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色あせしにくい不思議なインキ⁉~新米A子の「耐光インキ」入門 ~

こんにちは、A子です。
今回はポプラディア編集日記、初めてのインタビューを行いました…!
小学生時代に職場体験インタビューで獣医さんにお話を聞いた以来で、ものすごく緊張しましたが、インキにまつわる面白い話をたっぷり聞くことができましたので、皆さんに全力でお伝えしたいと思います!

このインタビューのきっかけは、A子を含め社内全員が衝撃を受けた、「ポプラディア第三版」編集長による、とある実験でした。

耐光インキにかける編集長の思い 

ある日のこと、A子がせっせと編集作業をしていると編集長から声をかけられました。

編集長:A子さん、これ2011年に出た「ポプラディア新訂版」なんだけど、同じ色に見える巻がありませんか?

A子:あれ?2巻と3巻が同じ色ですね…違う色だったような気がしますが。

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【2011年刊行「ポプラディア新訂版」の背表紙】

編集長:そうなんですよ。日の当たるところに置き続けたことで、背の色があせて2巻と3巻の区別がつきにくくなってしまったんです。

A子:この見た目は子どもたちが間違えてしまいそうですね。

編集長:ポプラディアって10年くらい図書館や学校に置かれるもので、そう簡単に取り換えることはできないんです。背に巻数は書いてあるものの、子どもたちが直感的に色で区別するものなので、使いやすくしたいと思うんですよ。
このことを製作部 (印刷、製本、加工の発注・進行管理をする部署) に相談したところ、耐光インキを勧められたんです。そこで、僕はある実験を行っています。

A子:ある実験…???

編集長:そう、それは名付けて「ポプラディア第三版」耐光実験です…!

耐光実験、衝撃の実験結果…!

では、ここから我が編集長に代って、わたくしA子がその実験内容と衝撃の結果をご報告します!

そもそも耐光インキとは何かというと…

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つまり、日光に当たっても色あせしにくいインキなんです。

実験方法は以下の通りです。

①まず、通常インキで印刷した「ポプラディア第三版」の表紙と、耐光インキで印刷したものの2種類を用意します。

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【見た目は、ほとんど変わらない通常インキと耐光インキの表紙の色】
※この記事で掲載されている表紙は全て製作途中のものです。

②それを直射日光に当たるように会議室の窓に貼ります。

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【ポプラ社の会議室の窓一面に表紙を貼った様子】

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【実験中も普通にポプラディア編集会議してます】

③そして、日光に当て続けること3か月……

衝撃の実験結果がコチラ!!!

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【▲左:日光を当てた後の表紙、右:日光を当てる前の表紙】

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【▲左:日光を当てた後の表紙、右:日光を当てる前の表紙】

耐光インキの効果が一目瞭然です…!

15巻・12巻ともに日光を当てていない表紙(右)と比べて、
通常インキを使った表紙(左下)激しく変色や色落ちがおこっていますが、耐光インキを使った表紙(左上)ほとんど変化がない状態です。

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【こんなにも不思議なインキがあるでしょうか、、、!!!???】

インキって何でできてるの?
色があせるってどういうこと?
耐光インキってどんなしくみ?
……と頭が疑問で爆発しそうなA子は、「ぜひインキ会社の方に耐光インキのしくみを聞いてみたい!そして、ポプラディア編集日記でその素晴らしさを広めなければ…!」と思い、図書印刷さんご協力のもと、この耐光インキを作っているT&K TOKAさんにインタビューさせていただくことになりました。

そして3か月後……
(この3か月の間もポプラディアの表紙は日光に当て続けました。)

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T&K TOKA:営業担当 住谷憲央さん・開発担当 杉本学仁さん、図書印刷:営業担当 田口諭さん・三好幸太郎さんにポプラ社へとお越しいただきました!
インキの開発を行っていらっしゃる T&K TOKA 杉本さんを中心に、耐光インキについてお話を伺いました。そして、冒頭で紹介した編集長の耐光実験結果へのフィードバックもいただきましたので、どうぞお楽しみに。

それでは、インキ初心者の新米A子とともに、耐光インキのヒミツを探りましょ~!

「インキ」って何からできているの?

A子:では、早速ですが「インキ」って一体何からできているんでしょうか?

杉本:インキにも様々な種類がありますが、特に今回の百科事典の表紙に使う油性インキで言えば、大部分は「顔料」「樹脂」「植物油」「石油系溶剤」の4つの成分で作られています。「顔料」は色をつけるための粉で、その他の3つはスムーズに印刷を行うための成分です。
A子さんは出版物が大量に刷られる「印刷会社」に行かれたことはありますか?

A子:あります!一度、印刷機を見学に伺いました。ものすごい速さで『名探偵コナン』が刷られていて感動しました…!

杉本:初めて見たら、あの速さに驚きますよね!大型の印刷機では1時間に1万枚以上も印刷できます。そのため、インキは印刷のスピードにあわせて、紙に的確にくっついて乾き、綺麗な色を出さなければいけません。
インキは色の美しさはもちろん様々な性能が求められるんです。

A子:ちなみに、「顔料」って鉱石などからできていると聞いたことがあるんですが…?

杉本:鉱石からできているものと、そうでないものもあります。
大きく分けて顔料には「無機顔料」「有機顔料」の2種類があります。「無機顔料」は天然の鉱石や金属を砕いて作られる顔料です。古墳や遺跡で見られる色がついた壁画などには無機顔料がよく使われています。無機顔料は大昔から利用されていて、有機顔料より色あせしにくいという特徴があります。
一方、「有機顔料」は石油化学合成によってつくられる顔料です。つまり化学物質です。有機顔料のほうが、無機顔料よりも色が鮮やかで紙にくっつきやすい特徴があります。そのため、大量の出版物を印刷するとなると、有機顔料がメインで使われています。

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【無機顔料のひとつ、ラピスラズリの岩石】

「色があせにくい」ってどういうこと?

A子:インキの基礎知識がわかったところで、本題に入りますが、耐光インキってどうして色があせにくいのでしょうか?

杉本:耐光インキのしくみをお伝えするためには、まず色があせるしくみについてご説明したいと思います。

A子:色があせたものを普段目にするのに、考えたこともありませんでした。気になります…!

杉本:まず、エネルギーをあてると物は壊れてしまいますよね?火による熱エネルギーで物は燃えてしまうし、紫外線の光エネルギーで我々も日焼けしちゃいます。日焼けをするのは皮膚の細胞が壊されているからなんです。

A子:そうですね、日焼けで肌がヒリヒリ痛くなってしまいますよね。

杉本:そうそう、そんなふうに紫外線の光エネルギーは非常に強いのです。
先ほど言ったように有機顔料は、化学物質なんです。化学物質にエネルギーが当たると構造が壊れてしまうんですね。
紫外線の光エネルギーが顔料部分、色のついた部分に当たると、顔料の構造は壊れてしまいます。そうすると顔料の構造が変形してしまい色がでなくなる。これが「退色」のしくみなんです。

A子:色があせる時には化学変化が起こっていたんですね…!

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【あまりの面白さに身をのりだす化学好きなA子】

杉本:色がなくなって白くなると、「顔料が物体としてなくなった」とよく思われるんですが、白い部分にも顔料は確かに存在しているんです。

A子:顔料は存在するけど、紫外線の光エネルギーによって顔料の構造が壊れされているから、色がでなくなって真っ白になった…ということですか?

杉本:その通りです、A子さん。

A子:とてもおもしろいですね…!顔料の成分がどこかにいってしまったわけではないのですね。

杉本:そして、紫外線などの外的エネルギーに対して、壊れにくい頑丈な構造の顔料だけを使ったインキこそ、耐光インキなんです。
 ただし、耐光インキは絶対に色があせないということではありません。通常のインキより非常に遅い速度ですが、少しずつ耐光インキの顔料も紫外線によって壊されてはいます。

A子:ゆっくりゆっくり色があせているんですね。ちなみに、通常インキと完全に同じ色を、耐光インキでつくることはできますか?

杉本:完全に同じ色は難しいですが、大体の色は、一般の人から見れば違いがわからないくらいの色にはできると思います。
ただし、色の中にはものすごく鮮やかで、この顔料でしかでない色というものもあり、耐光インキでつくることが難しい色もありますね。

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【色の彩度(鮮やかさ)について説明する杉本さん】


色によって耐光性は違うの?

A子:赤とか青とか、色によっても耐光性は違いますか?

杉本:もちろん異なります。印刷における基本色は赤・黄・青・黒の4色で、この4色の組み合わせで色が作られています。
この中で耐光性が高いものは青と黒、耐光性が低いものは赤と黄色です。
まず、青の顔料は成分の構造が物凄くがっしりしていて、紫外線のエネルギーを当てられても壊れにくい構造なんです。色も綺麗で耐光性も高い、オール5なわけです。
また、私は先ほど印刷に使われているのは有機顔料がほとんどと言いましたが、黒の顔料は無機顔料なんです。そのため、構造が非常に強固で、色あせしにくいです。鉛筆の芯が色あせすることはないですよね。

A子:たしかに、白くなった鉛筆の芯は見たことないですね…笑

杉本:一方で、赤と黄の顔料は非常に鮮やかで綺麗ではあるんですが、構造が弱く紫外線などの外的エネルギーで簡単に壊れてしまう特性があります。
思い出してみてください、街で古いポスターをみると青や黒の色は残っているけど、それ以外の色が薄いですよね…?

A子:たしかに…!古いポスターは青っぽいイメージがあります。

杉本:ぜひ今度注目してみてください。よくわかると思いますよ。
たまに、黄色は落ちているのに赤は残っているという場合もあって、黄色は通常インキで赤だけ耐光インキ使ったんだなあとか、ついつい分析してしまいます…笑

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【インキ愛があふれる杉本さん】

耐光インキの弱点は?

A子:それなら印刷物は全部耐光インキにすればいいんじゃないかと思うんですけど、そうもいかないんでしょうか?

杉本:耐光インキにも、もちろん弱点はあります。
耐光インキに使われる顔料は、光エネルギーによって構造が壊れないようにする成分も入っているので、通常インキより色が濃く出なかったり、鮮やかさが損なわれたりすることがあります。濃く出ない色の場合は、顔料を通常よりたくさん使わなければいけません。そうすると、刷るときのなめらかさが損なわれる場合もあります。
そのため、長期間使用しないチラシなんかは耐光性よりも鮮やかさを重視して、通常インキで刷った方が良いということになります。
一方で、百科事典のように長期間使用するものになりますと、耐光インキを使いましょうということになります。

A子:なるほど!それぞれにあったインキを使うことが大切なんですね。

どんなところで使われているの?

A子:では、耐光インキは本以外にどんなところで使われていますか?

杉本:本の他には「パッケージ」「屋外ポスター」によく使われています。
例えば「食品のパッケージ」が色あせていると、それだけで「古いもの」とされて、買われなくなってしまうことがあります。そのため、賞味期限の長いものなどは特に一定期間陳列してもパッケージが色あせしないように耐光インキが使われることが多いです。
また、「屋外ポスター」は屋外で直接紫外線にさらされて、非常に色がとびやすいものの代表です。屋外で掲示する場合、紫外線対策として耐光インキが使われることもあるんですが、加えて雨や風の外的エネルギーにもさらされる場合があります。その場合には光だけでなく、雨風にも強い特別なインキ、「耐候インキ」が使用されます。ポイントは「耐こう」の「こう」が「光」ではなくて、天候の「候」になることです。この耐候性は天候に対する強さなんですよ。
基本的に濡れる環境にないものは耐光インキで十分なんですが、屋外ポスターの場合、場所によっては雨風でインキそのものがはがれてしまうことがあります。この場合は「耐候インキ」を使うことが重要になるんです。

A子:光に加えて、雨風にも強いインキがあるんですね。「耐こう性」、奥深い…!これから、パッケージやポスターの見方が変わりますね。

耐光実験結果へのフィードバック…!

A子:こちらにずらりと表紙が並んでいますが、(我が編集長は) 耐光インキを使用した表紙と通常インキを使用した表紙を、ポプラ社の会議室の窓に約半年もの間、貼り付けて日光に当て続けました。笑

杉本:ええ!半年もやられたんですね…!!!

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【18巻分の表紙がずらりと並ぶ会議室】

A子:耐光インキと通常インキで、どの巻の表紙にも違いは見られるのですが、中でも13巻・15巻が色の変化が激しいです。

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【耐光インキ(上):色はほとんど変わらない。
通常インキ(下):赤が抜けて激しく変色している。】

杉本:これは、物凄くわかりやすい結果ですね…!
まず、この13巻は先ほどご説明したように、紫外線を当て続けたことにより、顔料の構造が壊されて色が大きく変化しています。13巻のこの色は、通常インキで「変色」しやすい色の代表です。
この色は黄色と赤で作られていますが、黄色の顔料も赤の顔料も紫外線に弱いんです。そのため、変化が特に大きくなっています。
でも黄色はまだ残っていますよね?もともと黄色が赤よりたくさん入っているので、黄色は抜けてはいるものの赤よりも色が残るんですよ。
この後、日光を当て続ければ、黄色もなくなり、いずれは白くなると思います。

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【耐光インキ(上):若干の退色がみられる。
    通常インキ(下):赤と黄色がともに抜けて激しく退色している。】

杉本:次にこの15巻ですが、こちらもすごいですね…!これは13巻とは違い、既に赤も黄色もなくなった状態、つまり「退色」した状態になります。

A子:通常インキの方は何巻かもわからない状態になっていますね…耐光インキの効果が一目瞭然です。

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【耐光インキ(上):色はほとんど変わらない。
通常インキ(下):黄色が抜けて、くすんだ青に変色している。】

杉本:そして11巻も興味深いですね。13巻や15巻に比べて、通常インキでもまだ色は残ってます。でも、耐光インキは緑、通常インキはくすんだ青で全く違う色になっているじゃないですか。
もともと11巻の緑色は青・黄色・黒を混ぜて作られています。その場合、先ほどお話したように青・黒は耐光性が強いのですが、黄色が弱いので、黄色だけ抜けて、くすんだ青に「変色」してしまったのです。

A子:これまで、ご説明いただいた内容が、この実験結果にまさに反映されていたんですね。

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【インキの細かな違いを持参のルーペで確認する杉本さん】

A子:耐光インキを開発していらっしゃる杉本さんから、実験結果のフィードバックまでいただき、大変光栄です。

杉本:この実験結果は、「ポプラディア第三版」の耐光性を表す素晴らしい見本ですね!


1時間半にもおよぶインタビューで、T&K TOKAさんの耐光インキへの情熱を感じるとともに、インキの世界の面白さを実感しました。今日から、印刷物を見る目が変わりそうです。
そして、我が編集長の半年におよぶ耐光実験も大成功。さすがです…!
T&K TOKAさん・図書印刷さん、この度はご協力いただき、誠にありがとうございました!!!

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※ご注意※
・この記事の耐光実験は、紫外線を当て続ける特殊な環境下において行われたものです。直射日光の当たらない本棚で保管した場合の耐光時間と異なります。
・この記事に掲載されている「ポプラディア第三版」の表紙は全て製作途中のものです。










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