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「あなたはそこにいるだけで、かけがえのないあなたなのだ」 瀧井朝世による、大人のための『くまの子ウーフ』深読み

『くまの子ウーフ』は、ライターの瀧井朝世さん(@asayotakii)にとって、個人的に忘れられない児童書作品のひとつ。幼い頃には気づかなかった、大人だからこそ感じ入る魅力を、語っていただきました。

命の優劣を問われた衝撃

「こないだなんか、おしりでてんとうむしつぶしたよ。ウーフ、ははあなんて、わらってたじゃないか。」
 幼い頃に読んだ児童書のなかでいちばん衝撃を受けたのは、たぶんこの台詞だ。神沢利子・作、井上洋介・絵『くまの子ウーフ』(ポプラ社)所収の「ちょうちょだけに なぜなくの」。このお話のなかで、ウーフの友達、きつねのツネタが発する言葉である。

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 幼い頃の自分にとって、ウーフは大好きな友達だった。天真爛漫で空想癖があって、単純でやんちゃ。そんなウーフはもちろん、遊ぶ野原も 金色にかがやく目玉焼きも、優しくてモフモフしていそうなお母さんにも、すべてにうっとりした。だが、もっとも印象に残っているのが、冒頭のツネタの言葉だ。ウーフがあやまって死なせてしまった蝶々のお墓を作って泣いているところにやってきて、この友達はからかうのである。とんぼをとって羽がもげて死んだ時ウーフは泣かなかった、てんとうむしをつぶした時も笑っていた、と言い、さらに「さかなも肉もぱくぱくたべるくせして、は、ちょうちょだけ、どうしてかわいそうなの。おかしいや」と続ける。

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 冒頭の言葉になぜ衝撃を受けたのかというと、まずは単純に「てんとうむしが死んでも可哀想なのに!」と思ったから。蝶々とてんとう虫に優劣があるなんて、と思ったことをはっきりと憶えている(とんぼについてどう思ったかはよく憶えていない)。そこから命の優劣や存在の好悪について心のどこかで意識するようになった。蚊や蝿やGに出くわすたびに嫌がりながらも、「殺していいのか」と躊躇し、反対になんらかの虫を可愛がる時は自分の傲慢さを感じ、平然と肉を食べるたびに自分の身勝手さを自覚した。そうした自然界や人間のあり方を最初に教えてくれたのが、このお話だったのだ。

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かけがえのないあなたを肯定する物語

 大人になって読み返すと、他にもウーフの物語は大事な示唆を与えてくれていたと気づく。たとえば『くまの子ウーフ』の第1話「さかなにはなぜしたがない」では、ウーフは木やみつばちや魚など、他の生き物になることを想像する。でも結局、「したがあるからはちみつがなめられる。手があるから、おかあさんにだっこもできるよ。ああ、ぼくよかったなあ。くまの子でよかったなあ。」と喜ぶ。最終話の「くま一ぴきぶんはねずみ百匹ぶんか」では、りすのキキやねずみのチチにくまは一匹で自分たちの百匹分の水や木の実を消費してしまうとなじられるが、家に戻っておとうさんと話すうちにウーフは気づき、さけぶ。「くまは百ぴきぶんたべるから、百ぴきぶんはたらけば、いいんだ」。そしておとうさんが言う。「ねずみは、ねずみ一ぴきぶん、きつねは、きつね一ぴきぶん、はたらくのさ。だれのなんびきぶんなんかじゃないんだよ」。名言である。また、続篇の『こんにちはウーフ』の「ウーフは なんにもなれないか?」では、「ぼくはちゃんとぼくになった」と自覚する。他にも、ウーフが自分という存在と向き合い、考えるエピソードはいくつもある。

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 幼い頃にははっきりと気づかなかったが、このシリーズで繰り返し描かれるのは、自分という存在の唯一無二性と、圧倒的な自己肯定なのだ。何かに優れていなくても、失敗することがあっても、「あなたはそこにいるだけで、かけがえのないあなたなのだ」と、繰り返し訴えかけてくるのが、ウーフの物語なのである。

 その唯一無二性を補強しているのが、これがさまざまな生物が出てくる世界の話であること。くまの親戚も登場するが、ウーフの友人はきつねやうさぎであり、野原や森で出会うのも種の異なる生き物たちだ。さまざまな種が共存している描き方は動物が主人公の児童書には珍しくはないが、そうした設定が、異なる個性を持ったもの同士が共存している多様性を提示していることになる、と気づいたのは本作を読み返したから。

 そこでひとつ気になるのが、『くまの子ウーフ』の「たからがふえるといそがしい」の、キツツキ夫婦の卵を狙う蛇をウーフたちがやっつける場面。蛇だっておのれの生存のために食べ物を獲得しようとしているだけなのに、悪者だという印象を抱かせている。だが、考えてみれば、『こんにちはウーフ』に収録された「ぴかぴかのウーフ」には、ウーフが蛇のおばさんと仲良く会話を交わす場面が出てくる。同一シリーズのなかで蛇が敵としても仲間としても描かれるのはとても意味深い。特定の種を悪役と決めつけず、シチュエーションによって、もしくは個体によって立場が変わるだけなのだ、という多面性を教えてくれている、と感じるのは深読みが過ぎるだろうか。

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 大人になって読んだからこそ感じ入った点があとふたつある。ひとつはウーフが、ひたすら、とろけそうなくらい、めちゃくちゃ可愛い、という事実。もうひとつは、ウーフの両親の我が子との接し方だ。彼らは徹底的に息子に愛情を注ぎ、彼を肯定する。特に「おかあさんのたんびょうび」(『くまの子ウーフ』所収)のお話は心がじんわり温かくなる。もちろん昔読んだ時も「お母さん優しいなあ」「ウーフは愛されているなあ」とは感じていた。だが、愛情表現のなかに、しっかりと存在の肯定が表明されているのだと改めて知った。それが幼い魂にどれだけ安心を与えることか、と思わずにはいられない。この物語は大人たちに対しても、大切なことを示唆してくれる物語だ。

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瀧井朝世さんプロフィール
ライター。出版社に勤務後、フリーランスとなり、作家インタビューや書評を多く手掛けている。著書に『偏愛読書トライアングル』(新潮社)、『あの人とあの本の話』(小学館)、『ほんのよもやま話 作家対談集』(文藝春秋)。監修に岩崎書店〈恋の絵本〉シリーズ。

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「くまの子ウーフ」に新しい2つのシリーズが刊行!

50年以上愛され続けるロングセラー「くまの子ウーフ」は、今年新しい2つのシリーズを刊行しました。刊行と併せて、シュタイフとのコラボテディベアも書店店頭にて予約受付開始しています。ぜひ特設サイトをご覧になってください。
https://www.poplar.co.jp/pr/uff-steiff/

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