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母お手製チーズケーキの秘密

遠い記憶の母は、古びたオーブンでチーズケーキを焼いていた。
ただ甘いだけでなく、塩気とほのかな酸味が効いたチーズケーキを、私はたいそう気に入っていた。

味の秘訣は、まず土台のビスケット。
何の変哲もないただのビスケットを袋の中で砕き、有塩バターを混ぜてケーキ型の底面に敷き詰める。
ザクザクとした歯触りで、塩気も絶妙に効いた土台がケーキ全体のバランスを絶妙に調整する。

さらに欠かせないのは、スーパーに必ず並んでいる、青色パックの500g入りヨーグルト。
(尤も、昨今は450gに容量が減っているとの噂だが。)
ざるにキッチンペーパーを敷き詰め、ここにヨーグルトを丸ごと放り込み一晩冷蔵庫で放置。
超・手抜きの水切りヨーグルトを、クリームチーズ一箱と練り混ぜる。
よく見るレシピではサワークリームで酸味を足すのだが、水切りヨーグルトを使うことでより爽やかな味わいになる。


いま思えば、あのチーズケーキは、彼女なりの戦いから生まれた名品だった。
ビスケットを綿棒でガンガンと砕く土台作りは、彼女の数少ないストレス解消法だったのだろう。
製菓の王道・無塩バターやサワークリームを使わなかったのも、これらが当時の我が家にとっては高級品だったからだ。
水切りヨーグルトなら、特売で98円。なんてお手頃。

多くの制約を課された中で見出した、本当にささやかな楽しみ。
理不尽な戦いを強いられ、耐え忍び、勝利した彼女の戦利品。
それがあのチーズケーキだ。
そして時を経て、私はその味を受け継ぐことになる。
でもそれはまた、別の話。


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