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[12]フリーキャッシュフロー:原典と実務

「税引後の、貸付人(Debt Holders)と株主(Equity Holders)に充てられるフリーキャッシュフロー(FCF)は<自由に使えるお金>らしいけれど、Debtの返済は自由じゃないよね」「式がいくつかあるけれど、手間だったり、簡単でも不正確なのは使いたくない」

今回はFCFについて、原典に基づく事で実務に適う捉え方が何なのかを見ていきます。

企業が「自由に使えるお金」なのか

FCFは1986年のAmerican Economic Review誌でMichael Jensen氏により提唱された概念ですが、その定義には"more cash than profitable investment opportunities"等の表現による「余分な」のニュアンスが含まれています。

しかし、それは「株主に対し経営者が吐き出す(disgorge)」対象としてであり、更には「Debtが経営者の裁量(discretion)で使えるお金を削る」旨の言及もあります。よく、企業が自由に使えるお金とFCFが定義づけられる事がありますが、その意味は元から無いのです(「フリー "free"」の捉え方については後述します)。

この論文でFCFが定性的に纏められた後、利息(純金融費用)前・税引後利益(NOPLAT:Net Operating Profit Less Adjusted Tax)及び償却類、運転資金、投資額を交え定量的に纏められたのが、1990年の初版から重版が続くマッキンゼーの『Valuation』です。

実務に適うNOPLATの算出式

『Valuation』で、FCFは以下の数式として定義づけられました。
FCF = NOPLAT + 非資金性費用(償却類) - 運転資金向けを含む投資額
ここでは「NOPLATの算出式」に着目します。

よく、NOPLATが"Operating Profit"という事で「NOPLAT = 営業利益 ×(1 - 税率)」が算出式として出ますが、営業外・特別損益が恒常化する実状から不正確さを拭えません。国際会計基準(IFRS)等で営業利益の表示が無い時に代替としてEBIT(利息前・税引前利益)を算出するのも手間です。勿論、プラットフォームが呈示するEBITを鵜呑みにできない心情もよく解ります。

「利息前」に則った「NOPLAT =(税引前利益 + 利息)×(1 - 税率)…①」は「営業利益」に比べて正確です。一方で、IFRS等では「非継続事業(discontinued operations)」の税引前利益が別建てになっており、算出に手間がかかります。

実務に適うNOPLATの算出式を導くには、①式の右辺を変形します。即ち「NOPLAT = 税引前利益 ×(1 - 税率)+ 利息 ×(1 - 税率)」となります。
「税引前利益×(1 - 税率)」は当期利益(非支配分控除前)であり「利息 ×(1 - 税率)」を「税引後利息」と呼べば、
『NOPLAT = 当期利益 + 税引後利息』が得られます。

当期利益は税引前利益と異なりIFRS等でも全額一行表示ですし、税引後利息の算出手間は税率にある訳ですが、それは「税引前利益 + 利息」方式と変わりません。

NOPLATの算出式について固まった捉え方をしていないのであれば、複数の会計基準にも通ずる
『NOPLAT = 当期利益 + 税引後利息』
を初期動作として浸み込ませておくと、プロの動きに無駄なく近づけます。

NOPLATと資本構成

【図表12-1】は、NOPLATと資本構成(Debt / Equity比率)の関係を示したものです。Debt比率が75%となっていますが(図表右上の赤色セル)、他の条件が変わらない場合、この比率をいくつに設定しても、当期利益と税引後利息が調整され、NOPLATは60で変わりません【図表12-2】はセルの中身です。複製で試してみて下さい)。

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NOPLAT以外のFCFの要素(非資金性費用や投資等)も資本構成とは元から関係ありません。他方、一般的なキャッシュフロー(CF)計算書では、資本構成の影響を受ける「利息」が、営業CFにおいて、税引後分のみならず全額勘案されます。FCFは、一般的に営業・投資CFの合計にならないのです。

「自由な」でなく、資本構成から「解放された」の"free"で初めからFCFを捉える、これが原典から得られた答えです。ゲンテン(原典、原点、…)。本当の財務分析はそういう所に関係する気がします。

追 記

減点主義の典型例に運転免許の実技試験がありますが、理由として教官から「クルマに上手い運転は無いから」と言われ、即ハラ落ちした事を思い出しました。運転時の座右の銘になっており、教官に大いに感謝です。


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