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世界は残酷だ

日記87日目。

アニメ「進撃の巨人」の第81話「氷解」が放送されました。
間違いなく今クールでベストエピソード。もう何度も見返しました。
過去のエピソードを彷彿とさせるシーンをたくさん見ることができ、久しぶりに大好きなジャンも活躍していて最高でした。
大好きな曲「Barricades」も使われていてテンションが上がりました。

ただ、「Barricades」の流れたシーンって1期の訓練兵時代のトロスト区攻防戦と重ねられてると思うのですが、曲は2期から使われているもので、ヒストリアの印象が強いのでちょっとモヤっとしていました。しかし、改めてその似ているシーンがある1期第8話を見返して気づいたことがあります。当時の謎が多く不安と緊張が大きい中で戦っているのとは対照的に、今回の戦闘シーンは自信が溢れていて力強い感じが表現されていました。当時とのギャップに成長を感じ、熱くなりました。


過去のエピソードを見ると、毎回思うんです。「この頃は良かったな」と。
「良い」という言葉を使うと語弊がありますが、この頃にはまだ「希望」があったのです。何も知らないからこその「希望」。
でも、実際は地獄でした。
例えば、先ほど話した第8話辺りで描かれるトロスト区攻防戦と言えば、主人公エレンたちはまだ訓練兵でしたが、突然巨人が出現したことで第一線での戦いを余儀なくされます。先輩兵士がいない中で、お互い知恵を出し合い、怯える同期たちを鼓舞し合いながら巨人に立ち向かうのです。このように書くと眩しい青春もののように感じるかもしれませんが、実際は次々と同期が目の前で残酷に巨人に食われたり、狂って自殺するものも出てきたり、ほとんどの訓練兵は逃げ惑い隠れて戦うことを放棄してしまうカオスな状況でした。実はこんな状況の中で、たった1つの巨人に立ち向かうことができるかもしれない方法が発見されるのですが、このときはまだ何の確証もありませんでした。


「何も知らないからこそ希望があった」と言うと、過激に聞こえるでしょうか。自分では少し恐ろしさを感じます。作品に出てくるウォール教や王家の思想に近いことを言っているような気がして嫌になります。長い目で見れば決して「知らないことが正義」ではないのでしょう。しかし、事実を知ったところで人間にできる正しいことはあったのだろうかとも思ってしまいます。結局、彼らが正しかったのだろうかと…


客観的に見ているからきっとそう思えるのであって、人は希望があればそちらに向かって歩き続けますよね。それが実は地獄に向かっていたとしても知るよしもありませんから。

作品を知らない方は何を言ってるんだと思うかもしれません。すみません、頭の中がぐちゃぐちゃでまとまらなくて思い付くままに書いています。
本当になんて残酷な世界を描くんだこの漫画は。ファンタジーなのに妙にリアルで恐ろしい。

「森の中」「悪魔の子」をテーマに記事を書きたいなとちょっと考えていますが、かなり長くなりそうで私の忍耐力がもつだろうか。
でも、ひとつくらいは書きたいのでアニメが終わるまでには書きます。


それでは、なんだか中途半端になりましたが、このへんで。
おやすみなさい。

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