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きっと紙には何かが刷られていくし、印刷機が止まることはないと信じている――印刷会社「精興社」の吉島さんインタビュー

★前置きは第一回記事と同じ文面です。
過去記事をお読みくださったかたは「※※」までスクロールしてください。

「紙の本って、どうなっていくんでしょうね」

どうしてそんな話になったのか、さっぱり覚えていないのですが、製作部の藤倉さんが、ぽつりと零しました。
製作部という部署を聞きなれない人もいるかもしれませんが、本の紙や印刷加工など、本づくりを製造の部分から支えてくれる部署のことです。

※製作部のお仕事について、藤倉さんにインタビューした記事もあるので、よかったらお読みください。

――紙の本はどうなっていくのか

おりしもそれは、僕自身もずっと考えて続けていることでした。
このポプラ社一般書通信の管理人である僕こと森は、文芸編集者をやりながら、デジタルマーケティングの部署に所属しています。デジタルの視点から紙の本を考えるにつれ、「紙の本」としての可能性をあらためて感じるようになりました。デジタル化が進む中でこそ、紙の本の重要性は増していくだろうし、きっとなくなることはないのではないか。
そんな話をすると、藤倉さんはこう言いました。

「でもねえ、森さん。紙の本は残るかもしれないけど、それを取り巻く状況がけっこうヤバいことになってきてるんですよ」

2022年の春ごろ、およそ10年以上ぶりに本の用紙価格が大きく上がりました。
と思ったら半年もたたないうちにもう一度同じレベルの値上げがあり、その後も値上げが続いていて現場が慌てています。
そのほかにも、デザイナーさんから要望をもらった紙の在庫が確保できなくなってきたり、本の加工ができなくなってきたり。本の物流も限界が来ていて、まあいろいろ大変なことになっていてます。
こうした問題は、僕自身も編集者としてぼんやりと感じていました。
ただ、その現状をきちんと理解できているわけではなく、正直に言うと、いろいろ大変になってきたなあ……という認識くらいしかもっていませんでした。
一方で藤倉さんは、製作部という立場から本の製造現場と日々向き合っています。現場では様々なリアルな問題が起きており、このままでは今までのような紙の本を作り続けられなくなるのではないか。そうした危機感を感じていたのでした。

藤倉さんはこう語りました。
これまでの出版業界は、大量生産によって紙の本の価格を維持してきました。文庫や単行本の価格帯を維持できていたのは、本がたくさん売れていたからです。本がたくさん売れるから資材の価格を抑えられて、それによって手ごろな価格で本を作る。そうした構造だったのです。
でも紙の本が以前ほど売れなくなり、こうした紙の本づくりの仕組みが崩れつつあります。経営や利益構造の最適化・効率化を目指すならば、電子書籍のほうがいいのかもしれません。

じゃあ、本はすべて電子書籍になったほうがいいんでしょうか?
電子書籍でいいのであれば、紙の本って、なんなんでしょうか?

製作部にいるからこそ、「製造」に起きている現状をきちんと考えたい。
そのうえで、これからの紙の本がどうなるのかを想像し、あらたな紙の本の可能性を探したい。
だって、紙の本が好きだから――

「考えましょう、紙の本について!」
そんな熱い想いに胸をうたれた僕は、藤倉さんと固い握手と抱擁を交わしました(誇張表現)
だって、僕も紙の本が好きだから……。

そんなわけで、製作部の藤倉さんと森と二人で、いろんな人に「紙の本」について話を聞きにいくことにしました。
紙の本の「製造」の現場で何が起きているのか。それが紙の本にどんな影響をもたらしているのか。そして紙の本はこれからどうなるのか。
答えがないテーマだし、暗い現状に直面させられるかもしれません。やっぱ紙の本ってもう古いよ、という結論になるのかもしれません。でも、それをきちんと受け止めたうえで、これからの紙の本と可能性をみんなで考えていきたい。
そんなコーナーになればいいなと思っています。

★藤倉さんも森も、一個人として紙の本が大好きな人間です。そうした視点で会話をしているので、紙の本中心の発言になっている部分もあるかと思いますが、ご容赦ください。

※※

第二回目のゲストは、株式会社精興社の吉島さんにお話を伺いました。
精興社さんはポプラ社もお世話になっている、印刷会社です。出版印刷では特に絵本などを多く手がけられ、その印刷クオリティの高さには絵本作家さんや編集者も信頼を置いている印刷会社さんです。
今回は本の「印刷」という視点から、いろんなお話を聞いてきました。

<吉島さんプロフィール>
吉島直人
宮城県仙台市出身。2014年入社。文芸・専門書を中心とした出版社を担当、その後絵本を中心とした出版社も担当する。

<精興社について>

森:まず、精興社という会社について教えてください

吉島:1913年に創業し、今年で110年の印刷会社です。もともと共同印刷さんの前身の会社で働いていた白井赫太郎が独立して文字組版や活版印刷をはじめたところから会社がスタートしました。「精興社書体」というオリジナルの書体(フォント)を作ったりもしています。

今は主に印刷が事業の中心で、特に本を印刷する出版印刷がメインです。いろんな本の印刷を手掛けますが、特に絵本などの印刷でご好評をいただいております。ポプラ社さんだと『とうもろこしぬぐぞう』『ねこいる!』『車のいろ 特装版・新装版』などを手掛けさせていただきました。

(★精興社さんには児童書のnoteにて工場見学させてもらいました)

藤倉:精興社さんといえば印刷はもちろんですが、文字組版にも強い会社という印象があります。(※文字組版=活字を組み合わせて、原稿に指定されたように文字や図をページに配置する作業のこと)

吉島:組版の仕事も手掛けていて、お客さんによっては精興社のイメージは組版の会社だったり、絵本の印刷の会社だったりします。どちらも弊社の強みなので、そう言っていただけるのはとても嬉しいですね。

昼間は出版社で夜は本屋さんで働いていた

藤倉:吉島さんが入社されたのはいつですか?
吉島 2014年の4月入社で、今年で8年目です。本に関わりたくて新卒時は出版社を目指して就活していたんですが、出版とは違う業界に入社して、そこを辞めたあとに精興社に移りました。

森:では、むかしから本がお好きだったんですか?

吉島:そうですね。ずっと小説は読んでいましたし、学生時代も本屋さんでバイトしていました。同時期に出版社でもバイトをしていたので、昼間は出版社で夜は本屋さんで働いていました。

藤倉:めちゃくちゃ出版がっつりですね!

吉島:就活に使えるかな、という下心もあったんですけど、ぜんぜん使えませんでした笑

藤倉:吉島さんは営業部に所属されていますが、業務としてはどういうお仕事なんですか?

吉島:営業窓口として出版社の製作部さんや編集者さんとやりとりをしています。編集さんから受け取った原稿の整理から伝票作成、スケジュール決め、印刷現場の窓口との相談や出校されたゲラをお届けするなど、なんでもやりますね。

森:印刷現場と出版社の間の架け橋というお仕事でしょうか。

吉島:そうですね。各所の間に立って動いていく感じです。

藤倉:ゲラに大量の赤字が入ってきて、現場の職人さんが困惑することもありませんか?

吉島:あります笑 だからこそ私のような営業が間に立って、出版社さんの意見や要望を現場の人たちにお伝えしています。

印刷において色を安定させることは難しい

藤倉:営業の方がそうやってこまやかな対応をしてくださることに加えて、精興社さんは印刷会社として安定した品質管理をしてくれる印象があります。精興社さんには絵本の印刷をお願いすることが多いですが、絵本は著者の色味のこだわりもあり、すごく印刷に繊細さを求められるんです。それをいつも綺麗に刷ってくださり、感謝しています。

吉島:そう言っていただけるのは嬉しいです。印刷は注目されにくいので分かりにくいと思いますが、印刷において色を安定させることはけっこう難しいんですよ。特に絵本だと重版ごとに色がズレることもありますし。

森:印刷において「色がズレる」、つまりちょっとずつ変わっていってしまうというのは、僕も編集者になるまでぜんぜん知らなかったです。

吉島:たとえば同じ絵を刷っている間にも、少しずつ色がズレていってしまうので、微調整を繰り返す必要があります。

森:あれはなぜズレるんですか?

吉島:印刷時の熱であったり、インクが流れる中で液体の量が変わったりしてズレることがあります。また新刊と重版の色の違いの要因は環境ですね。季節ごとの温度や湿度や紙の乾き具合で変わりますし、紙のロットによっても実は微妙に色が変わったりそういった細かな環境・条件の変化に対応し、色味を安定させるため、細心の注意を払って印刷を行っています。

森:本当に印刷は生き物ですね。均一なクオリティで大量の本を刷ることの難しさを感じます……。

印刷業界の状況と精興社のとりくみ

森:いま、印刷業界の状況はどのような感じなんですか?

吉島:コロナもあって全体としては厳しいですが、精興社としてはだいぶ粘れています。弊社の場合は出版印刷が大きな柱になるので、出版社さんからの本の印刷発注はそこまで落ち込まなかったんです。ただ、チラシやパンフレットなどの商業印刷をやっている部署はイベントなどがほとんどなくなったので、これまでいただいていた発注の多くがなくなりました。

藤倉:コロナで商業印刷はめちゃくちゃ大変だと聞きますね。

吉島:最近はコロナも落ち着いてきましたが、スーパーのチラシも電子化が進んで、折り込みチラシなんかは元に戻らなかったようです。

藤倉:一方で出版印刷も出版業界のシュリンクに比例して市場が縮小していますが、精興社さんはなにか対策や新しい取り組みなどはされてますか? 

吉島:新しい取り組みというわけではないのですが、今までできなかった新規営業を増やして、出版社にかぎらずいろんな企業に飛び込んでみたりしています。

藤倉:印刷は精興社さんがいいという著者や編集者も多いですが、精興社さんが疲弊してしまって、この本はもうできないと言われてしまっては我々も困ります。そんな中でいろいろ模索してくださっているのは心強くありがたいです。

吉島:印刷会社として色々な仕事が増えてきていますが、私個人としては印刷機を回してなんぼだと思っています。印刷物が減ってもきっと紙には何かが刷られていくと思いますし、印刷機が止まることはまだまだないと信じています。

ここ1、2年でいちばんきつくなったのは圧倒的に電気代

藤倉:昔に比べて初版や重版の数は減ってきていますか?

吉島:初版部数は10年20年のスパンで見るとだいぶ減っていますし、重版も減っています。うちは創業から約110年たってますが、その間にいただいた本のお仕事の重版に支えられているので、売上としては重版の印刷の割合が多いんですよ。だから新刊の部数的には実はそこまで変わっていなくても、重版でいただいていた注文が減って全体的な売り上げが厳しくなっている印象ですね。

藤倉:最近のシビアな話として原材料などあらゆるものが値上がりしていますが、現場の状況としていかがですか?

吉島:それはみんな問題意識を持っていています。インクも値上げがありましたが、ここ1、2年でいちばんきつくなったのは圧倒的に電気代ですね。印刷機ってけっこう電気代を喰うので、会社全体で何倍にも電気代が上がってます

藤倉:ええ! めちゃくちゃ上がってるじゃないですか!

吉島:そうなんです。なんとか社内努力で吸収して頑張っています。

藤倉:それって社内努力だけでコストカットできるわけはないので、単純に利益率が下がっているわけですよね。

吉島:そうですね。なのでどこかで値上げの決断をしなければいけないかもしれません。

藤倉:本は出版社が作っているのではなくて、最後は印刷会社さんや製本会社さんが作ってくれていますが、そこの利益率が低下して疲弊するのは不健全だと思うんです。でも、出版業界の話をするときに取次や書店の現状の問題はよく話題になりますが、あまり製造工程の話は出ない気がしているんです。

吉島:書店の減少の話はよくいわれますけど、印刷会社もどんどん減っていますからね。

小ロットのPOD印刷はビジネスとして正しいのか

吉島:出版印刷の量も減っていますし、大量印刷が前提の社会が変わりつつあるので、小ロットでの印刷という話もだいぶ出てきています。弊社も小ロット印刷専用のオンデマンド印刷機を一時期動かしていたんですが、なかなか生産性が上がらないしトラブルも多いし利益も少ないので、現在は縮小しています。

藤倉:いわゆるPOD(プリント・オン・デマンド)って商売としては成立しづらいなと思っていて、本が小ロットで印刷できるとしても、年間に一部刷って利益1000円だったとしたら、それを仕事として続けるのかは難しいですよね。(※プリント・オン・デマンド=少部数で印刷できる仕組み。通常の印刷機は大量に刷らないといけないが、PODを活用できると1部単位から本を作ることができる)
在庫リスクに対応したショートランという運用の考え方は出版社として取り組まなければいけないと思っています。ただPODだったら1部から本が作れるという認識のみ広まってしまうと、実態と乖離してしまいます。

森:PODってビジネス視点だけ考えると、実はだれも得をしないような気がしているんですよ。

吉島:そうですね。出版印刷においての究極のサービス業になりますよね。

森:PODが活用できると、出版社としては「絶版はありません!」と言えて紙の本を残すことができますし、それはとても意義のあることですが、じゃあ一年間にその本を10冊売ることがビジネスとして正しいのだろうかと思うときがあります。

吉島:だからあれが主体になるイメージは想像ができないですね。重版をするときに本来は1000部以上じゃないと採算が合わないけど、それ以下の部数でも対応ができます、みたいな話になっていくと、印刷会社と出版社のビジネスモデルを見直すしかないですからね。

紙の本の情報量の多さ

藤倉:話は変わりますが、吉島さんは電子書籍は読まれますか?

吉島:コミックは読みます。ただ、小説は肌に合わなくてやめました。電子だと読んでいる感覚がなくて入ってこないのが正直な感想ですね。本を読んでいてあとこれくらいで終わるなというのが視覚的にわかるのが読書体験として好きで、それが味わえないのに物足りなさがあります。

森:物理的な厚みがあることで、読み終えた達成感もありますよね。

吉島:そうなんですよ。あと厚みが好きなのは、読み終えた本を本棚にさすところですね。コレクター精神の一つなのかな

藤倉:紙の本ってコレクションしたり本棚に飾ってインテリアの一部にできるところも魅力の一つですよね。本棚って整理されているのもいいけど、整理されずに雑然と突っ込まれてるのもいいですよね。

森:デジタル上でも本棚的なものは作れるじゃないですか。それとリアルの本棚と何が違うんだろうと考えていたんですが、要素の一つとして、雑然性があるのかもしれないですね。適当に突っ込める良さ。

藤倉:大学時代の教授の部屋がすごく好きで、本棚に入りきらないから本がいたるところに積まれていたり変なところに突っ込まれてるの、めちゃくちゃかっこいいなと思ってました。

森:雑然性で思いましたが、紙の本って情報量が意外と多いですよね。印刷の感じや紙の手触りや箔のキラキラとかスピンがかわいいとか。そういうところの密度もある気がします。

吉島:実は物としていろんな楽しみ方ができますよね。

森:劣化もいとおしいなと最近思うようになってきて、たとえば子供の時に読んでた本を見たときに、このページを破ったのは小学1年生の時だったなあとか過去を懐かしむことがあって、痛みや汚れも実は情報量だったんじゃないかなと。

藤倉:自分が持っていて古くなった本もそうですけど、古書店であったり、親の実家に行って出てきたすごい古い本とかも、焼けて色あせた感じが魅力に感じたりしますね

芸術作品に近い気概を持って作っている

吉島:印刷の観点で見ると、電子書籍は色の保証ができないんですよ。デバイスやモニターによって全部違うし、人によって明るさとかを調整している人もいます。

藤倉:著者と編集者と一緒にこだわりの色を綺麗に印刷できたとしても、電子書籍では見せたい色味の通りに届いていない可能性があるわけですね。

吉島:そうですね。電子化したものが違う見え方をするかもしれない。

藤倉:イラストも本のサイズで見られる前提で描かれるところもあるから、デジタルで拡大縮小ができてしまうと印象が違ったりするかもしれないですね。

吉島:印刷や紙の本の良さは、印刷視点では作り手の意図通りに届けられるというところかもしれませんね。もちろん、受け手の自由であることも理解していますが。

藤倉:でも、印刷において色味をどれくらいこだわっているかはぜひ知ってほしいですね。出来に納得がいかないと、刷りなおしもしていますから。芸術作品とは言いませんが、それくらいの気概を持って作っているところもあります。

吉島:工業生産なんだけど、ほぼオーダーメイドで作ってるんですよね。近い仕様の本はありますけど、なにかしらちょっとだけ違うんです。だからこそ個人的にはすごく面白い仕事だと思っています。

森:全国の書店に、あれだけたくさんの本が、あの芸術に近いクオリティで並んでるのは、けっこう奇跡なんだなって思いました。本当にいつもありがとうございます。

(イメージ通りの色味で刷られるように、一枚一枚確認・調整をしています)

本づくりを止めないためにも、印刷を続けていきたい

藤倉:最後になりますが、これまでお話を伺ってきたように、印刷業界も大変な状況な中で、大手の会社さんだと印刷以外の領域に進出して売り上げを確保されているところもあります。いっぽう、御社のように印刷一本でやられている会社は、この先の未来をどうお考えですか。

吉島:未来のことはわかりませんが、私個人としては本はなくならないと思ってますし、会社の人間もみなそう思ってます。だからこそ本づくりを止めないためにも、印刷を続けていきたいですね。そこでウチがギブアップしたりしてしまうと、これまで弊社が印刷で関わってきた本達も失われることになってしまいます。そういう意味でも絶対にこの会社をつぶすわけにはいかないという気持ちでやっています。効率よくコストを下げながら印刷機を回していく方法を考えたり、デジタル印刷も取り入れて小ロットの対応を考えたり、印刷屋という側面でまだまだ改善できることや可能性もあると思っているので、印刷機を回しながらやれることをやっていきたいなと思います。

藤倉:心強いお言葉、嬉しいです。今日はありがとうございました。

(構成・編集:文芸編集部 森潤也

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