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大変なのは、「問題」が絶対に起きないようにすること――出版社の「製作部」が語る、本音のお仕事

出版社の仕事――と言われて、みなさんは何を思い浮かべるでしょうか?

作家さんの本づくりをサポートする編集、本を売る営業……。
たしかにこれらは一番イメージしやすいお仕事だと思います。

でも、出版社の仕事は、ほかにもいろいろあるんです。

そして、その人たちの情熱と支えによって、本というコンテンツを色んな人に届けられています。

このコーナーでは、「あんまり知られていない出版社のいろんなお仕事」をお届けしていきます。
とはいえ、ここはせっかくのポプラ社一般書通信の場。
会社案内に載るようなよそいきのお仕事紹介ではなく、リアルな悩みや苦労など、中の人たちの「本音」=「B面」の部分も楽しくお届けしていきたいと思います。

第一回のゲストは、製作部の藤倉泰樹さんです。

みなさん、製作部って、どんなお仕事をしているかご存知ですか――?
(聞き手:文芸編集部 森潤也)

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(いつも爽やかな藤倉さん)

製作部って、なんですか?

 製作部ってどういう部署ですか? 製作部自体ががない出版社もありますよね。

藤倉 そうですね。そもそも製作部がない出版社もありますし、製作部の役割は出版社によって違います。ポプラ社は各編集者が印刷会社の担当さんと直接ゲラのやりとりを行いますが、入稿ゲラをすべて製作部がチェックする出版社もあるそうです。
だから製作部の仕事はいちがいに言えないですけど、基本的には本の物づくりの部分……印刷、製本、加工の発注・進行管理ですね。あとは用紙の選定、発注、確保や原価管理をしています。
編集は本の中身を作り営業はそれを売りますが、中身を「本」という形にしないと営業も売れない。その「本」という形に落としこむところが製作部の役割かなと思います。

 具体的な仕事として、本づくりに製作部はどう関わっていくんですか?

藤倉 ポプラ社の場合の話になりますけど、まず編集から本の仕様の相談をもらいます。その上で本をどういう形にするのか、どういう紙を使うのか、どういう印刷をするのか決めていき、それに合わせて原価を確認して、発注先をどこにするかを製作部で決めていきます。
一般書だと、本の仕様は編集と外部のデザイナーさんで決めていることが多いので、デザイナーさんから仕様と用紙の希望を貰います。その時にその仕様で目標とする仕上がりになるか、在庫のある用紙か、原価が上がってしまう要因や、その他考えられるリスクはないか、などを製作部がチェックします。何かしらの要因でその仕様が難しそうな場合は、代替用紙や仕様を提案したり、印刷会社さんや用紙の代理店さんと相談しながら調整を行ったりしています。

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(児童書から一般書まで。本の「形」はさまざま)

 ポプラ社は児童書から一般書まで色んなジャンルの本を出していますが、製作部的な視点で児童書と一般書で違ったりすることはありますか?

藤倉 一般書は外部デザイナーさんから仕様の指定がくることが多いですが、児童書は製作部から「こういう紙はどう?」と仕様を提案したりもします。ポプラ社特注の本文用紙もあるので。

 えええ! それは知りませんでした。

藤倉 ポプラ社は幼年童話で人気の作品が多いので、そのジャンルの本に関しては特別な用紙があります。印刷の発色だとか、ページ数が少なくても子供が読みやすい厚さだとか、こちらの要望に合わせて特注で作ってもらっているそうです。

 ポプラ社オリジナルの用紙があったとは……。ほかにオリジナルの紙はあるんですか?

藤倉 今はそれくらいですけど、昔はほかにもいくつか特注の紙があったらしいですね。
特注の用紙を作りたくても、作るにあたっての最低ロットがありますし、紙は意外と長期在庫ができないので、決まった期間にその量が消化できないといけません。そうなると、その条件をクリアできるほどの企画はなかなかないんです。
逆に言うと、ポプラ社の幼年童話はしっかりたくさんの本を作れているから、オリジナルの紙を作れるわけです。

本の形や存在が好きだった

 僕たち編集者は、作りたい本をイメージして、その仕様について製作部と相談しますが、そこでいろんな現実が出てくるわけです。
デザイナーさんとこんな紙を使いたい! と盛り上がっても、価格の問題だったり、その紙は色のノリが悪いとか、そういう現実的な問題があります。
そこまでの知識は僕たちにはないので、そこを製作部が見極めてくれるのは、ありがたいしすごいなあといつも思います。

藤倉 もちろん製作部での経験もありますし、私の場合は新卒で5年間印刷会社に勤めていたので、印刷という部分での可能性やリスクはある程度体験としてわかる部分もあります。
取引先とも相談してリスクを聞いたりするので、それらを合わせると、編集からの要望の現実的じゃない部分がうっすら見えてくるので、ちゃんと伝えるようにしています。

 新卒で印刷会社に入ったのは、どういう経緯だったんですか?

藤倉 昔から本が好きだったんです。でも、自分が出版社に入って本を作っていいのか、みたいな悩みがありました。
そう思った時に、自分は本を読むだけでなく、本棚に本が詰まっていくのがすごく好きだなあと思ったんです。本の形だったり存在そのものが好きだったんだな、と考えて、それを支える本づくりをしたいと思い、印刷会社を志望しました。
印刷会社で働いていて印象に残っているのが、当時の上司の言葉です。
「俺たち印刷会社は色んなものを作っているが、出版部門は『取引先の商品』を作っているんだ。だからプライドを持ってやれ」
印刷会社はパッケージやチラシなど色んなものを手掛けていていますが、本は印刷されたそのものが商品なんですよ。著者や出版社が魂を込めて作った物を、お客様の手に届くように形にするのが出版印刷の仕事だと言われたんです。

 なるほど、たしかに……。それ、めちゃくちゃいい話ですね。

藤倉 そうなんですよ。たしかに、出版社は内容は作れるけど本そのものは作れないんですよね。だから、本を「物」にする部分を担うのは、責任もあるけどすごい仕事だなと思いました。

 本当にそう思います。

藤倉 印刷会社で働いていた5年間は、大変なことも多かったけど、楽しくてやりがいもありました。そのあとに縁があってポプラ社に入ったのは、やっぱりもう少し本の中身に近づきたいな、という思いはありましたね。

 僕も本が大好きだったんですけど、趣味を仕事にしたら不幸になると思って出版社はほとんど就活で受けなかったんですよ。でも、本、というか物語づくりを支えたかったので、「言葉を紡ぐには筆記用具がいる!」という発想の元、文具メーカーとか受けてましたね。だから藤倉さんの気持ちがよく分かります。

藤倉 我々の就活の時ってどえらい就職氷河期だったじゃないですか。(※藤倉さんと森は同世代で、リーマンショック直後の就職氷河期を経験しています)
だから最初は手当たり次第にいろんな所を受けてたんですけど、ふと我に返って自分を見つめ直した時に、やっぱり本に関わりたいという思いが残りました。

 でも、そこから印刷という選択をされたのも素晴らしいですね。まあ文具を志望した僕に言えた話ではないですけど。

藤倉 そうですね(笑)。本って出来上がる形と内容しか見えないので、そこから想像しやすいのはやはり出版社だと思うんです。だから今思うと、自分でもよく印刷という道にいったなと思います。

「印刷」というものの難しさ

 製作部の仕事において、大変なことは何ですか?

藤倉 本の最終工程を担う部分なので、そこで何かあったら大問題なんです。だから大変なことといえば、絶対に問題が起きないように、すべての本に目を配ることですね。

 カバーや奥付に致命的な誤植がある……とかはイメージしやすい大問題ですが、製作的に起こりうる「問題」とは、たとえばどんなものですか。

藤倉 本の製造上のトラブルが製作的な「問題」なんですけど、一番よくあるのは、色がずれてしまうことですね。

 いわゆる版ズレですか?
(※版ズレ:多色刷り印刷の際に、重ねて印刷する色の版がずれていること。色が重なる部分の輪郭がぼやけたりしてしまう)

藤倉 版ズレだけでなく、濃度がおかしかったり、色調整ができていなかったりですね。やはり印刷って生き物なので、思いもよらないことが起きるんです。

 そう、それ! その「印刷が生き物」という概念は、実は編集をやるまで僕もわからなかったんです。

藤倉 あー、なるほど!

 いまやデジタル印刷の時代なので、正直に言うと、数値で指定した色がその通りにぺろっと印刷されるものと思っていました。でも編集の仕事をして、印刷ってそんな単純なものではないんだなあ……と。

藤倉 そうなんですよ。印刷見本である色校正を印刷会社とやりとりして、色味を決めていきますが、色校正はあくまで色の目標なんですよ。その色校正を目標にして印刷の機械を回しますけど、ボタンを押したら終了ではなく、印刷開始から終了まで常に調整しながらやっています。

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(印刷の色味を確認するための色見本)


 調整するのはインキの厚みとか、そういうものですか。

藤倉 そうですね。カラーの場合は基本的に4色のインキのバランスを調整しながら印刷していきます。でも色って気温や湿度によっても変わるし、インキの練りによっても変わるし、紙の状態によっても変わります。一度調整しても時間がたつとまた印刷環境が変わるので、定期的に状況を見ながら調整しています。
なかなか見えにくい所ではありますが、問題なく本が出せているのは、印刷会社さんの努力に支えられている部分は大きいですね。

 じゃあ、すっごく厳密なことを言うと、店頭に並ぶ本はどれも見た目が同じように印刷されていますが、それぞれの本は微妙に色が違うわけですね。

藤倉 限りなく一緒に見えるように作っていますが、ものすごく厳密に言うとそういうことですね。


用紙の確保の難しさ

藤倉 ほかに大変なことだと、用紙の確保ですね。最近よくニュースにもなっていますが、製紙会社さんがどこも出版用紙の売り上げがよくないんですよ。

 それは出版市場が小さくなってきているから、出版用紙の売り上げが落ちているということですか。

藤倉 出版の用紙って特殊なんです。たいていの商品は製造の時期や量がきまっていますけど、出版は重版が不定期にどんどん入るから、常に用紙の在庫がある状況であって欲しいわけです。ただ、動くかどうかわからない在庫を持ち続ける側はリスクでしかないし、実際に動かないまま時間が経ってしまうと、その紙が使えなくなることもあります。
今までは本がたくさん売れていたから、製紙会社さんや代理店さんがそのリスクをある程度負えていたところがありました。でも最近は本の売り上げが落ちているので、製紙会社さんも在庫をあまり持ち過ぎないようにしています。
だから「この紙が欲しい」と言っても、すぐに調達ができなくなっているわけです。
でもポプラ社としては、先々に刊行される本のために、その紙を確保しないといけません。
きちんと紙を確保しておかないと、いざ作る時に、その紙はありません、となってしまうので……。
紙は作るのに時間がかかるので、数か月前、モノによっては半年前くらいから、先々これくらいの量を使う予定があります、という情報を各所に共有しないといけないんです。
でも、編集者さんも半年前に作る本の紙や部数を判断できないと思うので、そのへんの調整をするのはなかなか大変です。
ここ数年で紙の状況はどんどん変わってきていて、その中で対応していかなければいけないというのは苦労していますね。

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(なにげなく読んでいる本の用紙には、意外な苦労があるのです)


困った時に正しい相手に聞く

 今日のインタビューをしていてあらためて思いますが、製作部の人たちは、印刷や紙など本当に色んな知識をお持ちですよね。

藤倉 たしかに製作部のメンバーは幅広い知識を持っていますけど、ある意味で深い知識がなくてもできる側面はあります。
印刷であれば印刷会社さん、製本に関しては製本会社さん、といったように、仕事でやりとりする相手がそれぞれのプロなので、何か問題や疑問があったときに、適切な相手に適切な質問ができる力のほうが重要な気がします。
必要な情報を正しい人からもらえるか、そしてその繋がりをもっているか、ということでしょうか。

 なるほど。製作部って知識的な部分をすごく求められるのかなと思っていました。

藤倉 もちろん、あるに越したことはないし必要ですけれど、紙もたくさん種類がありますし、すべてを知ることは難しいと思います。また、「紙に含まれてるこの物質が原因で……」みたいな細かい問題が起きたら、それはやはり紙のプロにみて貰ってた方がいいし、「この紙と印刷って相性合いますか?」みたいな質問については印刷会社さんのほうが詳しくて最先端の情報を持っていたりします。
だから、困ったら正しい相手に聞く、ということを心掛けています。

 「困った時に正しい相手に聞く」というのは、どの仕事においても当たり前のことのようで、意外と難しいことでもありますよね。

藤倉 自分では分からないことをちゃんと聞くということは、製作部は特に大事だと思います。なんとなく経験値から大丈夫だろう……で進めてしまうとリスクを残してしまいます。
著者さん・デザイナーさん・編集さんが望んだものをその通りにしっかり作らないといけないので、少しでもリスクを残さないようにしたいと思っています。

 もう本当に製作部のみなさんのおかげで、本が出来ています。

藤倉 いや、製作部も取引先のみなさんにお願いして作ってもらっていますから(笑)


製作部の楽しさ

 製作部としての楽しさはどういったところですか?

藤倉 私はすごく製作部の仕事が好きなんですけど、物づくりが好きな人には楽しい仕事だと思います。
デザイナーさんが提案してきた仕様を頭の中で想像して、この紙を使うならこの印刷かなとか考えて、実際にイラストを見せて貰った時に、これだったらああしたら色が映えるかなとか、いろいろ考えながら進行していくのは物づくりの楽しさがあります。
そのうえで、完成した「物」としての本を見た時の喜びはひとしおですね。

 その楽しさは、「紙の本の魅力」という部分ともつながるかもしれませんね。

藤倉 紙の本の部数が全体的に減ってきている状況で、大量生産前提の本の作り方も変わっていくのではないかと思います。でも悪いことだけでなくて、それによって挑戦できることややれることも増える可能性があると思うんです。だからこそ、製作部の立場からいろんな本づくりの形を考えてみたいし、どんどん提案していきたいです。

 本のあり方がどんどん変わっていく中で、製作部のみなさんにそうした新しい可能性を提示してもらえると、僕たち編集者も刺激になります。また、編集者には考えつきもしない本づくりの形もきっとあると思うので、製作部と編集者が一緒になっていろんなチャレンジをしていきたいですね。

藤倉 いろいろやっていきましょう!

 製作部の仕事やその苦労について、ちゃんと知ることはあまりなかったので、僕もすごく勉強になりました。いつも助けていただいてばかりですが、本当に製作部のみなさんの細やかなお仕事によって、「物」としての本が世に届けられているんだと思います。
本当に今日はありがとうございました。

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