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グリーンでもトランスフォメーションでもないグリーントランスフォメーション

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ここ数ヶ月間、政府の防衛やインフレに向けた対策の報道が目立つ。しかしその影であまり注目を浴びてない政策が日本の未来と国際的地位を大きく左右する。

その政策が昨年12月22日、岸田内閣が公表した『GX(グリーントランスフォメーション)基本方針』 岸田首相の言葉を借りると、GXは「2050年炭素中立の目標達成に向けて、エネルギー、全産業、ひいては経済・社会の大変革を実行していく」イニシアティブだ。この方針のミソは化石燃料をできるだけ削減して、クリーンなエネルギーを根幹とした経済への移行という政策だ。

けれどそれは誇張だ。GX基本方針の内容を詳しく読んでみると、グリーンでもトランスフォメーションでもないことに気付く。むしろ、政府がここ10年間宣言してきたエネルギー政策目標の大半を再掲し、今後10年間で同じ方針を継続するに過ぎない。それだけじゃない。この方針で掲げられている目標のいくつかは事実上、日本の脱炭素化に矛盾してしまう。現状から舵を切るものはいくつかあるが、経済的にも政治的にも逆風にぶち当たってしまう可能性が高い。一つ一つみていこう。

そもそも『GX基本方針』とは?

まずは「GX基本方針は何なのか」の説明が必要だね。

菅義偉前首相は、2050年までに温室効果ガス排出量をネットゼロにすることを宣言したことで注目を浴びた。そして最近、岸田首相がネットゼロを目指す取り組みを「グリーントランスフォーメーション(GX)」と呼び始めた。

ここでちょっと話がそれるが付き合ってほしい。グリーントランスフォメーションをGXに略する理由がどうも理解できない。デジタルトランスフォーメーションをDXに言い換えたことに継いだのはわかるが、こういった略語を誇らしげに使ってる人は何をどうやれば「トランスフォメーション」が「X」になっちゃうのか未だに説明してない。しかもGXとDXは今や日本のビジネスバズワードとして全く問題視されずに広まっている。これは単なる個人的な不満じゃなく、岸田内閣の政策を肝心なところで阻害しかねない。理由はこの記事を最後まで読んでもらえばわかるはずだ😉

はい、余談おしまい。2050年までに温室効果ガス排出量をゼロにするための具体的なロードマップを打ち出すために、岸田首相は昨年7月に「GX実行会議」を招集。日本の政策決定プロセスにおいて、これは何も珍しくない。官僚は企業経営者、シンクタンク所属の専門家や学者を招き、数回にわたって政策のいろんな側面に関して深く議論してもらう。通常呼ばれる人のほとんどは現状維持のために利害関係のある業界関係者で占められている。

GX実行会議も同様。7月から12月にかけて5回にわたって開催され、最終的に出したのがGX基本方針である。内閣基本方針というのは法的効力のないただの政策文書。でも岸田首相は今年の通常国会で具体的な政策の法制化を検討するよう求めるだろう。

GX基本方針には包括的な目標が三つ挙げられている。一つ目は気候変動対策として温室効果ガスを2013年比46%削減し、2050年までにカーボンニュートラルを達成すること。第二の目標はエネルギー安全保障の強化。日本は資源に乏しい国としてエネルギー源の多様性に常に維持することに配慮していて、去年からはウクライナ戦争の影響でエネルギー安全保障が脅かされることが懸念される。最後の目標は、低炭素技術の開発を国内の経済成長と競争力に結びつけること。経済活性化に向けた努力は今でも続き、GXは岸田内閣の「新しい資本主義」にも結びついているようだ。

方針の内容は多岐にわたるけど、主な条項をこんなかんじにまとめてみた:

  • 各分野においての省エネルギーの推進

  • 太陽光発電と洋上・陸上風力をはじめとした再生可能エネルギーの主力電源化

  • 原子力の活用

  • 水素、アンモニア、炭素回収・利用・貯留(CCUS)など、エネルギー分野における新技術の導入促進

  • 電気自動車や燃料電池車、持続可能な航空燃料の導入を通じて運輸部門のCO2排出量の削減

財政的な提案も含まれてる。これら全ての目標達成には約150兆円かかると想定されていて、そのうちの20兆円を「GX経済移行債」と仮称する債券の発行で賄うらしい。その配当は、最終的にはカーボンプライシングと排出量取引制度の収益から出てくる。
日経の図解が参考になったので、ここでもシェアしよう。

大掛かりな方針だが、日本のエネルギー情勢や政策に関心を持つ方なら実態を見抜いているに違いない。GX基本方針は脱炭素戦略としては怪しく、現状のトランスフォメーション(大変革)にはほど遠い。

維持される現状

方針にはここまで掲げられてきた目標が維持されていて、長年にわたって国内外の気候変動対策を推進する有識者に批判されてきた現状を固定してしまう可能性がある。

中でも最も顕著なのは、石炭火力発電のフェーズアウトを拒んでいること。1970年代の石油ショック以来、石炭火力は重要なベースロード電源の役割を果たし、2011年の福島第一原子力発電所事故の1年前まで日本の電力構成の4分の1を占めていた。エネルギー政策を担当する経産省はその割合を20年間で半分以下に減らし、その分を原発で補う計画を立てていた。だが東日本大震災後の原子力発電所の完全停止により、政策の逆転を強いられた。経産省の2021年度のエネルギー基本計画では、2030年までに日本のエネルギーミックスに占める石炭火力の割合は19%と想定されている。石炭火力が非難される国際情勢も特に気にはかけてないようだ。

政府はどのようにして石炭火力を正当化しているのだろうか?京都大学大学院地球環境学堂のGregory Trencher等は、経産省と電力会社が長年、石炭はエネルギー源として最も経済的で価格安定した化石燃料であると主張してきたことを検証している。また、世界の石炭埋蔵量が地理的に広く分布し、豊富であることも強調されている。すなわち、経済性やエネルギー安全保障の観点から、石炭火力は必要不可欠だということが決まり文句になっている。

もちろん、霞ヶ関の方々は石炭火力の排出強度の高さを十分承知している。エネルギー分野からの排出を緩和する対策として、非効率石炭火力を段階的にフェーズアウトするという宣言が国際エネルギー機関(IEA)の賞賛を得た。

しかしもっと疑わしい対策案が実はGX基本方針の主な柱の一つとなっている。方針には「化石燃料との混焼が可能な水素・アンモニアは、エネルギー安定供給を確保しつつ、火力発電からのCO2排出量を削減していくなど、カーボンニュートラルに向けたトランジションを支える役割も期待される」と書かれてる。そう、日本政府はカーボンニュートラル社会の実現のため、水素とアンモニア技術に大きく賭けている。

なぜ水素とアンモニアが対案として重視されているのかを一言で言えば、水素とアンモニアは燃焼する際にCO2排出がないからだ。アンモニアを石炭や天然ガスと混ぜることで石炭・ガス火力発電からの排出を減らすことができる。

燃焼中にCO2はでないとはいっても、水素やアンモニアの製造過程ではCO2が発生してしまうので、その段階で排出ガスをCCSで回収・貯蔵するという技術開発も勧められている。これらの技術をまとめて革新技術と呼んでいるが、福島原発事故の直後から検討されていたらしい。水素、アンモニア、CCSの商用活用に成功すれば、すでに存在する火力発電所の改修に膨大な費用を落とさなくて済むというのが本音だろう。

しかし環境保護団体はこういった戦略に粘り強く異議を唱え続けてきた。例えばイギリスのTransitionZeroは、現時点で技術的に可能なアンモニア混焼率20%では、CO2排出量はガス発電の約2倍、混焼率50%ではガス発電と匹敵すると報告している。ガス発電と同レベルの50%まで引き上げられたとしても、2050年までにネットゼロを達成するには、2035年までにガス発電は置き換えか廃止が必要とされている。その上、これらの技術を商業規模にするためには膨大なコストがかかることから、TransitionZeroは「日本が今後も石炭新発電技術に力を入れ続けた場合、結局のところ多額の無駄使いに終わり、電力会社の株主と日本初回が大きな代償を払う可能性がある。このような理由で、ネットゼロ政策におけるこれらの技術の役割を緊急に見直すことを推奨する」と結論付けている。国内の団体では、気候ネットワーク自然エネルギー財団からも似たような批判の声が上がる。見る限りこういった批評に政府からは反応なし。

次に、再生可能エネルギーに触れよう。GX基本方針は、2030年に向けて再エネが主力電源として電源構成の36~38%を占めるロードマップを掲げている。太陽光発電の導入加速と洋上・陸上風力の段階的拡大が戦略の核だ。もちろん自然エネルギーの急速な導入はカーボンニュートラル実現に不可欠なんだけど、今回のターゲットも過去の政策目標から飛躍的にかけ離れたものじゃない。

2011年以降、政党に問わず2030年のエネルギーミックスに占める再エネの割合は20~30%程度と想定されてきた。2015年に経産省が出した「長期エネルギー需給見通し」では、エネルギーミックスの22~24%を再エネ、特に太陽光、水力、バイオマスが占める見通しだった。2021年の第6次エネルギー基本計画では、「野心的な見通し」として、2030年までに36~38%を再エネで賄うとしている。GX基本方針では、第6次エネルギー基本計画の目標をそのまま維持したことになる。2030年に22-24%から36-38%に更新されるのは確かに大きな違いかもしれない。だが日本の環境省でさえ日本には国全体の電力供給量の最大2倍だと示している。考えてみてほしい。現在、石炭・石油・天然ガスを含む経済全体を可能にさせる総合電力供給量の2倍を再エネで補給できるはずなのだ。それに比べてみれば、2030年度までに38%の再エネ導入なんてどうみたって野心的じゃないはずだ。

再エネ増加に遅れる日本。なぜだろうか。この国で制度が変わらない理由として、「鉄の三角形」という概念によく出くわす。関連業界、官僚、自民党の同盟が政策決定プロセスを強く握り、外部からの変化を抑えているのである。エネルギー政策の分野でもこの説明は意外と有効である。電力会社や電力業界を代表する団体(経済団体連合会、電気事業連合会など)・経産省・自民党のトライアングルがまさにそうだ。この3者は1970年代からエネルギー安全保障と環境目標を達する術として原電と省エネを強く後押しながら、国内のエネルギー企業にとって競争上不利な再エネ技術の導入を拒んできた。この点については、ノルウェー科学技術大学のEspen Moeが見事な研究を残している。

化石燃料と再エネでGX基本方針は現状を維持するものに過ぎない。だが他の分野では、変化の兆しを見せている。

苦難に見舞われる現状脱却

と、まあGX基本方針は現状維持だとはいったが、中には現状から舵をきる要素もいくつかある。特に原発と「GX経済移行債」がそうだ。現状脱却とはいえ、こうした転換は政治的、経済的、技術的、規制的な逆風に直面する可能性が高い。

GX基本方針は2030年のエネルギーミックスに占める原子力の割合を20~22%と想定しているが、岸田内閣はこれを2つの方法で実現しようと考えている。一つ目は原発の運転期間を現在の最長60年から延長し、停止された原発の再稼働を急ぐこと。さらに反感を買うであろう二つ目の手段として、廃止が決まった原子力発電所を革新軽水炉、小型原子炉(SMR)、核融合炉などの新しい技術に置き換えることを検討している。

1950年代に政府主導で研究が始まり、1960年代半ばに商業用原発が開始されて以来、政府は奨励金やPR活動、子供向けの原子力に関する科学カリキュラムなどを通じて原子力を推進してきた。福島原発事故の後でも、自民党は脱原発を支持することはなく、原発を猛反対する民意に押され沈黙を保っていたに過ぎない。特に2012年以降の安倍政権では、エネルギー自給率向上や2015年のパリ協定に基づく温室効果ガス削減、貴重なベースロード電源の重要な柱として原発を位置づけてきた。だが安倍政権の原発再稼働の夢は長年、新設の原子力規制委員会の厳しい安全規制や検査、国民による原子炉に対する集団訴訟などに拒まれてきた。この経緯はミュンヘン工科大学のFlorentine Koppenborgのデータで裏付けられている。

これまでの自民党の原発政策は停止されている発電所の再稼働に止まっていた。しかし岸田首相はGX基本方針を通じ、より積極的な原発推進姿勢を打ち出している。昨年7月の参議院選挙では、自民党は原発依存度の低減を公約から削除し、真逆の体制、つまり原発を最大限活用することを掲げた。逆走の理由の一つとして避けて通れないのがウクライナ戦争によるエネルギー価格の高騰がエネルギー安全保障を脅かしていること。岸田政権にすれば原発は日本の眠れる救世主ってことだ。

エネルギー安全保障を確保し、化石燃料への依存を少しでも減らすために原発が確実に必要だという岸田首相の信念は、これまでの自民党政権と変わらない。だが最近になって原発に対する世論がややポジティブになり、岸田首相は大胆に原子炉の新規建設を提案する機会を得た。原子力文化財団が2019年に行った世論調査では、原子力発電の「積極的な利用層」が2017年以降少しづつではあるが増えていることが分かった。同様に、去年8月に読売新聞の3、000人を対象とした世論調査では、58%が再稼働に賛成、39%が反対と答えている。

反原発感情が緩んだとはいえ、新たな原子炉を建設する計画は実現するには程遠い。検討されている新技術が商業的に成立するレベルまでまだ達していないし、世論が変わったとしても原子力規制委員会の安全基準は厳しいことに変わりなく、訴訟の脅威も消えてはいない。

最後に、現状を変えつつある要素のもうひとつの話をしよう。これまで話してきた新技術の研究開発に資金を提供する仕組みの主軸となる仮称「GX経済移行債」だ。政府はこの債券を通じ20兆円を投資し、民間の大規模な投資を惹きつけることを期待している。このシードマネーが最終的には150兆円を超えるブレンデッド・ファイナンス(官民一体の資金)を呼び込む考えらしい。

マリアナ・マッツカートの「企業家としての国家」という概念を連想させられるビジョンだ。起業家国家は一言で言えば「企業家精神を持って、経済成長の原動力となり、市場を立ち上げ、かつ、形作る」国家。クリーンテック分野では、政府がそれぞれの技術に特化した専門知識を持ち、どのようなイノベーションが必要かというミッションを道しるべに、時間軸が長く不確実性が高い研究開発のリスクを民間企業と共有することで市場を創出し、支援するという考えのことを指す。

エネルギートランジションで企業家としての国家が不可欠なのは、エネルギー分野特有のジレンマが原因のせいだ。クリーンエネルギー移行は太陽光パネルや風力タービンの大量生産にとどまらず、送電・配電系統を成す設備の建設も必要。こういった重工業は資本集約的なのだが、新しいテクノロジーを発想から市場に押し通すまでにかなりの時間と試行誤差を要すことから、投資利益を見据えるのが難しくなる。それと利害関係の既存企業(電力会社、系統運用者、化石燃料に依存する企業)がクリーンエネルギーのスケールアップをさらに困難にしてしまう。このジレンマの解決に向けた国家の政策は、投資を加速させ、クリーンエネルギーに有利な方向にバランスを傾けることにあるはずだ。そっち側に一旦資金が流れ始めれば、民間投資家も参入しやすくなるという理論である。

近年アメリカではインフレ抑制法を通して政府が脱炭素化を支援し、欧州では「RePowerEU計画」やグリーンディールで自然エネルギーの加速を掲げていて、いずれも起業家としての国家のコンセプトに合致するんじゃないかと思う。

というわけで、グリーントランジションに向け支出を大幅に増やすというGX基本方針は、理論上賞賛されるべきだ。ただ、事実上いくつか課題がある。第一はすでに触れたとおり、岸田内閣が想定している革新技術、特に次世代化石燃料技術はクリーンエネルギーへの移行を促すどころか、今後数十年にわたってCO2排出を固定化することになる。それに世界的に再エネが主流になっていく中、火力発電への投資は国内の設備メーカーに座礁資産を背負わせることになってしまう。

そして最後に冒頭で漏らした僕のGXという略語に対する不満に戻ってみよう。これ実は単なる私的なことじゃなく、GXの省略が原因に海外の投資家からもやや警戒されている。「GXという言葉は極めて日本特有で、日本以外の場所では聞いたことがない。はっきりした目的を持たない緩やかに定義されたイニシアチブに、投資家は興味を持たないだろう」ある海外投資専門家はこう述べてさえいる。金融界がESGの真価を問う時期に、「GX債もグリーンウォッシュの一つ」と疑う声もある。投資家に食いついてもらえないなら、初期の20兆円は出せないし、GX全体が失敗してしまう恐れがある。

GX債はあくまでも仮称なので、国際的に親しみのある名称をつけ、調達する資金の使い道を詳細に説明することが極めて重要になってくる。

今後どうなるのか?

今のところ、GX基本方針のなかで最も注目を浴びている項目は原発再稼働・新設だが、それ他の項目に根本的に反対している政治家はいないようだ。有力な代替案も検討されていない。野党の立憲民主党と社民党は一貫して反原発を掲げているが、両党とも拒否権を持っていない。

したがって、GX債が発行され政府が十分な資金を調達できれば、方針に沿った政策が進められるだろう。しかし日本の石炭火力発電の維持や及び腰の再エネ導入は脱炭素に向け本格的に動き始める先進諸国に異端児扱いされかねない。



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