見出し画像

車夫さんからもらった『夢』の意味       【ショートストーリー 5】

『思い出に残る旅BEST5』に入るだろうという予感に
心弾ませながら約束の広島駅に向かった

大学入学とともに一人暮らしを始めた娘との二人旅はこれが二回目だった

素敵な旅になるかどうかは
行先はもちろんだけれど
一緒に行く相手と天気も大きく影響すると思う


今回はすべてが理想通りだった
世界遺産の宮島は一度訪れたかった場所だし
一人暮らしを始めた娘とは程よい距離間で最近仲良しだし
何よりも真っ青に晴れ渡った最高のお天気

「これはもう『思い出に残る旅』の上位に食い込むこと間違いない」
そう呟いて駅の改札口に走った


「昨日ユッキと回転寿司行って三時間しゃべってたのに二人で6皿やった」
「えーっ それめっちゃ迷惑な客やん」
三か月ぶりに会って最初の会話とは思えない会話で始まった
今回の旅行はきっと最高に違いない
再度確信しながらフェリーに乗り込んだ

広島からフェリーで約10分
宮島は『神宿る島』と崇められる神聖な場所
という知識を持って恭しく降り立ち
荷物をコインロッカーに預けてフェリー乗り場の建物から出た


そこは思いもかけず愛らしい島だった
どこか懐かしく何もかもが柔らかい印象だった

「なんかテレビでやっていた『まんが日本昔ばなし』の世界みたいやね」
私が言うと
「テレビでそれ見たことないけど なんか分かるような気がする」
と娘も同じ印象を持ったように言った


キラキラ煌めく穏やかな瀬戸内の海
クリームがかった茶色い色味の町並み
ところどころに見られる時の経過を感じさせる朱の色
時間がゆっくりと流れていくような安心感

「なんかここ大好きやわ」
そう言う私に応える娘の笑顔は優しかった




「今日はどちらから来られたんですか」
人力車の車夫のお兄さんが二人好みのイケメンっぷりで親子共々上機嫌だった

「私は京都 娘は広島からです
 大学で一人暮らししている娘から
 たまには二人で旅行に行こうってLINEを貰って
 私がずっと来たかった宮島に来たんです」

「えー 素敵な娘さんですね」

「フフフ」
日に焼けたお兄さんの笑顔が眩しくて
私と娘は顔を見合わせて笑った

「じゃあ 今日は宮島で一泊されるんですか」

「そうなんです 宮島って島のこちら側だけですか 観光できるのは」

「そうですね反対側は地元の人が少し住んでいる
 だけみたいですよ僕もここにきてまだ一週間なんでそんなに詳しくはないんですけど」

「そうなんですか 学生さんですか」

「そうです大学3回生で 
 学校の纏まった休みになると車夫のバイトをしているんです
 全国の人力車を引こうと思っているんですよ
 京都,奈良,長野で引いて今回は宮島です」

「えー面白い どうして全国の人力車制覇しようと思ったんですか」
こういう人好きだなと思いながら尋ねた自分の声が
思いのほか若々しくて少し恥ずかしかった

「僕ね ちょっと考え方が変わったんです」
お兄さんは人力車を引くための梶棒と支木を握ったまま後ろを振り向き
『ん?どういうこと?』といった風に
眉を上げる私たち二人を見てほほ笑んだ

少しの間の後お兄さんはくるっと体をこちらに向け
支木を背中で押して後ろ向きに進みながら話し始めた
「『夢や目標』ってあるじゃやないですか」

「はい」
私と娘を見る真っすぐな視線に慌てて答えた
やっぱり日焼けした笑顔が眩しい

「今までは
 『夢や目標』を手に入れるために努力を続けるんだと思っていたんです
 だから『夢や目標』がない自分は何のために何を努力すればいいのか分からなかったんです」
「周りの友達が夢に向かって着実に進んでいるのを見て焦って
 自分も何かを始めなければと始めても
 これじゃないとすぐにやめて
 次に手を出してまたやめてみたいな感じで
 気づけば何も成長しないまま 
 同じところを行ったり来たり
 もう自己嫌悪の塊だったんです」

「でもそういう話を色んな人と色んなところで
 していくうちに僕の中で少し考え方が
 変わってきたんです」

歩みを止めたお兄さんは
話に聞き入っている私たちに秘密を打ち明けるように
顔を近づけて言った
「『夢や目標』を手に入れるために努力を続けるのではなく
『夢や目標』は努力を続けるための動機付けである
と思うようになったんです」

「えっ どういうことですか」
今度は言葉にして尋ねた

「例えばサッカー選手になることを夢見て努力を続けたとき身につく能力って沢山あると思うんです」
「当然サッカーの技術が身につくし
 他にも戦術を立てる能力や
 分析する能力も身につくと思うんです
 チームをまとめる能力や
 チームメイトの思いを汲んでうまく生かしたり折り合いを付けたりする
 交渉能力もつくかもしれないし
 チームの一員として自己主張するときと抑えるときの判断能力もつく
 他にも沢山の能力を手に入れることができる
 そういった能力ってなにもサッカー選手だけに必要なものではなくて
 様々な世界で必要とされる能力だと思うんです」

「そうですね」

「同じ夢を掲げて努力した者たちが
 同じように手に入れた能力を持って
 自分の資質が生かせるそれぞれの場所に
 進むことが大切だと分かったんです」

「その人の持って生まれた資質が
 掲げた『夢』の世界で開花するモノであれば
 その人は夢をつかむし

その人の持って生まれた資質が
 違う世界で開花するモノであれば
 掲げた『夢』の世界ではなく 
 違う世界へと道が開けるんだと思うんです」

「努力したら夢は必ず叶うという言葉の中の『夢』とは
 掲げた『夢』の世界ではなく
 自分の資質が開花する世界のことだと思います」

「だから掲げる『夢や目標』は手に入れるためのものではなく
 続けることが困難な地道な努力を続けるための動機付けだと思うんです」

「すぐに成果が目に見えない地道な努力を続けるのって
 並大抵のことではできないですからね
 続けるためにも強力な動機づけが必要なんですよ
 その点『夢や目標』ってかなり強力ですよ
 人は『夢や目標』に向かっているときは
 心折れませんから」

「その通りだと思います」
彼は色んな思いをして
たくさん悩んでたくさん考えてきたんだろうなと思った
横で娘が何度も頷いているのを感じた

夢中で話していたことに気づいたのか
お兄さんは照れたように笑って
私たちの視線から逃れるように
前を向いて再び人力車を引き始めた

「そう思うようになったら
 焦ってあれでもないこれでもないと
 空回りしている自分が
 無駄なことをしていたことに気づいて
 とにかく一つのことを
 継続して続けようという思いに至ったんです」

「ただ僕の場合は動機づけとなる明確な『夢や目標』が無いから
 何を継続していけばいいのか分からないところが厄介だったんですが」
こちらに振り向き今度はお兄さんが眉をキュッと上げて
おどけた顔をして見せた

「早いうちから『夢や目標』が見つけられる人って羨ましいですよ」
彼の言葉に娘は人力車が上下に揺れるくらいの勢いで頷いた

同じような悩みを抱えて苦労している娘は
まるで人生相談をしにここまで来たというふうに
全神経をお兄さんの言葉にむけていた


「そこで何をすればいいのか考えてみたんです
 結局みんなが持つ『夢や目標』は
好きなこと・得意なことの延長線上にあるのだから
僕も好きなこと・得意なこと・継続できそうなことを続けていけば僕の資質を活かすのに必要な能力を身につけることができるんじゃないかと思って
車夫のバイトを始めたんです
全国の人力車を制覇してやるぞって」
そう言ってお兄さんは豪快に笑った

釣られて笑いながら
「車夫の仕事が好きってことですか」
『夢や目標』に車夫と言う言葉が予想外で尋ねた

「別に人力車が好きとか車夫の仕事に興味があるという訳ではないんです」
「好きなこと嫌いなこと得意なこと書き上げて
 自己分析してみたんです
 体を動かすことが好きとか
 旅が好きとか
 人の人生を聞くのが好きとか
 人と同じことをしたくないとか
 画角にセンスがあるといわれるとか
 毎日全力で過ごして疲れて寝たいとか
 それで総合的に考えた結果
 車夫で全国制覇をすることにつながったんです」

「これをした先に何があるか分からないですけど」
少し自分を嘲笑うようにお兄さんは言った

その言い方に少し悲しくなった私は
「持久力がついてジムのトレーナーになってたり
 あっ 体育の教師になっているかも
 海外の人との出会いがあってオーストラリアで
 人力車の会社を設立しているかもしれないし
 各地の歴史や生活に触れて学者になるかもしれない
 地域おこし協力隊として活躍しているかもしれないし
 毎日日々の様子を動画配信しているなら
 動画クリエーターの道が開けてくるかもしれない」
と次々と可能性を連ねた
もっと的確な職業を挙げるべきだったと後悔したが
とにかく彼の言う通りだとすぐに伝えたかったし
『この先に何があるか分からなくて不安』なのではなく
『この先に何でもあるから楽しみ』なんだよと伝えたかったのだと思った

ありがとうございますというように頭を少し下げて照れ笑いをするお兄さんの笑顔には
まだ自信の無い不安な気持ちが消えていなかった

そりゃそうだろうなと思う
お兄さんの不安な気持ちはとても理解できた

不確かなことって不安でたまらないと思う
それでも自分を信じて続けていくしかないのだろう

『一つのことにとことん打ち込み継続していけば
その先には必ず自分の資質が生かせる世界が広がっているはずだよ』と
伝えたかったがどうしても良い言葉が見つからなかった

「なんか私やるべきことが分かったような気がしました」
娘が笑顔でそう言った
とても清々しい笑顔だった
キラキラと煌めいて
柔らかくて愛らしい笑顔だった

「お互い頑張りましょうね」
そう応えたお兄さんの笑顔も煌めいていた
先程の不安げな笑顔ではなく
その場が一気に明るくなるような
力のある笑顔だった

思い悩んだ末に出した自分なりの答えが
誰かに受け入れられて認められ
誰かの心を動かすことのできた
嬉しさと充実感に満たされた眩しい笑顔だった

きっとお兄さんには人の心を動かす誠実さと経験と話術があるのだと思う
それはきっと車夫としてたくさんの人の人生に触れ
自分なりに吸収して身につけた能力でもあると思う
それこそまさにお兄さんの資質を最大限に生かすことのできる能力なんだと思いながら
穏やかな瀬戸内の煌めきに包まれながら
二人の眩しい笑顔を見ていた


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?