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休暇の理由

ピピピッ。
39.4℃。

体温計を一瞥してケースにしまう間に、このあとのシミュレーションは…もう、終わった。
職場に連絡し、小学校に電話。小児科にはご飯を食べさせたら朝イチで連れて行こう。


また年休が一日減るんだな。
あと何日あったかな。まだ八月だっていうのに今日までに結構使ったな。
年末まで足りるかな。
そんな不安が一瞬頭をよぎった。

……考えても仕方ない。

私は小学生の娘と未就学児の息子を育てている。

さっき、職場に社内チャットで休みの連絡した「また、休みか…」
って思われただろうなとため息をついた。
今日で休暇も三日目だ。
なかなか娘の熱が下がらない。二日前に小児科に行ったあと、一時的に下がったから今日は大丈夫かな…なんて、たかを括っていたから、その落胆を隠さずにはいられなかった。


熱は高いものの、娘はいつも通り食欲もあり、元気だった。
そんな娘をキッチンから眺めていると、娘は私の方を見て少し悲しそうに笑った。
そして、申し訳なさそうにこう言った。


「ママ、ごめんね」

どうかしたのかと思い、「何かあったの?」と尋ねると娘はこう続けた。

「私の熱が下がらないから、ママは今日もお仕事をお休みすることになったから。ママいつも忙しいのに。店長さんにも怒られるから」


私はすぐに返事が出来なかった。
なんて伝えたら良いのだろう。
どうして、さっきため息をついてしまったんだろう。
激しい後悔が私を襲った。

かろうじて娘に伝えた言葉はこうだった。
「大丈夫だよ。お仕事は三日前までに沢山終わらせてきたからお休みしても心配ないんだよ。ママもさぁ…たまにはズル休みしたかったし。優花もたまには学校休んでゆっくりしよう」

娘はクスッと笑い、デザートのりんごを頬張りだした。

私はまたキッチンから娘を眺めながら心の中で何度も謝った。
どこで間違えたのだろうか。
自分で自分のことが怖くなった。

いつから仕事人間になってしまったのだろう。

 娘がまだ六ヶ月の時に初めて39℃の高熱を出した。“どうしよう…死んじゃうかも”と慌てふためきなりふり構わず病院に駆け込んだ夜。娘の熱が早く下がることだけをひたすら願い、夜通し看病した日。
 
初めての高熱でこんなにもうろたえるのかと今なら慌てふためいていた自分を少し笑ってしまうけれど、今だからこそだ。
当時はママ歴わずか六ヶ月。子育ては常にわからないことの連続であり、なかでもまだ言語を話せない月齢での病気は手探りでの対応も多く、正解が毎回わからなかった。


あれから六年。
身体は強くなったとはいえ、娘は何も変わっていないのに。

確かに仕事は大事だし、やりがいもある。

だけど、仕事優先になった結果、私は娘を思いやる気持ちどころか、娘の発熱を苦々しく感じてしまった。
仕事の代わりはいても母親の代わりにはなれないのに。
そんな私の様子にいち早く気づいた娘は私の仕事の心配をしてくれていた。
情けない……
本当に情けない……

私たちは知らず知らずのうちに大切なことを見失ったりしながら生きている。
知らず知らずのうちに“慣れ”てしまう。
支障なく毎日が過ごせることを“当たり前”と勘違いしてしまう。

風邪をひけば早く元気になってほしいと願い、風邪が治れば騒がしい日々にうんざりしたり。
本当に身勝手な生き物だ。


そっか。
私も一種の病気だったのか。
神様は今日一日休暇を取らせることで大事なことに気づかせてくれたのかも。
ワーカーホリック。笑

2023/8/1