弱聴の逃亡日記「国道脇のお昼寝と決意」

2017年11月28日 6日目
この日の旅路は今までとは一味違った様相だった。
那須塩原の町を過ぎたあたりから建物は姿を消し、山を分け入って敷かれた道幅の広い道路が続く。

途中、珍しい標識に遭遇した。山の峰の絵が描かれた標識だ。
那須山と山名が示されたその向こうに絵と同じ形をした山々がそびえている。
「おぉ、あれが那須岳かぁ」弱聴は標識の絵と実際の那須岳を見比べながら知った風な声を上げる。
川や橋の標識はよく見かけるが山の標識は初めて見た。いつもは素っ気ない標識に絵が添えられているのも何とも可愛らしい。

高速道路のような殺風景な道路が延々と続く。
これまで歩いて来た道は町を通り過ぎると田畑があり、田畑を抜けると住宅地があるといった風に十数キロごとに景色が変わっていったが、今日の道は何十キロ歩いても山や高野ばかりで、建物がほとんどなく、信号や交差点もほとんど見当たらない。
道路は車には優しく、歩行者には厳しい造りで、歩道だけアップダウンが多かったり、歩道が片側一本のみ、あるいは歩道が設置されていない場所もあった。
片側一本のみに至っては右側にあったものが、左側に移ったりしていて、その度に交通量の多い車道を横断しなければならなかった。
これは弱聴にとっては肝を冷やすトラップだった。普段なら交通量の多い車道でも苦も無く渡れるのだが、今は長距離を歩いて疲労が溜まった体だ。走ったり、早歩きが出来ない。そんな状態で、ビュンビュン飛ばす車の間を縫って車道を渡るのはヒヤヒヤものだ。

「右側なら一貫して右側に設置すればいいものを、どうして右・左・右・左って着けかえるわけ? 国道のくせになんて歩行者に優しくない造りなの! 山を切り開いて敷いた道路だから地形の問題でそうなっているわけ? いや、歩道一本くらい追加できそうなスペースあるけど? それとも予算の関係? ――と言うか歩いているの私しかいないじゃん。こんな辺鄙な場所の、高速道路のような道を歩く人なんて弱聴ぐらいしかいないか。そりゃあ、もったいないよね、わざわざ弱聴のために歩道を造るなんて。そもそも四号線を歩いて旅しようなんて弱聴の方がどうかしているんだ。歩道があるだけでも有難いと思え」
などブツブツ独り言を唱えながら、せっせと足を運ぶ。

道は徐々に勾配を上げていく。呼吸が乱れ、視線は自然と下がり地面ばかりを追い、景色を楽しむ余裕もない。
普段なら2~3時間置きにコンビニなどに入って休憩ついでに軽食を取るのだが、店などどこにも見当たらず、その辺の原っぱや地べたに座って休憩するしかなかった。もちろん軽食は無し。今までより厳しい道なのにエネルギー補給もできない。

昨日、夜通し歩いたせいだろうか。昼間なのに、そして歩いて体を動かしているにもかかわらず睡魔が襲ってきた。
瞼が重く自然と下がってくる。あくびも止まらない。足も覚束なくなってくる。
「あー、眠い。死ぬほど眠い。もうムリ」
とうとう我慢できなくなった弱聴は、歩道脇の原っぱにレジャーシートを敷いて横になってしまった。

車が行き交う国道の脇で大の字に寝そべり昼寝をする。
旅に出る前までは絶対に考えられなかった行為だ。野宿に慣れ、外で寝る抵抗感が薄れたおかげで、何の躊躇もなく横になってしまったが、自分の変わりように自分でも驚いてしまう。
その後も睡魔に襲われる度に土留のコンクリートブロックの上やドライブインの隅など非常識極まりない場所で、人がいないのをいいことに、大の字になって眠った。
これがまた暖かい日差しと森林から来る風が相まって気持ちがいいのだ。
ちょっと悪いことをしているスリル感もあり、病みつきになりそうだ。

歩いたり眠ったりしているうちに日は沈み、辺りは薄暗くなってきた。
上り坂が多かったこともあり、いつもより疲労がたまっていた。今日も温泉に入って体を休めたい。そろそろ休息する場所を探さなくては。
そう思っていた矢先、一軒のコンビニに到着した。コンビニで軽食を取りながらお店の人に近場で入浴施設はあるかと尋ねてみた。
「入浴施設ですか? この辺には無いですね。戻って町の方に行けばあるんですけど」
店員さんはそう言って、親切に観光用の地図を出して説明してくれた。

どうやら弱聴が辿って来た四号線とは別に主要道路があって、その道ならば市街地を通っているので商店街や観光地、入浴施設があるようだ。
弱聴が歩いてきた四号線は市街地を避けて山道を通る道だったため、住宅や商店が無い代わりに坂道が多かったということらしい。
入浴施設に行くためには、今来た道を一旦戻って、市街地につながる道に出なればならない。

弱聴は迷った。

体は「早く休みたい、お湯に浸かりたい」と言っていた。しかし、せっかくここまで歩いてきた道をまた戻るのは気が進まない。
それに市街地に行ったとして、その後の経路をどうするべきか、市街地を北上しながら四号線と上手いこと合流できればいいのだが、道が分からない。また同じ道を辿って同じ場所に戻ってくる手もあるが、それでは時間的にも体力的にも大きなロスになる。
このまま四号線を行った先に休める場所があればいいが、地図には示されておらず、お店の人に聞いても「相当先に行かないと無い」と言われてしまった。この様子だと入浴施設はおろか、次のコンビニもいつ出現するのか――このまま果てしなく山道が続く可能性だってある。

「でも、やっぱり…」
ここで戻るのは旅の主旨に合ってない気がする。
私は温泉巡りをしたくて旅をしているのではない。
後戻りのために体力を使うのは間違っている気がする。
それに少しでも早く実家に到着したい。

「よし、このまま四号線を行こう!」

弱聴は決心して、今来た道の続きを歩き出した。

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