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【後編】豊かな学びの種は、田畑の中に~福島県喜多方市立堂島小学校長・橋本淳さん、農業科支援員・山田義人さん、教育委員会指導主事・中野富全さん~

前編では過去の経緯を含めて、市全体の取り組みの概要についてお聞きしました。
後編では、今回のインタビュー会場にもなった堂島小学校の子どもたちが、普段どのように農業科の授業に取り組んでいるのか、また教育における農業の価値とはいかなるものかということについて、お話を掘り下げていきました。
お三方のお言葉を聞くほどに強く感じられたのは、これからの社会を拓く上での農業の可能性。この記事をきっかけに、読者の皆さんにも、改めてそれを見つめ直していただければ嬉しいです。

(前編はこちら

一束の稲から命を感じる

千葉 ここからは、堂島小学校の農業科の様子について、さらに詳しくおうかがいできればと思います。まず、コメづくりはどのような方法で行っているのでしょうか?
 
橋本 なるべく昔ながらの農具を使って、栽培の各工程を体験できるようにしています。日常的な管理も含めたすべての作業を、機械も除草剤も使わず、子どもたちだけで行うことはさすがに無理なので、そこは農業科支援員の方々にサポートをいただいています。収穫したもち米は、保護者の皆さんを招いた「堂島フェスティバル」で味わうのが恒例です。ここ数年はコロナ禍の影響で実施できていませんが、徐々に以前のような形に戻していき、収穫の喜びを皆で共有したいと考えています。
 
千葉 自分たちで身体を動かして育て上げたコメを食べるのですから、子どもたちの喜びもひとしおでしょうね。
 
橋本 そうですね。「食べ物へ感謝する大切さを学んだ」という子どもたちの言葉からは、一連の栽培過程を体験したからこその、深い実感がこもっているのがうかがえますよ。
 
山田 子どもたちが実感を持てるのは、作物の成長に命の営みを感じ取っているからだと思います。小さな種もみが大きな稲になること、天候の違いによって育ちが違うこと。そんな一つひとつから、命の不思議さや力強さを感じてくれているはずです。
 
千葉 一束の稲にも命が宿っていると気付けることは大切ですよね。身近な人も含めた、世の中のあらゆる命に思いをはせることができる、豊かで優しい感性が育まれるはずです。
 
山田 それに関連するかと思うのですが、どうも私には、最近の世の中において食の価値が、お金でばかり測られるようになっているように感じられまして。食の中にある命の営みだったり、農業の文化としての側面が軽んじられてしまうことを危惧しています。
 
千葉 日本の農業の保護政策は、欧米の先進国と比べて不十分ですからね。国の産業や食を守るという意味ではもちろん、山田さんのおっしゃるような文化的・教育的な価値を高めるためにも、国はもっと積極的に農業を保護すべきだと思います。
 
山田 喜多方市の農業も、決して将来を楽観視できる状況ではないのですが、子どもたちには自然の厳しさと豊かさ、農村地域の互恵精神といった、お金に換えられない価値を伝えていきたいんです。

「知りたい」は体験から生まれる

千葉 GIGAスクール構想のもとで児童に一人一台の情報端末が配られるなど、子どもたちはデジタル推進の流れの中にあります。堂島小では、端末の導入によって農業科の授業に変化はありましたか?
 
橋本 少しずつ良い変化が生まれていると思います。田んぼや畑で気になるものを見つけたら、その場で画像検索もできますからね。それに今年の夏は厳しい暑さで、外に長時間いることができなかったのですが、作物の様子を画像で撮影して、校舎に戻ってから観察日記をつけることもできました。農とふれあいながらデジタルリテラシーを身につけるのは、効率的な学習のあり方だなと感じています。
 
千葉 農業はデジタル教育だけではなく、さまざまな学びの分野に結び付けられそうだなと想像するのですが、実際はいかがでしょう?
 
橋本 おっしゃる通りだと思います。堂島小でも、作物がどのようにして育つかということは理科、産業としての農業は社会科の授業に紐づけたりと、農業科を軸とした横断的な学びを進めています。
 
中野 ほかに市内の小学校では、作物の英語の名前を学んだり、畝の効率的なつくり方を算数の視点から考えたりという例がありますし、JAとの協働で田んぼの生き物観察を行っているところもありますね。
 
千葉 素晴らしいですね。農作業や作物の様子、農家の皆さんの姿など、実際にふれあったり体験したものと知識が結び付いた時、知る喜びはより大きくなります。そして、その喜びが次の学びへの意欲になる。
 
山田 特に農業や自然は、「なんでだろう」「不思議だな」にあふれていますからね。子どもたちの興味を引き出す、良いきっかけになるはずです。
 
千葉 私もまったく同感です。また、学びを発展させていく一方で、農業科で感じたことを形にする機会も重要だと思うのですが、発表の場などは設けられていますか?
 
橋本 日々の観察日記もありますし、毎年「農業科作文コンクール」を実施して、農業科での学びや気付きを表現してもらっています。
 
千葉 コンクールの作文は、私も事前にいくつか拝見しました。苦手だった野菜を好きになったり、農業をしているおじいさん、おばあさんをすごいと感じたり、小さなようで大きな子どもたちの変化が、ありありと感じられました。読みながら時々、感動で涙が出そうになりました。
 
山田 私はコンクールの審査員をやらせていただいているのですが、どの子どもたちの作文も素晴らしくて、審査をするのが非常に難しい。「本当に順位をつけるの?」って毎年思ってしまうくらいです。

 

困難と向き合ってこそ農業

千葉 私は、農業の教育的な長所の一つが、失敗を学べることだと思っているのですが、橋本先生はこの点について、いかがお感じになられますか?
 
橋本 私もそう思います。たとえば6年生は畑でスイカを育てているんですが、去年はカラスに実を食べられてしまうことが多かったんです。子どもたちが素晴らしいのは、失敗した経験から「今年はどうしようか」と考えて、自ら実践につなげたこと。今年は実が小さいうちに、用務員さんの協力でプラスチックのカバーをつけてみたところ、無事に収穫を迎えられました。あまり甘くはないものもありましたが、自分たちで育てたスイカを食べるのは、格別の喜びだったようです。
 
千葉 必ずしもおいしくできるわけではないというのも、また一つの学びですよね。
 
橋本 そうですね。店に並んでいるようなスイカが、どれほどの工夫と努力でつくられているのか、身をもって感じることができると思います。
 
千葉 中野さんは現在、指導主事のお立場ですが、その前に勤められていたのは小学校でしょうか、中学校でしょうか?
 
中野 もともと中学校の教員です。なので、学校では農業科に接する機会はなかったのですが、その影響を生徒の様子から感じることはありましたね。
 
千葉 たとえばどのようなことがありましたか?
 
中野 私はサッカー部の顧問だったのですが、生徒の中にはグラウンドの草むしりの手際がやたらと良い子もいたんです。早くサッカーがしたいからだろうなと思っていたんですが、生徒たちが言うには「農業科でやっていましたから」「結構、草むしり好きなんですよね」とのことで、びっくりしたのを覚えています。
 
千葉 その生徒たちのような考え方が、「生きる力」のように感じます。普通なら困難や嫌なこととして捉えられることでも、楽しみながら工夫して取り組めるのが、人生を力強く歩んでいく力ではないのかなと。橋本先生は「生きる力」という言葉について、いかに捉えられていますか。
 
橋本 私も少し似た考えなのですが、主体性を持ちつつ、他者とともに課題を解決していく力のことだと思います。複雑化した課題が山積する現代社会では、一人で解決できる課題ばかりではないので、誰かと協力することは欠かせません。それに付随する形で、情報収集力やコミュニケーション能力といったものが求められてくるのかなと考えています。
 
千葉 先ほどのスイカのカラス対策なんかは、まさに皆で課題を解決した例ですね。
 
橋本 はい。農業科は、子どもたちから話し合いや協力を引き出しやすいのだと思います。子どもたちは小さな問題が生じるたびに、「これ、どうしようか」「こうやればいいんじゃない」などと言い合いながら、自然と解決に向かっていくんです。そのような経験の積み重ねが、生きる力となっていくのではないでしょうか。 

まだまだ広がる農業の可能性

千葉 中野さんは教育委員会としてのお立場から、今後の農業科をどのように発展させていきたいとお考えでしょうか。
 
中野 教育委員会の基本的な役割は学校のサポート。各校の取り組みを市内の教職員の間で共有しつつ、授業を進めやすい環境づくりを徹底していきます。それと同時に、この取り組みを積極的に外部へと発信していきたいですね。
 
千葉 全国唯一の農業科ですから、外部からの視察などはたくさん来られるでしょうね。
 
中野 ありがたいことに、北海道から九州まで、全国各地の方々が視察にいらっしゃっています。実は本年度から、喜多方の取り組みをもとに、北海道の美唄市で全国2例目の農業科がスタートしたんですよ。
 
千葉 そうなんですね。そうして取り組みがどんどん広がってくことが、喜多方市の農業のブランディングにもつながるといいですね。授業の発展のさせ方には、学校や学年ごとに、さまざまな方向性が考えられると思うのですが、橋本先生としては、どのようなお考えをお持ちですか?
 
橋本 一案としては、堂島小のすぐそばにあるこども園と、農業科を通して連携するということを考えています。今も園児たちが散歩中に足を止めて、農業科の様子を眺めていくといったことがあるのですが、もっと深いつながりを築ければいいなと。
 
千葉 こども園に通っているうちに農業科を体験して、小学校に進学するような仕組みですね。多世代交流の幅がさらに広がるのは、子どもたちにとっても、地域全体にとっても良いことだと思います。山田さんはいかがでしょう?
 
山田 私は地域の大人たちへ、子どもたちの教育に貢献することの尊さを伝えていきたいですね。人は誰でも「貢献する喜び」を感じられる心を持っていると思うんです。行政が農業科を一つの教育事業と位置付けて、予算的な裏付けをすることも非常に大事ですが、多くの住民が「貢献する喜び」によって参画してこそ、取り組みは維持され、発展していくのかなと思います。
 
千葉 以前から私は、農業が世の中のさまざまな社会課題を解決する鍵になると考えてきましたし、教育に力を入れることで、地域全体が活性化されるという思いのもとで、この連載を行ってきました。今回、農業と教育の2つがしっかりと噛み合った喜多方の姿を知り、これまで考えてきたことが、決して間違いではなかったと感じられました。そして、私なりの方法でその価値を伝えていきたいと、より強く思いました。今日は皆さん、本当にありがとうございました。