない。演技する、などだとやや身構えてしまうが、今回は物に引っ張られて表現が引き出された。コラボが特に楽しかった」

「物と人との関係が曖昧になるのは面白いな、と思った。案外線引きは曖昧なのかもしれない。緊張感はあるものの、不思議な開放感があった。周囲の人や出来事をモノに例えたりすると、自分から切り離して考えられそう。新しいアンガーマネジメント、身近な問題解決のきっかけになりそう」

『消しゴム畑』はその名にある通り、本来あった規範や基準が“消えて”、別のなにかに移っていく感覚を大切にしているとリオンさんは語る。今回のワークショップでは特に子供たちが、軽やかに日常の当たり前を超えていく様子が印象的だった。もちろん大人たちも、モノのルールに縛られ最初は思考重視でやっていたのが、どんどん自己を開放し感覚を優先するようになっていたように見えた。

『消しゴム山』の東京公演が2月に控えている。しかも、子ども連れや劇場に慣れていない方の来やすいマナーハードル低めの回を設けているという。また、TfAでも『消しゴム山』『消しゴム森』の配信がされる。演劇というと「わかる人」だけが観るイメージもあるが、実際の壁は全く高くない。ワークショップを通じて、演劇は自分の延長線上にあることを実感した人も多いのではないだろうか。今回のワークショップに参加した人もそうでない人も、チェルフィッチュが実際にモノと演技をしている様子を鑑賞することで、自分にどんな化学反応が起こるのか、試してみるといいだろう。


実施概要
タイトル:チェルフィッチュと一緒に半透明になってみよう
開催日 : 2021年1月23日(土)
時間 : 午前の部 10:00~12:30/午後の部 14:00~16:30
対象: 午前の部 8歳〜16歳/午後の部 8歳〜無制限
参加人数 : 10組程度
参加費 : 1組 1,000円
バリアフリー対応:手話通訳(文字支援なし)


コネリング・スタディとは ▶︎ https://precog-jp.net/works/conneling-study/
チェルフィッチュHP ▶︎ https://chelfitsch.net/
『消しゴム山』特設ページ ▶︎ https://www.keshigomu.online/

■ この記事は、令和2年度戦略的芸術文化創造推進事業『文化芸術収益力強化事業』バリアフリー型の動画配信事業によって制作されました。

画像5


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?