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約5年お世話になったゲーム会社を辞めました

こちらのnoteは 2021年12月4日にci-enに投稿したものです。
今後はnoteの方で進捗報告していくのでこちらをフォローして頂けると嬉しいです。

■はじめに

約5年間働かせてもらったゲーム会社を辞める事にしました。
せっかくなので、入社までの経緯、入社後どうだったか、そして今後の話を書かせて貰おうと思います。

※先に書いておきますが、ここでは会社の悪口は一切書きません。

ゲーム業界や特に業界未経験からの転職などに興味がある人には興味ある内容かも。


■入社まで

元々私はゲームとは関係ないエンジニアで、趣味でゲーム作りをしていました。
そのころは、ゲーム会社で働くことや独立することは、随分特殊な生き方だと思っていました。

しかし、個人ゲーム開発つながりでお知り合いになった じぇふさん と ねこばた会議さん に誘われて行ったオフ会で、色んな生き方をしている人の話を聞いているうちに考えが変わってきました。

もう5,6年前ですが、そこで知り合った方々とは今も仲良くさせて頂いて、応援していただけたり、本当に日々感謝です!

さらにかの有名人である 和尚さん(いたのくまんぼうさん) の説法を数回聞かせて頂いているうちに、ゲーム作りを職業として生きていきたいなと思うようになりました。

あの時買った壺は今も大切に飾ってあります。

しかし、当時作っていたアプリの売り上げでは到底生きていけなさそうだったので、ゲーム会社に勤めることにして転職活動をしました。
(実際は居住地に関する妻の希望などもあった)

いくつかゲーム会社の面接を受けて、その中で私がやってきた個人開発や勉強会などの実績を評価してくれて採用してくれたのが、2社ありました。
福岡での勤務を希望していたのですが、片方は福岡での業務はライブラリ周りが中心だということでお断りして、もう一社の、知名度も高い方の会社に決めました。

■入社後

ゲーム業界としては未経験だったので、念のためという感じで、課題を渡され一人で黙々とやっていました。

中途なので、業界としては未経験とはいえ恐らく即戦力を求められてはいるわけです。
正直独学でC++してきた自分にはかなり難しい内容で、
「これ、クビになるんじゃね?」とかなり焦ってました。

その間は本当に必死でプログラム書いてました。

当時のTwitterを見てみると、

「やっとメモリと友達になれそうだからゴールデンウィークが憎い(休みたくない)」

とかやばいこと書いていました。

なんとか研修を終えて、配属されたところは炎上中のPS4タイトルでした。
よくマンガやアニメとかでみるゲーム会社のイメージがほぼ当てはまる感じで、当時はそれが逆に楽しかったです(ランナーズハイ的な)。

ゲーム発売が延期、また延期、と延期続きになる中、

「マスター終わるまで髭を剃らない」

と、謎の願掛けをしている人がいたんですが、マスター前には髭が伸びすぎて長老みたいになってました。

当初は特にゲームの見た目に関わる箇所を任せてもらえた時は本当にうれしくて、来た仕様の1.2倍良いモノ(自称)にして作ったりしてました。
余計な事すんなと怒られました。

あと処理負荷がかかるプログラムを書いてしまった時は、自席まで怒鳴り込んで来る人とかいて、怖かったです。
けどそういうのがあったから実力がメキメキ付いたとは思います。
今では本当に感謝しています。

また、今はもう制度が無いですが、マスターアップ後に、休日出勤していた分の休みがまとめてもらえて、2か月まるまる休みで旅行とか行けたのは最高に良かったですね。

これぞゲーム会社!って感じでした。

炎上タイトルのリリース後あたりから、会社でのゲーム開発と並行してまた個人開発を再開していました。
22時頃帰ってきて、平日23~2時くらいまで。休日はほぼずっと開発してました。

その後はもう一つPS4のタイトルに関わり、それが終わった後は希望してUnity制のソシャゲプロジェクトに入りました。
この頃はリリース前じゃなければだいたい定時で帰れる様になりました。

やっぱりコンシューマの方が納期が確定している分デスマになりやすいと思います。
こちらのプロジェクトは、人数が少なかったのもあり、かなり自由にやらせてもらえて一番楽しかったです。

他社の人が書いた既存のクソコードはほぼ全て書き換えました。
個人開発で培った技術が生きて、やっと会社に貢献できている感が出てきた瞬間でした。
おそらくここでの実績が考慮されて、その後割と出世しました。

そして2年後、突然でしたが、そのプロジェクトのサ終が決まりました。
正直そこまで絶望的に売れてない訳ではなかったので驚きましたが、色んな判断要素があったんだと思います。

お金を出している人が、終了といえば、終了なのです。それがサラリーマンというものです。


■退職理由

辞めた理由はいくつかあります。

 ① もっと自分の時間を自分のゲーム開発に充てたくなった
 ② 個人開発でも生計を立てていける可能性が見えた
 ③ 担当していたソシャゲがサ終してタイミングが良かった

①に関しては、やはり会社勤めで作っているゲームは「自分のゲーム」ではないんですよね。
お金をもらって他の人が考えたゲームを作るために時間を使っている。
これは、ゲームクリエイターである前にサラリーマンなので、当たり前のことではあります。

しかし最近この時間の使い方に微妙な違和感を感じるようになってしまいました。
1つのゲームを開発するのに多くのメンバーと足並みを揃えながら開発するので、どうしても無駄な時間が生まれます。

その無駄な時間が、自分の人生において本当に無駄な時間に思えてしまって、そこが耐え難いと感じるようになりました。

開発スピードは他の人より早いという自負があるし、会社勤めしながらでもゲームが作れるモチベーションがあることは、入社後に3本ゲームをリリースしている事からも証明できていると思います。

ただ、会社での各待ち時間などが発生した場合に、

「ああ、この時間も自分のゲーム開発に時間を充てられたらなあ」

と感じる度に、心がすり減っていくのを感じました。

その状態で、②が起こります。
私は入社前からゲームをいくつも作ってリリースしてきましたが、そのころは「この少ない収益で生計立てていくのは無理だろう」と考えていました。

しかしリリースを重ねていくうちに、徐々に収益化のコツみたいなのがわかってきて(フォロワーさんに色々教えて頂いたのも大きいです)、最新作の「弓矢バトルオンライン」では最大月20万円以上の収益を得ることに成功しました。
(今はだいぶ落ち着いてきてしまってそんな無いです。毎日モヤシ食って凌いでます)

しかも、ただ収益を得たというだけではなく、自分が常日頃考えている
「プレイして本当に面白いゲーム」として作り上げた作品によって、稼げたことには大きな手ごたえを感じました。

そしてその状態で今度は③が起こり、辞める事を決意しました。


■会社としての感想まとめ

入社1年後からは新人の教育担当などもしましたが、研修プログラムもしっかりしていますし、それぞれの希望に応じて配属してもらえたり、ゲーム作りにおいては良い意味で厳しく良い会社だったと思います。

また、コロナ禍でめっきり減ってしまいましたが、会社の飲み会が嫌だなと思ったことが一回も無かった事からも分かる様に、人間関係的な悩みはほとんどありませんでした。
正直プログラマー以外の職種については色々思う所はあるのですが、ここでは割愛させて頂きます。

給料としても申し分なく、本当にお世話になりましたという感想です。


■今後の活動について

最近各出版社様がインディーゲーム開発者支援を行っていることはご存じと思います。
私もご支援頂けるように全力を出した企画書を提出しましたが、選ばれる保証はどこにもありません。

そこでまず収益を安定化させるために、3月までに1本ゲームを作り、そのゲームと弓バトの相乗効果を狙っていきます。
その後のベストは、出版社様からの支援を受けてゲーム開発ができることです。
(提出した企画が本当に面白い案で、絶対作りたいんです!)

支援をどこからも受けられない場合は、すぐにはこの企画を遂行することは資金的に不可能なので、先にもう一本短編を作ります。

そしてどこからも支援を受けられず、弓バト+他2本で収益が安定しなければ、2023年度からはまたゲーム会社勤めしようと思っています。
(1年間内での挑戦というのが妻との約束なので)


■最後に

年齢的にも、家族に迷惑(金銭的に)をかけて挑戦するのは、本当に最後のチャンスかなあと思っています。

ただ、どう転んだとしても、「プレイして本当に面白いゲーム」を作り続けてまいりますので、引き続き応援して下さると大変嬉しいです!

最後まで読んで頂いてありがとうございます。

今後ともよろしくお願いします!

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