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ファンタジーの中のリアリティが説得力を持つ〜『ちっちゃなつぶやき なぞなぞちゃん』さいとうしのぶ


子どもの頃に読んでいた、あの懐かしい絵本。
今お子さんに読み聞かせている、そのおもしろいお話。
これを作ったのはどんな人だろう?
どんな生活をしているんだろう? と気になりませんか。

この連載では、そんな子どもの本の作家さんに「日常生活に欠かせないもの3つ」をテーマにお話を伺っていきます。

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連載の第3回目は、『たこやきようちえん』『ちっちゃなつぶやき なぞなぞちゃん』の作者、さいとうしのぶさん。代表作である『あっちゃん あがつく たべものあいうえお』(リーブル)以来、愛らしいキャラクターとリズミカルなことばで、まるで本で一緒に遊んでいるような絵本を数々作り上げ、多くの子どもたちだけでなく、大人からも人気を博しています。
そんなさいとうさんに、絵本づくりに欠かせない3つのものを紹介してもらいました。

さいとう先生1

(ご自宅からオンラインでインタビューにお答えいただきました!)

これがなくして絵は描けない!

さいとうしのぶ_必需品リスト
必需品1

無心で草むしりしていると、子ども時代のあの日が蘇る

——必需品のひとつとして「空き地のような庭」をあげてらっしゃいます。お仕事場の敷地だそうですね。

(さいとう)4年ほど前かな。自宅から歩いて10分くらいの場所に、仕事場を構えました。家にいると切り替えができないのと、額装した絵など荷物が増えすぎちゃって。古い一軒家で、広い空き地のような庭があるんです。庭というより空き地で、車も乗り入れて停められるようなところです。

1.庭

——空き地がついていたのが、その物件を選んだ決めてだったのですか?

(さいとう)そうかもしれないですね。子どもの時は近所にいくつか空き地があって、そこで遊ぶのがとても楽しかったんですよね。季節によって色々な発見があって。

——確かに、山や海などの「ザ・自然!」という感じではなくて、空き地は身近にある自然ですね。公園のような整頓された感じもなくて。『なぞなぞちゃん』にはタンポポやチョウチョなど、身近な自然が多く描かれていますが、あれらも空き地でスケッチしたものですか?

(さいとう)そうですね。タンポポとか雑草は常に生えておりますので、トカゲとかダンゴムシもいやになるほどいる。「あの花あるかな」と思ったら、仕事場からちょちょっと庭に降りて、写真を撮ったりしています。

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(『ちっちゃなつぶやき なぞなぞちゃん』より)

(さいとう)例年だったら講演会が多くて、空き地に手をかける時間がなかったんです。いつも草ぼうぼう。でも、コロナの影響で講演会がなくなったものですから、草むしりをしたり、一部の土を掘り起こして畑にしてみたりしました。

草むしりもリフレッシュになるんですよ。ずっと絵を描いていて、煮詰まったときに草むしりをすると、爽やかな達成感があって、そこで切り替えてまた絵を描き出せます。草むしりが大変そうだからコンクリートで固めたら?っておっしゃる方もいるんですが、「いや、それはなんか、違うねんなー」って(笑)。

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——空き地の自然観察で、絵本のネタを探すこともあるんですか?

(さいとう)いえ、絵本のネタを意識して空き地にいることはないです。でも、絵を描く時は、いつも見ているものが自然と出てきているのではないかなと思います。身近に触れ合うのが、だからとても大切。この季節にはこの雑草が生えて、この虫が元気が出てくるんだ、とか。この生き物は、こういうところに生息するんだ、とか。

——確かに絵にリアリティが生まれますね。ところで、さいとうさんが絵本作家になったきっかけは何だったのでしょう。

(さいとう)短大を卒業してすぐにアパレル商社に入って、主に寝具などインテリア関連のデザインをする仕事をしていました。10年が経ち、体調を崩して人生を振り返る機会があった時、ふと小学校の卒業文集に「絵本を描く作家になりたい」と書いたことを思い出しました。30歳の時です。その時「よし、絵本作家を目指してみよう」と思ったんです。

——そこから、絵本を作るためのスクールに行って、学童でアルバイトを始めたとか。

(さいとう)ええ。当時は(自分の)子どもがいなかったので、子どもと触れ合う機会を持って、どんなことで喜び、面白がってくれるかを感じたいと思いました。

その後、私も出産をし、身近に子どもがいる生活をした時は、どんどん絵本のアイデアが湧いてきました。子どもの目線をすごく身近で感じられましたね。そういう経験があったから、今もまだ絵本を作り続けられているのだと思います。

——ところで、絵本を描いている時、さいとうさんは子どもの目線で描いていますか? それとも大人の目線で描いているのでしょうか?

(さいとう)自分が子どもになって絵を描くのではなくて、「大人だけど、子どもだったらこうみるだろうな」とか、「ここは分かるかな」「こういう表現の仕方で分かってもらえるかな」ということを、常に考えながら描いています。子どもはどういう反応するのだろうということは、常に意識していますね。

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(その目線がまさしく、たこやきたちの、生き生きのびのびとした表情に表れています!)

必需品2

描きたい瞬間にいつでも描けるよう、スタンバイ

——絵本を作るとき、どのあたりが大変だなあと感じていますか?

(さいとう)絵を描くことですねえ…(溜息)。

——えーーっ! まさかの即答でした。

(さいとう)月刊誌で最低12枚くらいは描かなきゃいけないでしょう。主人公が出てくるストーリーものだったら、例えば着ている洋服のボーダーの太さも揃えないといけないし。苦手な絵をたくさん描かなきゃならない…。

——絵本作家さんから、「絵が苦手」という言葉が出てくるとは…。

(さいとう)ヘッタクソすぎて、嫌になっちゃいます。特に乗り物だったり建物だったりという「硬い」ものが苦手です。ごまかしがきかないので…。できれば他の人に描いていただきたいくらい。

——とはいえ、絵本といえば絵がなくては。というわけで次の必需品は絵の具パレットです。これは納得の一品です。このパレットをお選びになったのは何か理由があるのでしょうか?

(さいとう)パレットの周囲の枠がたくさんあって、色数をたくさん出しておけるんですね。ここに絵の具を全色入れておくんです。仕事を始める際には、写真の端に写っている水を、周辺の絵の具の上にピュ〜〜っとかけまして、溶かしながら使っています。

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(愛用のパレット。奥には、後述の空き瓶がある)

——おお!! なんと合理的。

(さいとう)透明水彩とかはこういう風に使うことが多いと思います。私は不透明水彩(ガッシュ)を使っていて、こうした使い方は珍しいかもしれませんが、面倒なのでこのやり方(笑)。

絵の具を単色で使うことはほとんどなくて、パレットの広い面で色を合わせて使います。パレットに色を合わせる面がなくなったら、水をばーーっとかけて、雑巾で拭き取って。そういう雑な仕事でございます(笑)。

——いや、すごいです。機動力がいいですね。描きたいときにすぐ描ける。

(さいとう)そうなんです。描きたい時にすぐに描ける環境設定が大切。毎日のことなので、スタートを早くしたいんですね。パレットは毎日開いたままです。1日の仕事が終わると、パレットの上に透明のアクリル板で蓋をして終了。こうすることでホコリも入りません。

主人公の洋服や肌の色は、一貫した色にしないとならないので、画面の端に写っているジャムの空き瓶に大量に作っておいて使います。『たこやき ようちえん』のたこ焼きちゃんの色とか、影の色とか、ソースの色とかも作っていましたね。今も目の前にマスキングテープに「肌」とか「毛」とか名前を書いた瓶があります(笑)。

必需品3

線に味わいが生まれる硬筆用鉛筆

——最後は「鉛筆」です。通常の鉛筆と何かが少し違うような…?

(さいとう)これは硬筆用の鉛筆です。テレビ番組で「“はね”や“はらい”が綺麗に出て、字が綺麗になる」と紹介されていて興味を持ちました。

芯が太くて、ソフトなのが特徴です。これは8Bですが、力を入れずにすっとかけて、線に味わいが出るんです。以前は、2Hから6Bまで用途に合わせて使っていましたが、芯が硬すぎて最近は手が痛くなってしまいます。鉛筆に限らず、ペンや筆など、自分に合う画材を見つけたときは本当に嬉しいですね。

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——味わいのある線が描けた時には、それを仕上がりに残したいな、と思ったりしますか?

(さいとう)それはもう、もちろん。綺麗な下絵の線が描けた時には「この線をなんとか生かせないかなあ」って思いますね。本当は鉛筆の線のまま着色したいところですが、絵の具を塗るので、それは難しい。

今は、下絵を描いたら、その上に紙をのせて、Bの鉛筆でトレースします。それを着色し、鉛筆線を三菱色鉛筆の焦げ茶色でなぞって、輪郭線を取っています。

——かなりの手数をかけているんですね。

(さいとう)めちゃくちゃ面倒です。下書きの線も、コンピュータで取り込めばできるかもしれませんが、私は手描きにこだわりたい。「あたたかさ」っていうのは手作りで伝わると思っています。以前、手作り絵本を作っていたときも、子どもたちはすごく手作りのものに反応してくれていたんですよね。

なんと新聞に4選! 俳句の世界に魅せられて

——今後やりたいと思っていること、最近はまっていることがあれば教えてください。

(さいとう)3年目になるのかな、俳句を始めまして。それがめちゃくちゃ楽しいです。毎朝、俳句の時間を取って勉強しているんです。

——素敵です。俳句の楽しさをどのあたりに見出していますか?

(さいとう)五七五の短い文字数の中で表現したいことを詰め込む、ということはもちろん、いま、私は絵本という「ひらがなの世界」にいるじゃないですか。対して俳句は難しい漢字が沢山出てきます。もう、そういう難しい漢字や古語が楽しくて…! 調べるうちに、ああ、この言葉はこんな由来があるんだ、こんな意味があるんだと、色々なことが分かります。勉強ってこうするんだなって、今になって実感しています。

毎朝、新聞に紹介されている俳句を切り抜いて、ノートに貼りためています。実は私が作った俳句も毎日新聞に4回掲載されたんです。

——なんと!!! 素晴らしいです。そんな短期間に4句も!

(さいとう)自分の俳句が掲載されると「うわあ〜〜〜!!!」って、ひと月くらいフワフワと嬉しくて。私の絵本が雑誌に紹介されていても何も言ってこない母も、俳句が載ると連絡をくれます(笑)。絵本の中でも七五調のリズムはとても大切。言葉の選び方も、以前よりはじっくり考えて選んでいるようになったかな、とは思います。

——『たこやき ようちえん』や『あっちゃん あがつく』など、さいとうさんの絵本は、初期の頃から言葉のリズムが効果的に使われているように感じます。楽器を習っていたとか、何かその素地になることはあったのでしょうか?

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(『たこやきようちえん』でもお話の最後に楽譜がついている)

(さいとう)いえいえ! そんなことはなくて、商社に勤めていた頃にカラオケでよく歌っていたくらいです。よくスナックで歌っては、「アナタ明日からいらっしゃいよ」ってスナックのママにスカウトされていました(笑)。振り返ると、講演会でも、私はほとんど歌っているんですよね。商社時代の同僚がいまの私を見たら、きっと笑うだろうなあ。「相変わらずだなあ」って。

意外なことが人生に役立つものですよね。カラオケだって、子どもの頃の空き地遊びだって。

(インタビュー/柿本礼子)

座右の銘
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さいとうしのぶ_プロフィール


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