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少女レイ(みきとP)歌詞 考察小説 #5

今回はポップスではなく、ボカロの世界観から着想を得ました。
普段とは一味違う世界観です。


ずっと、見ていた。授業中寝息を立てる姿も、クラスメイトのみんなを集めて学食のパンを貪っている姿も。
憧れだった。雑念が渦巻く教室、ひと際光を放つ君みたいになれたなら、人生どんなに美しく彩られるだろうか。
狂い鳴く蝉の声が、木霊する。
 

終業のチャイムが鳴る。勝手に与えられた時間に、どこか諦めを感じていた。淡々と過ぎる毎日がどこか物足りなくて、でも一人にはなりたくなくて、その場限りの仲間と仲良く楽しそうに時間を費やす。呼吸を止めて、とりあえず誘われれば付き合って、ありきたりな話題を散りばめる。

授業後教室の中心部、常に5人グループの中心だった君は、固く定められた時間を取り戻すかのように、軽やかに伸びをした。ヘアゴムから解放された艶やかな髪は、エアコンの風に揺られる。
学食行ってくる、仲間にそう告げた君の姿を見送る。僕も、委員の仕事をする、つられたみたいに、仲間に告げる。二つのスカートが揺れる。

昼休みは、図書館にいると幸せだ。誰からも干渉されない、自分だけの空間。エネルギーの補給より、膨大な時間を少しでも忘れさせてくれる世界の方が、没入することに価値を感じる。
君は、決まって仲間を引き連れない昼休みに現れる。毎日必ず一冊本を借り、何事もなかったかのように購入したパンを持って教室へ帰る。本の存在を悟られないまま、仲間とパンを貪っているらしい。図書委員の僕は、貸出履歴を知っていた。教室のにぎやかな君とは違う、本を取ろうと懸命に背伸びをする姿、単行本以外のコーナーを見つめるおぼろげな表情。履歴をたどるたび、その豊かさに、趣向に興味を持った。

一度、返却された本を読んでみたことがある。どうやら、紐の栞を使わない主義らしい。奥付に、貸出時のレシートが挟まったままになっていた。ふと思い立ち、貸出時にレンゲソウを押し花にした栞を渡した。弾かれたように、僕を見つめる。数秒、戸惑った空気が流れたあと、耳元で「内緒」と囁かれた。静かな声だった。

ほどいた髪から香る整髪料と汗の匂いはひどく煽情的で、クラクラした。
 

君が僕を認知したその日から、密やかな関係は続いた。教室では干渉しあうことなく、昼休みには二人だけの世界に没入した。愛すべき空間、時間を遮られぬよう、教室では話さず、図書館集合に留めた。いつの間にか君は、学食へ行く回数も減っていた。

期末テストも過ぎて成績が返されたころ、夏休みが訪れた。両者幸い補講もなく、流れゆく鬱屈とした時間に抵抗するかのように、夏盛り、少し都心のショッピングモールに出かけた。制服を脱いだ白い肌は、太陽の光を反射している。プリクラを撮影し、お揃いのキーホルダーを買った。今までお揃いのものって、買ったことなかった!とはしゃぐ姿が、なんとも無邪気だ。こちらまで自然と笑顔がこぼれてしまう。ピンクと青の服を着たクマは、バッグの隅で揺れていた。

昼食を摂って歩き疲れた頃、書店と併設のカフェに立ち寄った。蝉の声も日差しも届かず、お互いがお互いの世界観に籠り続けた。新たな本を探そうと本棚を見つめている姿は、どこか人生を悟っているかのようで、目が離せない。何度もコーヒーをおかわりしながら、視線の先をたどった。君が選ぶ書籍は、僕にはわからなかった。僕が選ぶ書籍も、君にはわからないように。秘密の共有、純粋な興味。遠く及ばないと思っていた君の、想定外のあどけなさ。その瑞々しさと純度に、何度心洗われただろうか。傍にいることで、混沌とした未来も払拭される気がした。

ショッピングの帰り、熱に浮かされていた。掴めそうで掴めない、逃げ水のような儚さ。溢れる思いが渦を巻き、公園の木陰、湿り気交じりのその声で、抱えてきた心情を伝えた。
蝉が、五月蠅かった。耳には、静寂が木霊した。
 

あの日以来、君とは会っていない。そのまま新学期が明けた。
図書館には来なくなり、教室で仲間と話すようになった。聞くところによると、昼休みにはお弁当を持ってくるようになったらしい。放課後担当の図書委員の子が最近見慣れない美形の子が来る、と言っていたので、毎日訪れる習慣は変わっていないようだ。

放課後に君が来館する姿を確認してから、早朝クラスで一番に到着し、君の机にレンゲを置いた。凝りもせず、誰にも気づかれないように花を添え、それを持ち帰る彼女に暗い安堵感を得ていた。

ある朝、花を交換しようと教室へ戻ると、君の仲間のクラスメイトが到着していた。最近早く来校するようになってから、不審に思われていたらしい。囲まれ、詰め寄られた。気持ち悪い、目的は何?、嫌がってるからやめなよ。こんなの、全体像の暴力だ。僕は、何も答えなかった。飄々として見えたのが苛立ったのだろう、一人が僕を突き飛ばした。宙を舞った花瓶は粉々になった。背を向けて砕け散った破片を丁寧に拾い集め、指から血が流れた。こぼれた水で、スカートが濡れる。振り返り、君の図書館での行動を伝えた。以前から隠れて本を読んでいること。それは仲間たちと一緒にいることが苦痛で、何か不満があるからかもしれないこと。実際、履歴は人間関係を中心としたテーマの作品が多かった。少なからず、悩んでいたはずだ。仲間たちは案の定、口々に僕の言葉を否定した。

翌日、行動とは裏腹に、何かを感じ取ったらしい獣たちは、じょじょに本性を現しはじめた。露骨に君を避け始め、放課後の図書館へ居座るようになった。君のスクールバックからお揃いのキーホルダーは消え、校内の大木にいる、蝉の声が大きくなった。どこか、息易さを感じた。絶対に助けを求めてくる。また、昼休みに話したい。君が一人なように、僕も一人だ。居場所なんてないんだから。

図書館を飛び出して、呼吸を止める。吐いて吸って、また吐き出す。
ごちゃ混ぜになったシンドロームから抜け出して、蝉の声さえ聞こえない、透き通った世界で愛し合えたなら。
 

授業中、何度もあの夏の日を思い出す。思えばあの日から、全てが裏返った。木陰の元の静寂は、君の悲鳴によってかき消された。泣いていた。元に戻れないことは、確信していた。でも、過ちとして片づけたくはないから。頭からつま先までぐっしょりと濡らされた君は、今日もクラスの中心で授業を聞いている。髪はたなびかない。
繰り返すフラッシュバック、蝉の声、二度とは帰らぬ君。

友達、トモダチ、ともだち…どんな表記でも、どんな言葉にも置き換えられないその意味。仲間か、はたまた獣か。日々の退屈を紛らわすためだけの存在、どこか分かり合えるかと思っていた相手からの拒絶。やるせなさ。勝手に期待した自分への失望。哀しいほどとらわれていることに、自責を感じる自分。
この虚無を、孤独を、少しでも味わえばいい。枯渇した青春という泉の中で一人、君も彷徨ってしまえばいい。

君はふいに、立ち上がった。僕も、後を追った。学校を飛び出し、無言のまま二人、渡ると海が見える踏切をながめた。君は笑っていた。でも、泣いていた。色褪せて透明になった君を、抱き寄せた。
手を惹かれるまま、踏切へと飛び出した。

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