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風鈴の音

「お大師さんみたい」

笑っちゃうような話だが、私が健太さんに抱いたイメージだ。

お大師さんとは、うちの近所にある神社の通称で、私は小さい頃からこのお大師さんに行くのが好きだった。

お大師さんの由来も何も詳しいことは知らないけど、お大師さんは私にとって遊び場であり、落ち込んだ時、1人になりたいときに逃げ込む場所だった。もちろんお願い事したい時は夢をいっぱい持って鈴を鳴らした。

特に、落ち込んだときや考えごとをしたい時にお大師さんを歩くだけで、何かに包まれているような気がしてそれだけで少し落ち着く、そんな不思議な魔法がお大師さんにはあった。

健太さんを見ていると、そんなお大師さんと良く似ているな。そう思っていた。

お父さんが亡くなってしまった時、穏やかな言葉で私やお母さんを掬い上げてくれたことがあった。
そうかと思えば、物凄い行動力でまんぷく屋のピンチを救ってくれた。

そんな事を繰り返しながら、いつのまにか健太さんは私の中に入り込んでいた。

「こんばんはー」

そう言いながらお店に入ってくるだけで、ホッとする。そんな不思議な魔法が健太さんにはあった。
だから、私の中で小さい頃から私を包んでくれたお大師さんと健太さんを勝手に繋げていたのだ。

そんな健太さんが、今、私の目の前にいる。
雨の降るお大師さんに、健太さんが歩いていたのだ。

「お大師さんにお大師さんがいる!」

私はよくわからないテンションになり、雨の中駆け寄って健太さんに飛びついた。

「健太さん!」

「おわ!え?あ!佐都ちゃん?びっくりしたあ」

「どうしてここにいるんです?」

「うん。よくわからないんだけど、ここ、好きなんだよね。歩いていると落ち着くと言うか、心が整う感じがあるんだよね。だから、週末にはいつも立ち寄るんだ」

そう言って健太さんはぐるりと境内を眺めた。
雨の中佇む健太さんは美しく、儚く、でも、力強くみえた。

「お大師さんみたい」

やっぱりお大師さんなんだ!そう思ったら、思わず言葉が漏れてしまった。

「え?」

健太さんが振り向いた。

「あ、聞こえちゃった?」

「うん、ハッキリと聞こえてたけど、お大師さん?」

「雨の中佇む健太さんみてたら、お大師さんみたいだなって。あ、お大師さんってここの神社の通称ね。ここに来ると悩んでることがあっても歩いてるうちに少し落ち着く魔法みたいなのがあって。私、昔からここに来るの好きだったんだ。 
そしたら健太さんもお大師さん好きだって言うから嬉しくて」

「へえ…。なんか、俺も嬉しい」

健太さんは屈託なく笑いかけてくれた。

「でね、健太さんはいつも私を、なんて言うかな、そう、暖かく包んでくれてるって勝手に思ってて、それが私にとってのお大師さんと同じだから…その…今わかったけど、私、健太さんが好きなの」

私は突然、キッパリと宣言してしまった。

でも、実はずっとわかっていた。健太さんに会うとお腹の底の方からじんわりと暖かくなって、少し手が痺れるような感覚。

これは好きなんだってことだって。

神社で佇む健太さんを見て、私のその思いは確信に変わった。
そう思ったら、気持ちを伝えずにはいられなかった。

健太さんは、驚いたような顔をして、その後、何かを諦めたように俯いてしばらく黙った。

「ごめん。ダメなんだよ」

私を見ずに、そう言った。

え?ちょっと待って?ダメってなに?

振られるならちゃんと理由が欲しい。
そう聞こうとしたら

「ごめん。だめなんだよ」

もう一回、そう呟いて、私の前から走って行ってしまった。
私の足元には、健太さんが差していた傘が、置いて行かれてポツンと、転がっていた。

それから健太さんはお店に来なくなってしまった。

もう会えないのかも?

そう思ったらいてもたってもいられなかったが、私は健太さんの連絡先も知らなかった。

それはそうだ。
私と健太さんは、店主とお客さん。
ただそれだけなのだから。

それなのに、私は勝手に健太さんを好きになって、勝手に思いを告げて、勝手に距離を置かれた。
自分の身勝手な結果だ。
そう思おうとした。

でも、あの時の何かを諦めたような「ダメなんだよ」が、ずっと引っかかっていた。
私は、そのダメが何かを突き止めなければならない。
そう思い始めていた。

週末、健太さんが置いて行った傘を持ってお大師さんにいると、健太さんがやってきた。
良かった、これで会える。
そう思ったけど、待ち伏せをしてるみたいで足がすくんだ。 

ええい、足が出ないなら声を出せ!

私が心の中で叫んだ。

「健太さん!!」

思ったよりも大きな声が出てしまった。
私の声を聞いて、健太さんが振り向く。健太さんの顔を見たらホッとして身体が動き出した。

「佐都ちゃん…」

どう話していいのかわからなくなってるのは明らかだった。
ああ、こんな状況に追い込んでしまってのは私だ。申し訳ない気持ちになったが、走り出した私はもう止まれなかった。

「はい、傘。良かった、返せて。
あと、お店にはまたきてくださいね。常連さん来なくなっちゃうのは困るから」

「お店…行っていいの?」

「当たり前じゃないですか。この間のは、私の勝手な気持ちです。私、思ったこと黙っておけないタチなので、ついつい喋っちゃうんだけど、だから、気にしないでとは言わないけど、気にしないで」

「どっちなの」

健太さんはフフッと小さく笑った。本当にそう思ったんだろう。
確かに、私はどっちが良いのか。
正直私にもわからない。
でも、いま、健太さんへの気持ちを手放してはならない、私はやっと健太さんへの気持ちに気づいたところだから、今頑張らないと絶対後悔する。と全身で私がそう言っていた。

そして、あの諦めた顔の健太さんを知りたい、その内側に入りたい、そうも思った。

「ふふふ。そうですよね。
でもね、私も健太さんの事、好きになった所なの。
だから、これからも色んなこと知りたいし。私の事も知ってもらいたいし。そのためには、顔合わせてないとダメだから。
残念ながら私と健太さんはお店の人とお客さんってだけの関係だから、今、その関係を切らす訳にはいかないんです。
だから、お店にきてくださいね」

ああ、また馬鹿正直に自分の思っていることを言ってしまった。これは父親譲りなんだよな、でも、そんなお父さんがが好きだったから、そんな自分も仕方ないか。

そんな事を考えていたら、自分がおかしくなってきて、笑いが止まらなくなった。

「ちょっとごめんなさい。笑えてきちゃって」

佐都は1人笑っていた。健太はそんな佐都を呆然と見つめ、つられるように笑い出した。

「どうしてそんなに正直でいられるの?」

しばらく経って、健太さんがそう聞いてきた。

「うーん。あのお父さんの娘だから?」

それはそうか。と言う顔をして、健太さんは穏やかに笑った。

「後はね、正直に言わないと、自分を騙すことになるから。
勿論、空気はちゃんと読みますよ?それなりにね。でも、大切な時に、自分の気持ちをちゃんと言葉で伝えないと、相手には伝わらないでしょ?
私、自分を信じていたいから」

「自分を信じたい……自分自身を好きでいられるんだね」

「だって、自分を好きじゃなくちゃ、相手のことも好きじゃいられないでしょ?」

健太さんはキョトンとしていたけど、しばらくしてから私から傘を受け取った。

「傘、ありがとう。
またお店に行くね。佐都ちゃん、またね」

なんだか、声が少し力強くなっているように感じた。

「本当に?」

私はちょっと疑って聞き返した。

「本当だよ。俺も、正直なことしか言わない。また行くよ」

私は顔がニヤけてくるのがわかった。

「じゃあ!健太さん約束ね!またお店でね!」

私は大きく手を振って健太さんを見送った。

健太さんを好きでいて良いんだ。
自分で自分を勇気づけた。

「やっぱりお大師さんだな」

健太さんと会うと元気になれる。いつも以上に正直でいられる。そんな自分を好きでいられる。
私は、今お腹の底から湧いて出てくる温かい気持ちを抱きしめて、大切にしていこう。
そう誓った。

後ろからは、風鈴の音が気持ちよく響いていた。
夏の風が、私に勇気をくれていた。

あとがき
これは、ドラマやんごとなき一族のサイドストーリーです。
今回は、佐都が健太に惹かれる過程を少し描いてみました。
なお、このお話は私の完全なる妄想であり、本編とは全く関係がありませんので、悪しからずです。
また、原作は未読であり、ドラマ寄りのお話である事をご了承ください。

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