見出し画像

風鈴と風(1)

好きです。

俺にとっては呪いのような言葉。
好きと言う言葉を発して上手くいった事などなかった。
小さい頃から、母親に甘える事さえも許されなかったし、恋愛はいつも立場を気にしながらで、自分本位では選べなかった。
いつしか「好き」と言う言葉さえも忘れてしまったかのように、俺は生きてきた。
鎖を、かけてきた。

かけてきたのに。

「健太さんが好きなの」

佐都に、突然そう言われた。
凛とした佇まいで、自分が今まで呪いのように封印してきた「好き」という感情を、ここまでストレートに自分にぶつけてくる佐都が眩しくて、美しくて、そして

疎ましかった。

「ごめん。だめなんだよ」

それだけ言って、俺は自分の傘と佐都を残し、雨の中走って帰ってしまった。

家に帰ってきて、タオルで髪を乱暴に拭く。
俺はイライラしていた。

「好きです」
そう真っ直ぐ思いを告げた佐都に。

それは、ずっと自分が封印してきた言葉だったから。
深山に反発はしているが、いずれは親の薦める結婚をしなければならないだろう。
心の奥で染みついた癖のように諦めのような覚悟があった。

それならば、恋なんて知らなくて良い。
知らないままであれば、その結婚に違和感を感じないかもしれないから。
そう鎖をかけて生きてきた。

そう鎖をかけてきたのに、佐都はストレートな言葉で自分を揺らした。
やめてほしい。
ホントやめてほしい。

俺を揺らさないでほしい。

俺は布団を被って真っ暗な世界に自分を閉じ込めて思考を遮断した。
そして俺は毎日のように通っていたまんぷく屋を遠ざけた。

次の週末、ルーティンになっているお大師さんに出かけた。気持ちの整理をつけたかったからだ。
境内に入ると見覚えのある人影があった。
佐都だった。

「佐都ちゃん…」

「はい、傘。良かった、返せて」

どうして良いかわからなくて困っていたら、佐都が屈託ない顔で駆け寄ってきて、傘を返してくれた。

この間のことは、無かったことにして良いのかな?その位の顔だった。
でもその後、俺のことを好きになった所だから、もっと知り合って行きたいんだと、これまたストレートな言葉をぶつけてきた。
あまりにもストレートだったので、この子はどうしてこんなに正直でいられるんだろうと不思議になって、つい聞いてしまった。

「大切な時に、自分の気持ちをちゃんと言葉で伝えないと、相手には伝わらないでしょ?私、自分を信じていたいから。
自分を好きじゃなくちゃ、相手のことも好きじゃいられないでしょ?」

こともなげに、彼女はそう言った。
まるで宣言するように。

言葉できちんと自分の意思を伝える佐都が本当に眩しかった。
同時に、風鈴の音が聞こえてきた。
やっぱり夏の風の人だな。
俺は、風鈴の音に誘われるように、佐都をもっと見てみたい。
そう思った。

それから俺は、またまんぷく屋に出入りするようになり、前以上に佐都を見るようになった。
気づいてはいたが、佐都はとても素直で正直。それでいて信念を持っている。
少し暴走してしまうこともあるが、困っている人がいれば必ず力になる。
そんな彼女を見るうちに、どんどん気になるようになった。

ある日、まんぷく屋で喧嘩が起きた。
二人組の男性で、お酒も入っているし、お互いどんどんボルテージが上がって今にも殴りかかりそうな勢いになった。

こういう時、情けない事に、昔から俺は何もできない。
というより身体が動かないのだ。

幼い頃から、父親は気に入らない事があるとすぐに怒声を響かせた。しかも、太刀打ちできる相手ではなかったので、怒声をかわすことは、自分には到底できなかった。
なので、怒鳴り声が響くと、それが収まるまで、声が体の中に入ってこないように、ただ、ただ、身体を固くして耐えることを自然に覚えた。
なので、大人になってからも大きな音が苦手で、特にこういう場面では未だに身体を固めてしまう。

「はい!そこまでー!!」 

怒鳴り声を割るように、佐都が2人の間に入り、お水をふたつ、どんっとテーブルに置いて、自分も座った。

「はい。お水飲む。一気に飲む」

佐都にまっすぐに見つめられ、2人は素直にお水を飲んだ。コップを置いた途端「だいたいな!」とまた喧嘩が始まりそうになる。

「はい!黙って!もう一回お水飲んで〜」

佐都はお水をなみなみと注ぐ。2人は不思議とまたしても素直に従う。コップを置くと今度は言葉が出なかった。

「で?何があったのかしら?私のお店で喧嘩するんだから、説明してちょうだい?」

しどろもどろに2人で説明し始め、きっかけはほんの些細なことだったとわかると、2人でお水を乾杯して再び話し出した。

何が起きたんだ?

佐都はただ水を飲ませただけなのに、2人の喧嘩は収まっている。
それよりも何よりも、喧嘩の中に飛び込んでいく佐都に驚いた。
健太にしてみれば、業火の中に身を投げるくらいの行動だったからだ。

そんな佐都は何もなかったかのように厨房に戻って行ことする。
「すごいな…」
俺は思わず声に出した。

「え?すごい?何が?」

「だって、大人の男の人の喧嘩だよ?なんで止められるの?」

自分はただこの時間が過ぎ去るのを待つだけなのに、佐都はそこに飛び込むことができ、且つ、解決してしまうのだから、魔法使いに見えた。
本当に不思議だった。

「ふふふ。まあ、あの2人はいつものことってのもあるけど、コツがあるんです。
怒りって6秒置くことで収まることが多いこと、知ってます?」

「ああ、そのためのお水!確かに6秒かかるよね。飲むまでに」

「そう。あれでブレイクも入るから、気分も変わって、大抵の人たちは少し落ち着いちゃうんです。
でも、自分はそうはいかなくて、いつも思った事ついつい言っちゃうからダメですよねえ」

「いや…でもすごいよ。ほんとすごいよ。俺、昔から大きな音が苦手でこういう時身体縮こまっちゃうのからなあ、恥ずかしながら。
そういう色んな所に飛び込んでいける佐都ちゃん、尊敬する」

このとき、俺の胸の中で風鈴の音がした。
「ちりん、ちりん」
小さいけれど、確実に、風と共に音が鳴っていた。

あとがき
これは、ドラマやんごとなき一族のサイドストーリーです。
佐都に告白されて戸惑っていた健太が、少しずつ佐都との距離を埋めていく過程を妄想して書きました。
今回は、少しシリーズものにしようと思っていますので、良かったらお付き合いください。
なお、このお話は私の完全なる妄想であり、本編とは全く関係がありませんのであしからずです。
また、原作は未読であり、ドラマ寄りのお話になっている事もご了承ください。

なお、このお話は、前に書いた「風鈴の音」が元となっております。そちらは、佐都バージョンです。
良かったら読んでください。












この記事が参加している募集

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?