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【大嫌いなんて言わないで! ごきぶりだって生きている!】絵本『あっ ごきぶりだ!』刊行記念コラム



みなさん、ごきぶりって好きですか?
自分はとっても苦手でした、この本を作るまでは。

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今年の9月に刊行された、絵本作家・塚本やすしさんの『あっ ごきぶりだ!』(2020年/ポプラ社)は、ごきぶりの登場で右往左往する家族をユーモラスに描いた、読み聞かせにぴったりの爆笑パニック絵本です。

そのテーマのインパクトに目を奪われてしまいがちですが、ラフをもらった当初から、そこに一貫していたのは、「ごきぶり」をひとつの生き物として肯定する、あたたかい愛の眼差しでした。

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世間では、なんでこんなにごきぶりって嫌われているんだろう? 別にそんなに悪いことしてなくないか?

そんなことを考えているうちに、世の中には、ごきぶりを愛する人たちも沢山いることを知るようになりました。
いつしか編集者である私も、ごきぶりへ感情移入していき、気が付けば彼を殺したくない、という気持ちが芽生えていました。

そして、ある日、思いつきました。ごきぶりを愛する人たちに、この絵本を読んでもらい、「ごきぶりへの愛を語るコラム」を書いてもらおうと……。

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ゴキブリストを名乗り、その魅力を広める活動を続ける柳澤静磨さん。
アース製薬に勤め、虫ケア用品開発のためにごきぶりを飼育している有吉立さん。
過去にごきぶりを400匹飼っていたという、ミステリーハンターとしても人気の作家、篠原かをりさん。

この御三方に、絵本『あっ ごきぶりだ!』の刊行を記念したコラムを書いていただきました。三者三様の語り口で表現される「ごきぶりへの愛」を感じ取ってもらえたら幸いです。


柳澤静磨さん(ゴキブリスト・竜洋昆虫自然観察公園職員)

柳澤さん自画像

柳澤 静磨 (やなぎさわ しずま)
東京出身。新潟での学生生活を経て静岡県の竜洋昆虫自然観察公園の職員となる。ゴキブリは大の苦手だったが、2017年に石垣島にてヤエヤママダラゴキブリ、ヒメマルゴキブリと出会い、その面白さに気づく。現在はゴキブリストを名乗り、展示・イベント・講演会などでゴキブリの魅力を発信している。

――今でこそ「ゴキブリスト」を名乗っていますが……

「ピンと伸びた触角に、美しい彫刻を施されたようなハネ、すらっと長くトゲのあるしなやかなアシ。ゴキブリって、とてもかっこよくて美しいですよ!」

こういう話をすると、ほとんどの方が苦笑いを浮かべます。

私は竜洋昆虫自然観察公園という施設で昆虫担当の職員をしています。一番好きな昆虫はゴキブリ。その魅力を伝えるために、ゴキブリの展示、イベントなどに力を入れています。最近では施設外で主催される講演会にも呼んでいただけるようになったのですが、そういった場で「ゴキブリって面白いですよ!かっこいいですよ!きれいですよ!」とその魅力について語っていると、「子供の時から好きだったのですか?」とよく質問されます。実は数年前まで私はゴキブリが大嫌いでした。なぜなら、動きが早いし、走ったり止まったり飛んだり、予想のできない動きをします。さらには無断で家に入ってきたりもします。彼らが特に何もしてこないことはわかっていますが、もし体を這ったらとか、こちらに向かってきたらと思うとゾッとします。今でこそ「ゴキブリスト」を名乗っていますが、少し前であればゴキブリがチラッと視界に入れるだけで大騒ぎでした。

――ゴキブリは「嫌われている」ことも魅力の一つ

今回、絵本『あっ ごきぶりだ!』を読み、当時小学生だった私の家にゴキブリが出た時のことを思い出しました。リビングに現れたことで夕飯後のテレビタイムは大騒ぎになり、一家全員大慌てだったことを覚えています。まさに『あっ ごきぶりだ!』と同じ状況です。当時はまだゴキブリストではなかったため、私は母、弟と共にリビングから離れ、ゴキブリが走ってきても大丈夫なようにイスの上にしゃがむように避難して、ゴキブリに立ち向かう父を応援していました。家族のためにティッシュ片手にゴキブリに立ち向かっていく、あの時の父の背中は忘れられません

私はいろいろな方とゴキブリの話をする機会が多いのですが、面白いエピソードを持っている方は非常に多いです。「夜にキッチンに行ったらとても大きなゴキブリがいて悲鳴をあげた」や「顔に向かって飛んできた」といった恐怖体験から「おばあちゃんが手づかみで捕まえて外に逃がした」という家族の新たな一面を見た話など、その内容は実に様々。ゴキブリに関わる話というのはみなさん鮮明に覚えているようです。良い言い方をすれば「思い出に残っている」のだと思います。私の場合も、ゴキブリの姿が目に焼きついて離れず、また出るのではないかという不安からなかなか寝つけない夜の恐怖を、今もはっきりと思いだすことができます。しかし、大慌てだったあの時間と父の勇姿など、今となっては家族とのいい思い出です。

私はゴキブリが「嫌われている」ことも魅力の一つだと思っています。理由はいろいろあると思いますが、まったく興味がないのではなく「気になるあいつ」だからこそ無視できないのだと思います。

もし、みなさんの家にゴキブリが出ることがあったら、きっと思い出に残る一日になるだろうと、一つ深呼吸してみてください。そしてゴキブリに向き合ってみてください。このゴキブリのおかげで一つ新しい思い出ができるんだ、そう思うと少しゴキブリが愛おしくなったり……するかもしれません。


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有吉立さん(アース製薬研究開発本部生物研究課課長)

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有吉 立 (ありよし りつ)
アース製薬研究開発本部 研究部 研究業務推進室 生物研究課 課長。兵庫県出身。都内の美術学校を卒業後、家具店店員、陶芸教室などを経て、地元赤穂のアース製薬に入社、害虫の飼育員となる。害虫飼育歴約20年。

――「ついにこの日が来てしまった!」 ゴキブリ飼育担当になった時

私は、アース製薬株式会社研究部で、ゴキブリをはじめ、害虫と呼ばれる虫の飼育をしています。「ゴキブリの飼育」と聞くと驚かれる方がいらっしゃるかもしれません。でも、私が育てたゴキブリたちは、虫ケア用品(殺虫剤)の研究開発に活躍しています。

現在、このような飼育の仕事をしていますが、この仕事をする前は、私も絵本「あっ ごきぶりだ!」の登場人物たちと同様、ゴキブリが大嫌いでした。家の中で見つけたら、家族を呼んで大騒ぎしていたことを思い出しました。

仕事で初めてゴキブリの飼育担当になった時は、「ついにこの日が来てしまったーー!!」というマイナスな気持ちでいっぱいでした。ゴキブリのことを知らないときは、彼らが人間を襲ってくると真剣に思っていたからです。だから怖かったのです。でも、飼育をし始めて感じたのは、「えっ?もしかしてゴキブリも人間を怖がってる??」と気づいたことでした。よく考えれば、人間はゴキブリと比べるととてつもなく大きいし、もし私たち人間がそれくらいの大きな生き物と出会ったら、恐怖でしかないと思います。そう思うようになってから、ゴキブリのことが怖くはなくなりました。やはり、相手のことを冷静に知るということは大事ですね。

――相手を知ることで、「好き」にはなれなくても怖くなくなる

さて、ゴキブリの飼育ですが、アース製薬では現在、32種類のゴキブリを飼育しています。多いと思われるかもしれませんが、世界には4,600種類のゴキブリがおり、日本にはその内58種類が生息しています。害虫として扱われているゴキブリは少数派で、そのほとんどが生態系の中で分解者としての役目を担っています

虫ケア用品の試験に使用するゴキブリ(=家の中に入ってくるもの)は、育てやすいですが、自然界にいるゴキブリ(ペットローチと呼ばれてペットとして飼われているゴキブリも)は、結構難しいタイプもいます。家の中に出てくるものは、なんでもよく食べてくれるのですが、外にいるゴキブリは、好みがいろいろあるようです。おもしろいことでもあります。今、私がお気に入りで飼育しているのは「ルリゴキブリ」というゴキブリです。孵化幼虫は1ミリ程度で、成虫になるまでは茶色なのですが、羽化して成虫になると綺麗な瑠璃色になるんです。体長は約2センチと小さいけれどとっても綺麗なゴキブリです!! お気に入りのこの子たちには、リンゴや昆虫ゼリーなどをあげて大切に育てているのですが、あまり増えてくれないのが目下の悩みです。

世間では、ゴキブリを嫌いな人がほとんどだと思うのですが、相手を知ることで、「好き」にはなれなくても怖くなくなるかと思います。ゴキブリが人を襲うことは滅多にありません。でも、家の外から入ってきたゴキブリは家の中で悪さをすることもあるので、この絵本のように、外に出て行ってもらった方がいいですね。


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篠原かをりさん(作家)

宣材写真【篠原かをり】

篠原 かをり (しのはら かをり)
作家。1995年横浜生まれ。慶應義塾大学環境情報学部卒業、同大学院在学中。幼少の頃より生き物をこよなく愛し、自宅でネズミ、タランチュラ、モモンガ、イモリ、ドジョウなど様々な生き物の飼育経験がある。これまでに『恋する昆虫図鑑~ムシとヒトの恋愛戦略~』(文藝春秋)、『LIFE―人間が知らない生き方』(文響社)、『サバイブ<SURVIVE>-強くなければ、生き残れない』(ダイヤモンド社)、『フムフム、がってん!いきものビックリ仰天クイズ』(文藝春秋)、『ネズミのおしえ』(徳間書店)などを出版。また「世界ふしぎ発見!」「有吉ジャポン」など、テレビやラジオで活躍。雑誌連載や講演会も積極的に取り組んでいる。

――彼らは孤独なのだろうか。それとも彼らにも家族や友人がいるのだろうか

ゴキブリと対峙する時、私たちは家族でいるかもしれない。あるいは、友達や恋人、職場の人や全く知らない人と一緒にいるかもしれない。一対一でゴキブリと向き合うこともあるだろう。大抵の場合、ゴキブリは一匹で私たちの前に現れる。テラテラと光る薄い翅と長い触角をたなびかせ、単騎で乗り込んでくる。彼らは孤独なのだろうか。それとも彼らにも家族や友人がいるのだろうか

「一匹見たら百匹いると思え」という言葉がまことしやかに囁かれるように実際に百匹いるかどうかは未知数だが、その可能性は大いにあるだろう。ゴキブリは基本的に孤独とは遠い昆虫で、ゴキブリあるところにゴキブリの家族ありと言える。まず、集団の維持のために分泌されるフェロモンに対する極めて鋭敏な感覚細胞を持っているから、仲間の匂いを敏感に嗅ぎつけて集まることができるし、集団が過密になれば、自己判断で別の集団を選ぶこともできる。コロニーには様々な生育段階の個体が混在しているし、雌だけの集団でそれぞれ単位生殖を行うこともある。

――ゴキブリにおける多様な集団の在り方

卵が孵化したその日から孤高に生きることを運命付けられていることが多い昆虫類の中において、ゴキブリはかなり異色な存在だ。勿論、アリやハチのように血縁関係によって形成された巨大社会を生きる昆虫もいるし、群れになって移動する蝶や、身を寄せ合って冬の寒さを耐えるテントウムシもいる。しかし、ゴキブリほど様々な形で集団を作る昆虫はいないと思う。

クチキゴキブリの家族愛は強烈で熱情的だ。つがいになった雌雄のゴキブリは互いの翅(はね)を食らいあう。繁殖時に雌が雄を食べる例は他にもあるが、一部とは言え、互いに食い合う例は現在のところ、このクチキゴキブリしか確認されていない。この目的は完全には解き明かされていないが、つがいで定住し、共闘して子育てを行う生態を見ると覚悟の表れのように思われる。ねずみ算式に増える早熟なゴキブリのイメージからすると意外な印象を受けるだろうが、クチキゴキブリの子供はこの両親の庇護の元、数年間かけてゆっくり大人になる。

そして、ゴキブリ界最大の家族といえば、外せないのがシロアリである。何を隠そう、シロアリはアリではなく、ゴキブリに近い仲間なのだ。偶然アリに似た姿で似た生態を持っているためにシロアリと名付けられた昆虫である。アリやハチと違うところは、王シロアリを含む雄シロアリたちのコロニーにおける存在感である。アリやハチはほとんど雄不在の社会で生きている。女王の配偶者となる雄は繁殖と共に命果てるし、働きアリも働きバチも全て雌であり、女王の子孫である雄が表舞台に現れるのもやはり繁殖シーズンだけだ。だが、シロアリは姿こそよく似ているけれど、王は長寿を誇り、働くものは雌雄を問わない。

一匹のゴキブリを見たら、まずは一呼吸して百匹の家族に思いを馳せて欲しい


最後に……

それでは最後に、「ごきぶり」の枠を超えて、さまざまな愛に溢れる絵本作家・塚本やすしさんが大熱唱する、爆笑必至の『あっ ごきぶりだ!』テーマソングをお聞きください!

(文・ポプラ社編集部 齋藤侑太)


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ポプラ社の絵本(73)
『あっ ごきぶりだ!』
作・塚本やすし
https://www.poplar.co.jp/book/search/result/archive/2083073.html

塚本 やすし
1965年東京生まれ。絵本作家。主な絵本に『やきざかなの のろい』『このすしなあに』『とうめいにんげんのしょくじ』『もうじゅうはらへりくま』(以上ポプラ社)、『ことわざヒーロー★だるマン』(フレーベル館)、『ふねひこうきバスきしゃ』(くもん出版)、『ありがとうございます』(冨山房インターナショナル)、『しんでくれた』(谷川俊太郎・詩/佼成出版社)、『そのこ』(谷川俊太郎・詩/晶文社)、『戦争と平和を見つめる絵本 わたしの「やめて」』(自由と平和のための京大有志の会・作/朝日新聞出版)、その他多数。絵本の読み聞かせイベントとライブぺインティングを毎年、日本全国の図書館やイベント会場、書店等で行っている。

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