日本イーライリリーとの対話から考えるSDGs活動の「答え合わせ」をする意義。
今回も前回に続き「PRアワードグランプリ2021」でシルバーを受賞した日本イーライリリーの「みえない多様性PROJECT」をご紹介します。前編でお話を伺った日本イーライリリーの山縣実句さんとプラップジャパン井出晃二さんのお二人に加えて、本プロジェクトに携わってきたチームメンバーも参加して、プロジェクトのこれまでを振り返っていただきました。
＜対談メンバー紹介＞
■山縣 実句さん（日本イーライリリー コーポレート・アフェアーズ本部 広報・CSR・アドボカシー）
1999年、新卒でテレビ番組制作会社に入社。テレビカメラマン、放送局への営業を経験し、2002年に製薬企業である日本イーライリリー株式会社へ転職。営業（MR）、営業人財開発、人事、マーケティングを経験。マーケティングにおいては、精神疾患や発達障害などに関連する複数の治療薬に携わり、医療従事者や患者さんに向けた企画立案～実行、疾患啓発プロジェクトにも従事するなどし、2019年より現職。経営学修士（MBA）。
■プラップジャパンチームメンバー
・井出 晃二さん
2007年プラップジャパン新卒入社。製薬、食品、小売、商業施設、人材ビジネスなど様々な業界のPRを担当。ヘルスケア分野では、企業広報から製品・啓発領域まで幅広く広報活動に携わり、多様なテーマにおける啓発活動・コミュニケーションを支援している。
・持冨 弘士郎さん
2010年プラップジャパン新卒入社。2017年より戦略プランニング専門の部署に籍を移し、PR視点のクリエイティブ開発やプロジェクト立案など、幅広いコミュニケーション施策を企画・ディレクションしている。プロボノワークとしてSCD/MSAという難病の認知向上を目的とした活動「#酔っぱらいではありませんプロジェクト」を運営中。
・北川 莉夏さん
2017年プラップジャパン新卒入社。製薬、自動車、通信、コンサルファーム、エンタメなどの業界のPRに幅広く関わるほか、戦略立案を行うプランナーとしても活動中。片頭痛歴十数年。
・根本 実夢さん
2019年プラップジャパン新卒入社。外資系製薬企業や医療機器メーカーなど多くのヘルスケアカンパニーを担当。慢性疾患の啓発活動や、新規治療選択肢の認知向上などに携わり、幅広い媒体とのリレーションを持つ。
＜みえない多様性PROJECTとは＞
「みえない多様性PROJECT」は、周囲から見えづらい健康課題の解決に向けて2020年に立ち上がった取り組みです。数ある健康課題の中でも、片頭痛や腰痛、生理痛のように周囲に理解されづらく、痛みや不調を我慢しながら働きがちな疾患に着目し、こうしたみえない健康課題を抱える当事者と周囲がともに働きやすい職場づくりを目指しています。
日本イーライリリーが旗振り役となり、複数の企業、自治体、医療従事者、健康経営の専門家が参画する本プロジェクト。プラップジャパンではプロジェクトのコンセプト開発をはじめ、「みえない多様性」の当事者と周囲の相互理解を促進するカードゲームの企画や、ワークショップを中心とした一連の活動のPRをサポートしています。
——前編では、ステークホルダーとの対話を重ねながらプロジェクトを育ててきたとお聞きしましたが、「みえない多様性」の概念を広めるうえで、メディアも重要なステークホルダーになりますよね。
山縣：プロジェクト立ち上げ当初は、片頭痛や腰痛、生理痛をはじめとした健康課題が職場や組織に存在していることが、まだあまり知られていなかったように思います。それは記者の方も同様で、健康課題に対する理解や関心が異なるなかでどんな風に説明すればこのプロジェクトの意義を理解いただけるのか、プラップのみなさんと何度も話し合いました。
根本：すべての記者さんにスムーズにご理解いただけたわけではなかったというのが正直なところです。「みえない多様性」という言葉は時代を捉えたキャッチーな言葉である反面、具体的にどんな問題を指しているのかイメージできないと言われることも少なくありませんでした。
ただ記者の方お一人おひとりとお話していくなかでわかったのは、なぜこのプロジェクトを立ち上げようと思ったのか、その背景部分を丁寧に伝えることで理解が得られるということです。いま現在表立って取り組んでいること以前に、現在に至るまでの活動で起きていた出来事やストーリーを共有することが大事なんだなと気がつきました。
——プロセスエコノミーにもつながる考えですね。みえない部分を見せていく・伝えていくというのは、このプロジェクト名にも通ずるところがあります。
根本：確かにそうですね。特に覚えているのは、プロジェクトの発足時に実施したメディアセミナーでのフィードバックです。
その場で「みえない多様性」の理解を促進するツール冊子とカードゲームをお披露目したのですが、とある記者の方から「よい取り組みとは思うけれど、誰がどうやって使うのかいまいち想像できない」とコメントをいただいたんです。
山縣：それを受けて「カードゲームを使った社内ワークショップに、記者さんにも参加してもらいませんか」と根本さんが提案してくださったんですよね。
根本：前編で山縣さんと井出さんからもお話がありましたが、このプロジェクトでは、ヘンズツウ部のメンバーや参画企業のみなさまが集まって、カードゲームを通じて「みえない多様性」を気軽に語り合うワークショップを開催しているんです。
これはもともと関係者内の理解を深めることを目的にクローズドで開催していたものだったんですが、実際にツールを使用しているシーンと、ワークショップのワイワイした雰囲気を体験いただけたら、具体的なイメージを掴んでもらえるだけでなく、記者の方にもプロジェクトに深く賛同してもらえるはずだという自信があって、山縣さんにご相談しました。
山縣：多くの記者さんを集めてプロジェクトの発表をおこなって終わりではなく、その後の小さなプロセスも取材機会としてオープンにすることで、本当の意味で共感してくださる方が増えていくのだと私自身も気づきがありました。
1回のワークショップに参加いただける記者さんの数は決して多くはありませんが、参加後にお寄せくださる感想の熱量は、通常のメディアセミナーでは得られないものがあるんですよね。結果的に記事にもしていただけているので、本当に感謝しています。
根本：ワークショップを取材してくださった記者さんの記事って、「こんな風に取り上げてもらえたらいいな」と私たちが思い描いていたような理想的な内容ばかりなんです。
プロジェクトが向いている方向と同じ方向を向いて書いてくださっているように思えましたし、実態や中身をきちんと知っていただくことで、共感していただけるんだなと励みになりました。
——確かに事前に拝見した報道はどれも、みんなに「みえない多様性」を知ってほしい、という書き手の使命感を感じる内容でした。
根本：私自身もいち個人として「みえない多様性」を知ってもらうことに強い意義を感じています。だからこそ、メディアの方にお話するときは、単に事実を淡々と並べるような説明の仕方ではなく、自分の感情も込めながらお伝えすることができている気がしています。
井出：メディアリレーションのなかで、ご家族に片頭痛当事者がいらっしゃる記者さんに出会ったこともありました。その方は僕たちの話を聞いて、ご家族が「みえない多様性」を持っていることやその辛さに初めて気づいたとおっしゃってくれたんです。「みえない多様性」が身近に存在することを、記者さん自身が実感してくださったことで、私自身もこの活動の意義を再確認しました。
——メディア側にも自分ゴト化してもらえたというわけですね。私も「みえない多様性」に気づいていない一人でしたが、プロジェクトのステートメントを読んで、周りの同僚のことを想像しました。
井出：そう言ってもらえてとても嬉しいです。実はあのステートメントも、メンバー全員が納得できるものになるように、完成までに何度も議論を重ねていて。
持冨：概念としてはメンバー同士である程度の共通理解があったんですが、それをいざ言葉に落とし込もうとすると、限られた文字数の中で言語化することがとても難しいテーマだったんですよね。
山縣：想像していたよりもずっと大変な作業でしたし、おそらく予定の3倍以上は時間がかかったと思います。ただ、先ほど言っていただいたように「みえない多様性」に気づいていない人にも、気づきを与えられる文章が必要と強く感じていたので、完成を急ぎすぎて、不十分な議論で固めたくないという気持ちもありました。
——具体的にどのような議論があったのでしょうか？
北川：「みえない多様性を抱える当事者の方はそこまで大げさに心配されたくないし、ましてや被害者のように扱われたくない」というインサイトを山縣さんが繰り返しおっしゃっていたのが印象に残っています。
というのも、実は私も片頭痛持ちなんです。みえない多様性を抱える当事者として、このインサイトにはとても共感しましたし、そことのギャップが生じてしまっていないかを何度も検証しました。
山縣：まさにこのインサイトはヘンズツウ部の活動を通じて私自身が深く体感したことなんですよね。ここを正しく捉えられないことには、プロジェクトの目指す姿が正しく伝わらないと考えていました。
北川：知らず知らずのうちに当事者が我慢しているという問題に光をあてつつも、その問題を誰かのせいにはしない。周囲が悪いわけではないし、ましてや当事者自身が悪いわけでもない。
少しでも文章のバランスが崩れると、どちらか一方が悪者になってしまうようなニュアンスが生まれてしまうので、あくまでもフラットに問題に気づけるような表現に落とし込むところに苦労しました。
根本：私たちが言いたいのは「当事者と周囲がお互いを理解し合えたら、もっとよりよい職場になるかもしれないよね」ということなんですよね。我慢してきた当事者を責めたり、周囲の人が当事者の気持ちを理解できなかったことを非難するかのように、それぞれの過去を否定することだけは絶対にしたくないんです。
——特定の価値観や行動を押しつけない。寛容でやさしい視点ですね。
根本：そうですね。みえない多様性を抱える当事者に対して、「打ち明けなさい」と無理強いをするわけではなくて、当事者自身が「打ち明けてみてもいいかも」と思えるような環境づくりを手助けしたいという想いです。
北川：私自身もこのプロジェクトに関わる前までは、自分の健康や身体の不調に関心が低い人間だったんです。「今日はつらいけど、みんなもつらいだろうし、まぁいいか」と我慢するのが普通、とあきらめていることが多かった。けれど、山縣さんやチームのみんなと過ごすなかで考えが変わってきて、不調のときは自分から言い出せるようになったんです。これは自分でも驚くくらい、大きな変化でした。
持冨：病気や体調に関わる話って自分から口に出すのをどうしても遠慮しちゃいますよね。相手が不快に思うんじゃないかとか、変に気を使わせてしまうんじゃないかとか。
ただ、実は意外とみんな似たようなことで悩んでいたりする。互いを思いやれる関係でさえあれば、周囲に言ってみてもいいんじゃないかと、僕も考え方が変わりましたね。
山縣：先ほど話にあがったステートメントに「話したところで、わかってもらえないかもしれない」とあるように、「誰かの背中を押すきっかけや勇気」が周りにないこともあるかもしれないけれど、お互いが気軽に自己開示できると、「みんなそんな感じなんだ」とわかり合えて一気にホッとするんですよね。
——健康課題は働く誰もに共通する話題だからこそ、重く捉え過ぎず、気軽に話し合ってもいいものなんだなと、みなさんのお話を聞いていて思いました。
このように受け手の態度変容につながる取り組みであるところが「PRアワード グランプリ」でも評価されたように思うのですが、アワードを受賞したことで何か変化はありましたでしょうか？
山縣：受賞できたことはもちろんありがたいのですが、その前の応募の段階で自分たちの活動を客観的に考え直すきっかけになり、活動の価値をどこに置くべきなのかがクリアになったなと思っています。活動を進めていると、どうしても目の前のことばかりで視野が狭くなってしまうので。
持冨：エントリーシートを作成する行為自体が有意義ですよね。加えて、エントリー時にとことん考え抜いたつもりにも関わらず、審査員の方からは自分たちが気づいていなかった部分を評価してもらえることもある。アワードは、これまで言語化できていなかった価値が言語化される貴重な機会だと思います。
山縣：そうですね。あとは自分たちが向かっている方向がやっぱり正しいとわかったというか、社会でも大切なことだと捉えていただけて、「答え合わせ」ができた気がしています。
——「答え合わせ」という表現、とても素敵ですね。
山縣：プロジェクトの報道を見た方から、「これからも継続してください」というコメントをいただいたり、当社をすでに退職した社員から「イーライリリーらしい取り組みだね」という声をもらったりと、多くの反響をいただいているんです。
さらにアワードをいただけたことで、社内外の色々な人と「答え合わせ」ができたし、応援もしていただけて本当に感謝しています。
井出：「PRアワードグランプリ」の審査会では、「D&Iの新たな視点として、意義ある活動」「これからの活動の広がりに期待している」といったお言葉もいただけて、チーム一同本当に励みになっています。これからも多くの人に応援されるプロジェクトで居られるようにみんなで頑張っていきたいですね。
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「片頭痛も含め、当事者でないと実感できないような疾患や健康課題が軽視されない世の中にしていきたい」というメンバーそれぞれの想いや熱量、使命感が記者の方々や参画企業をはじめとしたステークホルダー一人ひとりに伝播して、社会を動かす力となっていく。
プロジェクトに携わるメンバーは誰もが立場や考え方が異なるからこそ、お互いを尊重し納得いくまで対話を重ねてきたことで、多様な価値観に寄り添うプロジェクトとして大きく育てられているのだとうかがい知ることができました。
「PRアワードグランプリ2021」のシルバーに加え、「Work Story Award 2021」（大学生が選ぶWork Story賞）、 「リスボンPRアワード」（ショートリスト）、日本の人事部 「ＨＲアワード2021」（企業人事部門）、リクルート「GOOD ACTIONアワード」（受賞）など、様々なアワードで評価され、「答え合わせ」をしながら、活動を続けている本プロジェクト。
これからも、みえない健康課題を抱える当事者と周囲がともに働きやすい職場づくりがなおいっそう進んでいくことに、期待と応援をしています。
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