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ツクヨミ サトル
2022年2月21日 20:19
お互いに、相手の素性を深くは問わず、自らも明かさなかった。取り決めをしたわけではない。ノゾミの本心は定かではないが、私は意図的に避けていた。こちらが明かせば望まなくても返報を押し付けることになる。それは畢竟、ノゾミがどこの誰で、この家のこの一室になぜ一人で暮らしているかに行き着く。 一時の興味に惹かれ、何重にも絡まり、ほどく糸口さえ掴めない問題を引き寄せることを私は恐れた。長い時間を共に過ごせ
2022年2月4日 19:59
壁を通して女の啜り泣く声が聞こえる。遠くで流れる水音のように、夜の静寂の底をゆったりと、それでいて確かな輪郭を持つ音色となって耳に滴り落ちる。いつの頃から泣いているのか、声は呼吸に似た緩急を作り、浅くなった眠りと奇妙にシンクロして、全身に馴染んでいく。私の意識は覚醒に向かうことなく声と一緒に宙空を揺蕩い、どこか自身の体を見下ろすような、体の在り方を探るような、茫漠とした感覚に囚われる。 隣で横