My Foolish Heart
「お待たせしました。」
マスターは2人分のビールを持ってきた。
「さて、何から話しましょうか・・・」
「とりあえず、結婚のチャンスがあったとは?」
「あぁ、それは私が26歳くらいの時に付き合ってた彼女がいたんですが
その子と漠然とですが、結婚を意識し始めていましてね。」
ビールのグラスを手に取り、
眺めながらどこか寂しそうにマスターは話し始めた。
「今になって夢はかなってしまったんですが、
その当時はここのようなバーを持つことが夢だったんです。
その夢に彼女は賛同してくれて、
お店だしたら2人で頑張ろうねと言ってくれていたんです。」
「夢がかなったってかっこいいですね。でも失礼ですが、店を一緒にはできなかった?」
「そうですね、ボタンの掛け違いというか、見解の相違というか、
彼女との大切な約束を守ることができなかったんです。」
「”大切な”約束?」
「おしゃれなホテルのレストランを予約していて、
そこでプロポーズしようとしていたんですけど、
その当日にライブに出てくれないかと言われまして。」
「...それでライブをとったと?」
「ええ、まぁ。
その時にご一緒したシンガーの方と共演してみたいというのが
兼ねてからの願いで
時間的にもライブ終わりからでもレストランには行けると思っていて
彼女にはライブが終わり次第行くね。とメールをしておいたんです。」
「それって、絶対レストランに行けないフラグが立ってますよね。」
「そうですよね。ちょっと、すみません。」
そういってマスターはポケットから煙草を取り出し、
火をつけ、
天井を見上げながら煙をふかした。
「今思えば、
なぜ連絡をメールでしたのか、
なぜ電話しなかったのか、
自分でもよくわからないのですが、
ご指摘の通り、ライブが盛り上がりすぎて
終演したのが夜の11時半くらいだったんですよね。」
「えっ」
「予定では10時前には終わる予定だったのですが
本当に気持ちのいいひと時で
お客さんのノリもよく、
ついついやり過ぎちゃったんですよね。」
「...で彼女さんのほうは?」
「彼女は仕事があったので
ライブには来ないで
レストランで待ち合わせをしていたのですが
彼女は
とっくに閉店したレストランの
入口の前で待っていてくれたんですよね。」
「普通だったら帰りますよね・・・」
「そうですね。でも、
ライブがあるときは時間通りには行けたためしがないので・・・」
「まぁ、そうですよね。」
「その日も、謝りもせず
ただただライブがとんなによかったかを
興奮しながら話したんですよね...
...実に一方的に。」
「すると一通り話し終わると、彼女が口を開きまして・・・」
またマスターは天を仰ぐ。
”あなたにとって、今日は大事な日だったんだろうけど
私にとっても大事な日だったんだよ?
いつも行くお店じゃなく、
あんなちゃんとしたレストランを
好きな人に予約されたら
馬鹿でも何があるのかわかるよ。
でもあなたは、遅れるって連絡はメールだけだし、
どれくらい遅れるのかも書いてないし、
私はただ待つことしかできなかったの。
横の席のカップルが楽しそうに話しているのを
一人で聞くのがどれだけ無様かわかる?
遅れてきて、謝りもなしに色々話されても
私は何も思わないし、
もうちょっとちゃんとしたほうがいいよ。”と。
「そう言い残して
彼女はそれ以降
僕の前に姿を現さなくなったんですよね。」
「なんですかそのドラマみたいな別れ方・・・」
「それ以降電話も、メールも繋がらないし、
恋の終わりは意外と静かなんですよね・・・」
そう言ってマスターはビールを喉に流し込んだ。
「だから、さっきの女性に自分と同じ過ちは犯してほしくないから
ああいうアドバイスをされたんですね。」
「ええ、ああすればよかったって思うことだらけですので・・・」
マスターはそっと窓の外を眺めながら、煙草をふかした。
外にはいつの間にか降り出した雨音が悲しく響いている。
テーブルの上には、
飲み終えたビールグラスと
灰皿には吸い殻が
なんとも切なく、
物寂しい雰囲気がバーの中を包んでいた。
何も言わず
マスターと同じように外を眺め、
煙草をふかした。
外には雨音だけが
ただ
響いている。
サポートいただけたらこれ以上嬉しいことはありません。 サポートは今後の執筆活動費として使用させていただきます。 僕のnoteが どこかで皆さんの役に立ちますように・・・